第22話 新たなる希望

 領主と話したセヌの両親の呼び掛けで、事は早急に進んだ。


 広い場所をということで、彼らが時折祝い事などに使う内森に集会の場が整えられ、続々と人々が集ったのである。

 車座に座るのは二人の老人と壮年の男女、そしてセヌの両親と領主のラケルド。

 その周りを、全員ではないだろうが、老若男女様々なレンガ地区の住人が囲んだ。


 二人の老人の内、髪も髭も真っ白な男のほうがゆっくりと口を開く。


「さて、今回の集会についてだが、フォスマカディニル様のご要望によるものだ。どうやら領主様が我らに話があるらしいとのこと。火急であったが、どうやら話を進めて問題ない人数は揃ったようだな」


 老人の言葉に、肯定の沈黙が返る。

 ちなみにフォスマカディニルというのはセヌの母の正式名だ。

 集まった人々は身なりもバラバラで、各々の表情には疑問と不安が潜んでいる。

 この急な招集と、その相手についてそれぞれ聞きたいことはあるのだろうが、それを敢えて今口にしない一種の規律がそこにあった。

 それはレンガ地区をただの貧民窟と考えている一部の住人には信じられない光景だろう。


「それでは領主殿、我らを集めて何をなさりたいのかな?」


 領主ラケルドは、手を胸に当てる軽い礼を取ると話を切り出した。


「難しい話をしにきた訳では無い。簡単に言ってしまえば布令を順守してもらいたいというだけの話だな」


 老人は軽く眉を上げ、驚きを表した。


「ほう? 我らの中に布令を守らぬ者がいると?」


 その言葉に、自分の正面にいる少年が身を強張らせるのを感じて訝しく思いながらも、ライカは別の心配を小声で隣に囁いた。


「俺、ここにいていいの?」

「嫌なら帰れよ」

「どっちかに偏ったりしないで話を聞くことを期待されてるんじゃないの?」


 聞いてもいないのにノウスンが冷たく突き放し、その後にセヌが自分の意見を述べる。

 ライカは当然ながらノウスンを無視してセヌの言葉に頷いた。


「本当にそんな風に期待されてると嬉しいな」

「誰も期待してないから帰れ」


 セヌの向こう側にいるノウスンは、重ねて言ったが、だからと言ってこの場で実力行使に出ようとはしない。

 ミリアムとの婚約が決まってからは随分と丸くなっていた。


「たるい」


 セヌとは逆側のライカの隣からはサッズが不満を漏らす。

 しかし、とりあえず文句を言いながらも、付き合うつもりではいるようだった。


 取り囲む集団の中の若い者達は、ライカ達のように小声で話をしたりしてやや落ち着かな気だったが、中心の代表者達は周りのざわめきには頓着せずに話を進める。

 ラケルドは、まっすぐに代表者達を見つめ、そしてその後周辺の人々を見回すときっぱり告げた。


「腹の探り合いは不信を強めるだけです。率直に言いましょう。しばらく外の畑の世話を中止していただきたい」


 動揺が走る。

 仮に彼らにその事実についてとぼけ切る心積もりがあったとしても、集団であったせいでその目論見は外れてしまった。

 急に秘密を知られたと知って動揺せずにいられる者などそう多くはないのである。

 老人はもはや言い逃れの効く状態ではないことを知って深い溜め息を吐いた。


「それをどこから聞いてこられたのか知らんが、畑を隠した咎で罰するおつもりなら、この老い首をお使いくだされ。既に人が殺しあう世の中が変わるのは見ることが出来た。いまさら、別段世に未練はないのでな」


 老人のその言葉に、今度ははっきりとしたざわめきが広がる。

 老人の傍らの老女は、相方の言葉に驚きもせずに隣で同じように頭を下げた。

 しかし、その場の雰囲気には全くそぐわない気軽な様子で、ラケルドは困ったように頭を掻いてみせる。


「あのな、今の所この領では作地割り当てによる上納制度はないぞ。ここは王の直轄地であり、現在は開拓地扱いだ。つまり隠し畑自体は今はまだなんら問題はない。問題があるとすれば街壁に勝手に出入り口を作っていることだが、これが出来たのは王による領地宣言前だろ。元からあったものを使っているからといって咎めるのもおかしな話だしな」


