第3話 花咲く庭

 治療所のハーブ園は城の敷地にあり、広大なものだった。

 花の季の今、多くのハーブもまた咲き誇り、天上の園と謳われる山腹の花園に負けないぐらいに人の心を和ませる。

 ライカはその雑多に花開いた場所に、病人の治療に使う花を摘みに来ていた。


「よう」


 突然ではあるものの、その陽気で気軽な声は、ライカにとって既に馴染んだものだ。


「領主様、おはようございます」

「おはよう、今日は兄貴は一緒じゃないのか?」

「サッズは森です。ずっと街にいると辛いらしくて」

「ああ、なるほど」


 そう言いつつ、領主ラケルドはあの独特の踊るような足取りで足元一面に広がる緑を器用に避けながらライカに近付いた。


「悪戯は駄目ですよ?」

「ああん?安心しろ、もう尻を撫でたりせん。お前も随分男っぽくなってきたし」

「そうですか?」


 ラケルドの評に、ライカは少し嬉しそうに表情を緩ませた。


「しかし、男にしては花が妙に似合うが」

「……そうですか」


 ちょっと落胆する。


「おいおい、花が似合うってのは別に悪いこっちゃないぞ。確かに大概の男に花は似合わんがな。そうだな、どれだけ顔や姿が綺麗でも、例えばお前の兄貴ですら花は合わん。それなのに祝い事があると男達の頭上や足元には花が撒かれる訳だから滑稽だよな」

「ええっと」


 例えが飛びすぎて流石に反応に困ったライカは口ごもった。

 しかし確かに以前王様が来訪した時にも行列に花が撒かれたなとライカは思い出す。

 花は綺麗だったが、武装したむさ苦しい男達に似合っていたかというと、それはあまり肯定する者がいない所ではあるだろう。

 しかし、だからといって花が似合うということを喜ぶ気持ちにはライカはなれなかった。

 どうにも軟弱だと言われているような気になるからだ。


「男ってのは大抵他人より強くあろう、より目立とう、てっぺんに行こうって意識が強くてギラギラしてるもんだ。まあそこまで強烈でなくともともかく一生懸命前を見てる奴等が多い。それは男の有り様としちゃあ悪くないというか上等だよな。それに対して花ってのは、小さくて足元やどっかの葉っぱの先なんかの、ちょっとでも余所見をするつもりがある奴にしか見えない所に咲いてるもんだ。だから男は普段は花を見ない。見ないってことはつまり自分の世界に受け入れてないってことなんだな。だから多くの野心溢れる男にとって、花ってのは自分の世界に無いものなのさ。自らに属さない物は似合わない。わかるか?」

「はい」


 難しい話になったが、ライカはなんとなく理解した。


「お前はそういうギラギラしたもんが薄い。というか、常に周りを見ている。目に入る世界は常にお前の物で、お前は常に世界の物だ。だから違和感が無い。そういう人間はあんまり世の中にはいない」

