第15話 対処療法
「今の状態で集められる限りの情報は出揃った。これを元にした今後の方針を決めたいと思う。本日ここに集まって貰ったのは、戦闘と城内についてのそれぞれの専門家である者達だ。
ラケルドがそう宣言すると、守備隊の長が早速発言をした。
「それではお許しを得たということで言わせていただくが、この場に女官頭殿がいらしておられるのはいかなる理由あってのことでしょう?」
テーブル周りからやや離れて、しかし従者としてではなく集められた者達の一画に佇む背の高い女性を彼は示す。
すっきりと伸びた姿勢のせいで女官服であるにも関わらず、その姿はまるで
「はてさて、出席者の選定は領主様のお考えとなるが、貴殿のそれは領主様に対する異議ということでごさろうか?」
すかさずその言葉に食い付いたのは警備隊の隊長である。
彼は五十に手が届かんとする年齢の壮年の男で、元傭兵であったところをラケルドによって雇いあげられた歴戦の兵だ。
傭兵というものは大体においてそうだが、彼は貴族を信用ならないものと思っていて、貴族で構成されている守備隊に対して、常々恥をかかせる機会を狙っている節があった。
「これは心外、私はただ疑問に思ったゆえお尋ねしたに過ぎない。警備隊長殿の方こそ忌憚なくというご意向を無下になされておられるのでは?」
領主ラケルドは片手を上げて二人の言をとどめた。
「両者共に早速の話の切り出しをよきことと思う。だが、ひとまずは着席を願いたい」
言われて、まだ着座していなかったことを思い出し、彼らはきまり悪げに咳払いをして席に着く。
侍従がそれぞれにハーブ湯で割ったワインと平焼きの肉挟みパンを一切れずつ配った。
同席するための身分を持たずやや離れて立つ女官頭や料理頭達にもそれは平等に配られる。
同じ血肉を口にするという、やや儀式じみた議会慣習なのだ。
それぞれがそれらを口にした所で領主ラケルドが口を開く。
「今、守備隊長殿の提示してくれた話題についてであるが、こたびの事件は城内で場所を選ばずに発生している。城内には身分ある者は足を踏み入れることのない場所があり、その逆もしかり。だが、その全てを知らなければ対策は立て難いであろう。それについて、城内雑事を引き受け、過不足なくその全てを把握している下働きの者達以上にそれを知る者は在るまい。しかしながら、そのような者達にこの場に加わり意見を求めるのは酷なこと。そのため王都にて作法を学び、貴族の家に育ちし女官頭殿にご臨席を願ったのだ。女人に責を科す行いに不快な向きもあろうが、ここは一つ我が意思を汲んで、その言葉に耳を傾けることをお願いしたい」
その説明を聞き、その言に不足無きとして、守備隊長も納得し、頭を垂れてその命を承った。
それは同時に、明らかに場違い気味に佇む仏頂面の料理頭の出席も追認した形となる。
「それでは補佐官よりこたびの経緯についての説明がある」
ラケルドがそう言うと、細身ながら長身の補佐官が立ち上がった。
この国では滅多に見ない艶やかな黒髪と、貴族然とした彼の顔立ちは、相対するものに緊張を生じさせる。
「それではまずは経緯を報告いたします。現在この城内にて起きし奇怪なる事件は『死衣の魔女』なる殺戮者の仕業と断定されました」
補佐官の説明に武官の長二人が何事か発言しようと腰を浮かし掛けたが、補佐官のそれぞれへの一瞥でそれは果たせずに封じられた。
「かのモノが我が領に至った経緯について説明いたします」
補佐官は目前のテーブルに広げられている地図を描き織り上げられたタペストリの一部分を銀の鞘入りのナイフで示して見せる。
「こちらとこちらとこちら、およそ三か所にて同じ物と思われる馬車が目撃されております。それ以前、入国する際は、隣国の鉱山跡より伸びる山沿いの旧道を来たらしく、残念ながら追えるのはここまでですが、目撃した者達の印象には強く残っており、特定は容易でした」
補佐官はそこで一息吐くと居並ぶ顔を見回した。
そこにいる全員が、この所続いている事件へのつかみ所のない危機感を共有しているのを見て取って言葉を続ける。