 レンガ地区の住人達は、次々に白日の下に晒される自分達の秘めていたはずの事柄に、ただただ唖然とするばかりであった。

 その動揺に揺れる人々を見ながら、ライカは少々不安を感じた。

 人々が追い詰められて感情的に暴発しないか心配だったのだ。

 何しろ、人の心の動きに疎いライカには彼等の我慢の限界がわからない。

 と、その時、その空気を宥めるように柔らかな声が響いた。


「わかりました。領主さまにおかれましては、私達を心配なさっておられるのですね」


 混乱の糸口をほぐしたのはセヌの母フォスだった。


「私達が死をもたらすという魔女に森で遭遇することを心配してくださって、今迄秘めていた事柄を敢えて暴いてみせることをお選びになったのでしょう? 私達自身ではあの畑を捨てられないとわかっていらっしゃるから」


 ラケルドは彼女を見て笑った。


「女性というのは、全く侮れないものですな」


 そしてぐるりと住人達の顔をもう一度見渡す。


「実の所、私はこちらのお方のおっしゃられる程には慈悲深くは無い。だが、ただでさえ民心が不安なところに大勢を処分して混乱に輪を掛けるつもりもない。要はこの場で布令の徹底をお願い出来ればそれで構わないのだよ」


 普段、どちらかというと穏やかな領主のまなざしが、この時ふいに冷え冷えとした光を帯びたようだった。


「これは最後通達と思っていただきたい。これ以降外に出る者は拘束するし、隠し扉は封印する」

「待ってくれ!」


 声を上げたのは若手のリーダー格であるノウスンだ。

 普段の気の短い彼を知る者からすれば、驚くほどに冷静に、ノウスンは言葉を発した。


「森に拓いた畑なんぞ人間が手入れを怠れば数日で森に呑まれてしまう。そうなったら元に戻すのにどれほどの手間が掛かると思っているんだ。しかもこの、冬を前にした時期に!」

「そうだな。だから、もうあの畑は捨てるんだ」


 領主であるラケルドの声が冷徹に響く。

 レンガ地区の住人達は一斉に息を呑んだ。


「あれは君達が国を捨て、逃れてきた先で、なんとか生き延びるために必要な畑だった。しかし、本来は畑に向いていない場所に無理をして豆や芋を作ってきたせいで、今や収穫はぎりぎりに痩せているのだろう? それでも思い入れのある場所だ。厳しいと思いながらもなんとか工夫をして繋いで来たのだろうが、もう限界なはずだ」

「ど、どうしてそのことを」


 住人達から絞り出すような声が漏れた。

 それは悲痛な、哀切の混じった声であった。


「君達はもう難民ではないんだ。この国の民、この街の住人なんだ。君達が他の住人と馴染めない理由の一つに、君達の心に未だに残る自分は余所者なのだという意識があるのではないか? 無理をして母国への想いを捨てる必要はない。言うなれば私もまた難民の子だから、根無し草の寂しさ怖さは知っているつもりだ。だがな、ここもまた母国でふるさとなのだよ。そう、誰あろう、君達の子供達にとっては、この地こそがふるさとなんだ。だから、根無し草の怖さを知る我々だからこそ、示さねばならぬ未来への希望があるのではないか?」


 シン、と。

 大勢のざわめきがどこかに溶けたかのように消える瞬間があった。

 人々はその刹那の静寂に、自らの心の真実を垣間見る。


「来年、この領の開拓として南の森を切り拓いて耕作地を作ろうと思っている。その開拓中と、実りが安定するまでの間は、それを領主直轄の開拓地として切り拓き、耕作する者達には雇料として賃金が出る。収穫が安定したらその土地はその切り拓いた者の土地として収穫物から上納を求めることとなるだろう。まあ、気の長い話になるが、参加する者に制限は付けないつもりだ。なにしろ広大な土地があるし、狼どもとショバ争いもしなくてはならんからな。猟師も必要だし、当然樵も必要だ。ただ農夫がいればいいということでもないのだ。あと、今は補佐官の奥方が中心に小規模に行なってくれているが、手を広げられる見込みがつけば、斜面を拓いてヤギなどの放牧も大規模に始めるつもりもある。そうそう、山鳥の、なんというか飛ぶのが下手な奴がいるだろう。あれを各家庭の庭で飼育出来ないか試してみるというのもあったな。まあとにかく今は本来は魔女やらなにやらに構っている場合では無いというのが本音なのだよ。とにかく人手がたくさん必要だ。それなのに、その大事な住人に被害を出す訳にはいかないのだ」