「よくわかりません。それって褒めてもらってるんでしょうか?」

「褒めてるんだぞ?お前がお前であることは大事だって言ってるのさ。そいつらしくってのはまあ万人に通じる褒め言葉なんだけどな」

「やっぱりよくわかりませんけど、褒めて貰ったのならありがとうございます」


 ラケルドはハーブとハーブの隙間に開いた土の地面にどかりと腰を下ろす。


「よしよし、お礼を言える奴はそれだけで大したもんだ」


「ところで領主様はいつものさぼりですか?」


 ラケルドのそこそこ上等な衣装が土に汚れるのを見ながらライカは改めて聞いた。

 この衣装を洗濯する人はきっと悪態をつくだろうとライカは思う。

 ライカ自身も洗濯をするので泥汚れが以外と落ちにくいことを知っていたのだ。


「いつものとはなんだ。俺がいつもさぼってるようだろ?」

「だって俺と会う時はいつもどっかから抜けだして来ているでしょう?」


 ライカの言い分にラケルドは「ふむ」としばし考え、頷く。


「まあ確かにそうだな。なるほど、さすがにお前は賢いな」

「領主様の褒め言葉って、あんまり褒められた気にならないのが不思議ですよね」

「そうか?まあ気にするな。ところで、実はお前を探していた訳だが」

「えっ?そうだったんですか?どうしました?王都の報告のもっと詳細が必要でしたか?」


 ライカは長話が始まった時点で、ラケルドを放置して花摘みを再開していたが、自分に用があると聞いて作業の手を止めた。


「いや、お前が女官頭を探していたと聞いたものでな」

「ええ、だけど聞いたら宿下がりだって言われて。宿下がりって実家に帰ったってことですよね?」

「うむ、長期の休みのことなんだが、それは口実で、実は俺の仕事をしてもらっているんだ」

「そうだったんですか」

「そうだったんだ。だから用があったのなら俺の責任なんで聞いておこうと思ってな」

「なるほど」


 ライカは言って、今度は採取用の籠を下ろすとラケルドと向き合って開いた地面に座り込んだ。

 ライカのほうは別段汚れて困る服ではない。

 採取は朝早くがいいには違いないが、本当に急ぐ生花で使う物は、もっと早く夜明け前に蕾の状態で摘まれているので、ライカの担当は急ぎではなかった。

 女官頭への用事は、ラケルドにも関係が無くはない話だったので、ちゃんと話そうと思っての行動である。


「実はですね、王都で女官頭さんのご友人のご婦人にお会いしたんです。とてもご様子を気になさっていて、凄く仲がいいんだろうなと思えたので、その時の話をしたら喜んでもらえるんじゃないかと思ったので、空いた時間があればと思って訪ねたんですけど」

「ほう!」


 常にどこか茫洋としているラケルドの顔に一瞬驚きが走った。

 ライカは仕掛けた悪戯が成功したかのように笑う。


「領主様ともお知り合いなんですよね」

「やはりそうか、あの方とお会いしたのか?とんでもないな。いったいどこで会ったんだ?」

「場所は秘密です」


 途端にライカは厳しく答えた。

 ラケルドは笑う。


「そうか秘密か。それは聞けないな」

「奥方様は領主様を凄く尊敬して、う~ん、羨ましがっておられましたよ」


 上手く表現出来ないらしいライカに、ラケルドはニヤリと笑って見せた。


「あのお方は謙遜なさっているんだ。実の所、あの方ほど素晴らしいお方はこの世にはいない。少なくとも俺の知る限りではな」


 軽く言われた最大の賛辞に、ライカは目を丸くしてラケルドを見る。


「あっちも似たようなことをおっしゃっていましたよ。お二人は似た者同士なんですね」


 ライカの言葉に、ラケルドは急に眩しいものを直視したかのように目を眇めた。

 そして、まるで囁くような声で言葉を零す。


「それは、思いもかけない最高の賛辞だ」


 遠くを見るその表情に、ライカは不思議な感慨を抱いた。

 ラケルドもあの婦人も、どちらもが自分が相手に敵わないと思っている。

 そして、あのご婦人はそれを悔しいと言いながらどこか満たされた目をしていた。

 一方のラケルドは、楽しそうに喜びを口にしながら、その目はどこか寂しげだ。

 彼らの在り方はとても不思議だとライカは思う。


「あ、そうそう、疑われたら見せなさいって手紙も預かったんですけど、疑われなかったから必要じゃないかもしれませんが、どうします?読みますか?」


 ラケルドはぶはっと噴き出すと、ライカを見て笑い出した。


「あ、ははっ、お前、はははっ」

「笑ってると見せませんよ」

「待て待て見せろ。意地悪したいならまた別の機会に頼む」

「意地悪なんかしませんよ。全くもう」


 ライカは貰ったばかりの肩飾りの片方から筒状になった手紙を引っ張りだした。


「なんだ、それに手紙を入れて来たのか?」

「大きさが丁度良かったんです」


 受け取った手紙は良質の皮紙で、巻きも小さく上等のリボンと印の押された蜜蝋で封じられていた。

 封を開けるとどこか甘い香りと、インク独特の匂いがふわりと立ち上り、しかし、それはすぐさま周囲のハーブの香りに紛れて消える。


 中身に目を走らせたラケルドは、ふと優しい笑みを浮かべた。


「読んでみるか?」

「いいんですか?」


 頷いたラケルドに促されて、ライカは立ち上がってその傍らに回りこみ、ラケルドの手元を覗き込む。


『とても楽しい出会いでした』


 それだけの言葉と署名。

 手紙に書かれていたのはそれだけだった。

 だが、ライカは思わずほうとため息を吐く。


「綺麗な文字ですね!」


 それは、多くの書物を読み、沢山の文字を見て来たライカならではの感想だったのかもしれない。

 一つも形式を省くことなく綴られた正式な文字。

 だが、その正しさの中に小さな遊びがほの見える。

 止めや補助点の部分をことさら強調して綺麗なインク玉を作り、全体を見た時にまるで飾り文字のように見せているのだ。


「そうだろう」


 まるで我がことのように胸を張るラケルドが、彼には珍しくどこか子供じみていて、ライカはひとしきり笑ったのだった。

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