「彼等の話は纏めるとこうです。『死に掛けの人間を大勢積んだ不吉な馬車が走り抜けて行った』彼らはこの話をした後は、皆一様に守護の印を切ったそうです」
ちっ、と、鋭い舌打ちが響く。
その舌打ちの主である警備隊の長は苦々しく言葉を発した。
「谷底に落ちたあの馬車か」
「だが、それならばどう考えても偶然とは思えない。誘導も無しにあの断崖の続く山道を馬車が抜けられるはずもないのだ。これは明らかに人為的な呪詛の類、我が国に対する卑劣なる宣戦であろう」
守備隊長が吐き捨てるようにそう述べる。
「ですが、ご存じの通り、
補佐官の言葉に、場の空気が引き締まる。
議論はこれからが本番なのだ。
― ◇ ◇ ◇ ―
「え? 夕刻、九の刻以降の外出禁止令?」
「そうなの。さっき父さんがお触れを聞いて来てね。だから暫く午後は早終いね」
ミリアムがぼやくのを聞いてライカは少し考えて尋ねる。
「それってあのお城の騒ぎに関係あるのかな?」
「さあ? 説明なんか無いし、私達平民は偉い人に従うだけよ。あ~あ、売上げ減っちゃうわね」
「こら、女の子がいっぱしにお金の事を口にしたりして、はしたないよ。それにうちなんかはまだいいよ。酒場なんかは大変だろうね」
調理場からミリアムの母が娘をたしなめつつ零した。
「お前こそ、口動かすより手ぇ動かせ」
それをすぐに主人のぼそりとした叱咤がたしなめる。
動じた風もないその声は、不安を打ち消す力を持っていた。
そうして一家の主が揺るぎない以上は彼女達にも不安はない。
それぞれに謝りながらも普段通りの仕事に戻る。
「そっか」
話を聞いたライカには少々思う所がある。
テーブルを動かして所定の位置に置きながら、今頃一人でうろついているであろうサッズのことを考えたのだ。
竜であるサッズが人の決まりごとを守る必要は無いが、守らせる側は(領主はともかく)それを知らないのだから見逃してはくれないだろう。
自分の行動を邪魔されるのを嫌うサッズが警備隊の人ともめたりするかもしれないことをライカは憂慮した。
「まあ、無茶はしないだろうし、いざとなればどうとでもなるし」
サッズも最近は人間の世界にも馴染んできている。
それにライカはからかい混じりに「馬鹿」と口にするが、サッズは本来とても賢いのだ。
過保護に心配するような相手ではないと思い切って、ライカは自分の仕事である片付けにせいをだすのだった。
その頃心配されていた当のサッズは、ライカが考えもしない場所にいた。
領主の半身であり、地上種族、つまり現代の竜であるアルファルスの所である。
『これ、土産、蔓草に生る甘い実』
『これはお気遣い痛み入る』
アルファルスがその実をパクリと口に入れると、その甘い匂いが僅かな間その辺りに漂った。
「お? 誰か甘葛の実を採ってきたのか?」
「俺は違いますよ、森に入る暇全然ないですからね」
「ふむ? まあいい、そろそろ時期だし、領主様の竜のために今度色々採取に行くか」
「そうっすね、キノコも木の実もこの時期ですからね」
そんな人々の話を聞き流しながら、サッズは例の見過ごされる術を用いて、忙しく立ち働く人々を横目に堂々と入り込んですっかり寛いでいる。
『この藁、良い匂いだな。うちのベッドの藁なんかもう結構湿ってて具合が悪くなってきているんだ。大事にされてていいじゃないか』
『好きに狩りに行ったり散策したりは出来んがな。まあ我ぐらい年老いてしまえばそんな渇望も薄いからよいのだが』
『おいおい、あの領主と命を共にしているんだろ?そんな活力の無いことじゃ共倒れになるぞ』
『ほう、偉大なる竜王の御子に労っていただけるとは、有難い話だ』
『はっ、そりゃあな、ここはお前の地だ。俺は身内を庇護してもらっている立場だからな、気を遣いもする』
今現在アルファルスの寝屋の中で好き勝手振舞っているサッズだったが、その自覚は無いらしい。
いや、サッズからすれば手土産を持参したりして、十分に相手を気遣っているという所だろう。
『ところで今日お見えになったのは、あの不快なモノのことであろう?』
アルファルスから切り出した用件に、サッズは鷹揚に頷いた。
『そうだ。どうにも臭いくせに巧妙に潜んでいて実体を表さないな。ちっこい虫がいつまでも飛び回ってる気分で苛々する』