 ラケルドは切々と語り、そしてふいに言葉を切った。


「それとそこの爺さん」


 ラケルドはやや乱暴に呼び掛けた。

 あっけにとられて領主を見ていた老人は、呼び掛けられて我を取り戻し、ふてくされたような顔で応える。


「なんだ、若造」

「先程未練は無いと言ったな。本当にそうか? この貧しい地が豊かになるのを見たくはないか? いや、そうだな、じじいは耄碌もうろくしたからそんな気力はもうないか」

「誰が耄碌もうろくしたか! もし本当にこの地が豊かになるのなら是非見せてもらいたいわ! 本当にお主のような若造に出来るのならな!」


 座り込んでいた老人はいきりたって立ち上がった。

 節くれだった木のようにゴツゴツとした腕に、意外にも隆々とした力こぶが浮かび上がる。

 それを見た隣の老女がクスクスと笑い出し、なにやらボソリと呟くと、老人は慌ててそれをたしなめた。


「来年はわかった。だが、今年の冬はどうするんだ?」


 ノウスンが収まり掛けた話題を戻し、真っ向からラケルドと睨み合う。

 ラケルドはニヤリと笑うと、一つ頷いて答えた。


「木の実などの森の収穫は護衛を付けての集団で行い、肉については兵士の狩りの手伝いを普段より多めに募集して獲物を分配する。ついてはお前、名をなんと言う?」

「ノウスン、だ」


 いきなり名を聞かれて、ノウスンは訝しげに返事をする。

 ラケルドのやり方に慣れて来ていたライカは、その様子にこの先を読んでにっこりと笑った。


「領主様って人を巻き込むのが大好きだよね」

「そうなのか?」


 セヌが邪心なく問い返す。


「みんなさ、いつの間にか領主様の思うように仕事をさせられてるんだけど、それがなんだか当たり前のようになってるんだよね。まるで最初から自分がやろうと思っていたことをやっているだけみたいな気持ちになっているんだ」

「へえ、そりゃ上手いやり方だな。見習いたいな、是非」


 セヌの意外な反応に、ライカはちょっとだけ不安を覚えた。

 彼女なら実際にいつの間にか人を動かしてしまいそうな予感がある。


「それじゃあノウスン、お前がここの代表として森の中の行きたい場所と採りたい収穫物、欲しい獲物の量を纏めて城まで報告するんだ。最終的には人数は片手の指ほどまでに絞り込んでもらうから人選もしておくこと」

「はあ? なんで俺が」

「おいおい、自分から今年の収穫について聞いたくせに責任を持つのは嫌なのか? まあ見た所まだ子供だし、責任ある発言が出来なくても仕方ないか。無理にとは言わんが……」

「いいだろう、やってやるよ!」


 子供と言われたのが効いたらしく、ノウスンはみなまで言わせずそう返事をしていた。


「単純すぎるだろ」


 サッズにまで言われてしまってはノウスンも気の毒だが、その声はライカぐらいにしか聞こえなかったので問題はない。


「人は図星を突かれるとむかつくらしいからね」


 ライカはノウスン相手だと容赦が無かった。


「血が昇ると周りが見えなくなるのは昔からだからな」


 ずっと年下のセヌにまでそんなことを言われていたが、当人はどうやら頭に血が昇ったあまり今は領主しか目に入っていないようである。

 それが幸せなのか不幸なのか、なかなかに推し量り難いことではあった。


「アニキ……」


 その彼等のやりとりを、すぐ前に立っていたせいで全部聞いてしまった少年、先日市場でノウスンに危うい所を救って貰った彼は、恩人を庇う術を持たず、ただ男泣きに泣いていたのだった。

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