『城の者も何人か被害に遭っています。苦々しいことだ。だがもうラケルドが本格的に動いていますから、なんとかしてみせるでしょう』
アルファルスの言葉にサッズはフンと頭をそびやかして応じると、口元を歪めてみせる。
『人間には荷が重いんじゃないのか? まあいい、手際を見ていてやるさ』
『ご寛恕ありがたく。ラケルドにも励ましていただいたと伝えておきましょう』
『嫌味か? お前も人間っぽい竜だな。ともかく俺も実体を掴んだらお前の半身にでも伝えておく。ったく周囲に煤が舞っているような気持ち悪さだな。これが呪持ちというヤツか。人間というのは全く、予想もつかないことをやらかすもんだ』
そう言い残して、サッズは悠々とアルファルスの竜舎を後にした。
城郭内の人間達は、皆どこか不安な気持ちを発していて、そのことも、人の意識が遠いざわめきのように聞こえるサッズの癇に障る。
「他者を害するためだけに存在するっていうのは不自然で不安定なんだよな。まあよくもそんな状態で存在し続けていられるもんだな」
サッズはあくびを噛み殺すと、のんびりと歩く。
不快な存在が徘徊しているとはいえ、サッズにとって脅威となるようなモノではない。
せいぜい早めに見定められたら面倒が減るぐらいの感覚でいるのだ。
しかし、ふと、視線と同時に危険を感じる。
本来有り得ないことだが、サッズにはその相手に予感があった。
振り向くと、案の定そこには警備隊、風の班の長ザイラックが目をすがめるように彼を睨んでいる。
本性が竜であるサッズをして、そこにあるのは背筋が冷えるような殺気だった。
「おっかないな、俺になんか用?」
「なんだ貴様か。気配を消して城内をうろつくな。特に今みたいな時期はな。ちなみに聞くが、お前が今回の事件の犯人じゃないだろうな?」
「冗談にしちゃ笑えないな。俺はあんな腐りかけみたいな気配じゃねえよ。誤解するにしてももうちょっとマシなのと間違え!」
サッズとしては当然すぎる激昂に、ザイラックは剣呑な気配を消して吹き出した。
「なるほど、腐りかけね、言い得て妙だな。相手は弱った者をいたぶるのが趣味な化け物らしいからな、骨の髄まで腐ってるに違いない」
「ふ~ん、正体がわかっていて、てめえみたいな化け物がいるんだからさっさと始末出来るんじゃないか? こっちは身内の行動範囲に嫌な気配があって気分が悪いんだ」
「へいへい、俺も偶には仕事をするさ。だが、お前の身内、あの坊や、ライカと言ったか? あの坊やはどうやら奇縁持ちらしいからな。案外とあの坊やの縁が招いているのかもしれないぞ」
「それはもしかして侮辱か?」
ふっと雰囲気を硬化させてサッズはザイラックを睨む。
「まさか、警告だ。注意しとけ、それと本人に自覚を持たせろ。あの坊やは自分では周囲に埋没してるつもりだろうが、やたら目立つんだよ。特に片足を人外に踏み出したような連中にとってはチラチラ目の端で光る気になる存在だ」
サッズは今の言葉が本当に弟に対する侮辱ではないのかしばし推し量り、臨戦態勢に移行するかどうかで迷ったが、段々面倒くさくなってザイラックの言葉をそのまま助言として受け取ることに決め、警戒を解いた。
「その辺は俺にはわからん。あんたを全面的に信用もしないしな。だがまああんたに言い掛かりを付けられたとでも言っておくさ」
「なんとでも、ともかく無防備よりはマシにしとけ。じゃあな、俺は忙しいんで行くぞ」
ザッと、無警戒になんとなくという風に踵を返し背を向けたザイラックは、スタスタと歩き去り、姿が見えなくなると同時に気配が消え去る。
「おっかない奴だな。ったく」
サッズは呟くと肩を竦めて、もううろうろせずに城を出ることにした。
忠告に素直に従って気配を消さずに城門を出ようとしたサッズだったが、入る時に気配を消していたため守衛とひともんちゃく起こすこととなる。
結局、顔がそれなりに知られていたおかげで、半強制的にではあったが、付き添い付きで家まで送ってもらうということで決着したのだった。
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