第2話 幼馴染と乱暴者
「ん?」
ふと、サッズが表口を振り向いた。
そこは店じまいのために嵌め込み式の板戸が据えられており、今は外とは隔てられている。
サッズの視線を追い、一緒にそこを注目していたライカは、その嵌め込み戸がいきなり激しい破壊音と共に内側に倒れ込むのを見た。
「え?」
何が起こったかわからない一同は、しばし唖然としてその光挿す場所を見つめる。
「無事か!」
言葉と共に、まるで吹き込む突風のようにそこから飛び込んで来た者があった。
次の瞬間、その相手の上げた顔と、驚きを浮かべて見つめる視線が互いに交差する。
「う、てめえは」
思わずといった風に相手からこぼれ落ちた声に、たちまち冷静さを取り戻したライカは、珍しくも目を眇めて怒りを込めた低い声を出した。
「ノウスン、久しぶりだね。とうとう馬鹿を通り越して人の家を破壊するようなならず者に成長したみたいで残念だよ」
そう言ってひんやりと笑むその姿は、室内という薄暗い場所にあって尚、影を生むようだった。
「最低」
ミリアムが視線をノウスンに固定したままぽつりと呟く。
「いや!待て!俺の話を聞いてくれ!」
それまでライカと目線で牽制し合っていたノウスンが、ミリアムの一言に取り乱した。
「ミリアム知り合いだったんだ」
「うん、残念ながら幼馴染なんだ」
ミリアムはふうっと小さく息を零すと、綺麗に纏めあげた赤い髪を少しだけ掻き上げ、今や破壊された戸口に背を向ける。
「ただの幼馴染じゃねぇだろ!こないだの精霊祭で!」
「精霊祭でなに?まさか精霊祭で花を交わした相手の家の戸を蹴破りましたとか誇らしげに言う程頭が悪かった?」
「えっ?」
聖霊祭の当時はライカは知らなかったが、その後色々な女性から(主に井戸端会議のおばさま達から)話を聞いて、祭で花を交わすというのがプロポーズであることを既に知っていた。
だからライカは瞬間弾かれるように立ち上がると、ノウスンの顔とミリアムとを見比べてしまう。
「だめだよミリアム、確かにあいつは力は強いかもしれないけど、他人に愛相良くとか出来ないし、食堂や宿の役に立つとは到底思えないよ」
きっぱりと言い放つライカに、ノウスンは射殺しそうな目を向けた。
しかし、ライカはそんな視線は慣れっことばかりに平然とそれを受ける。
お互い引かない視線が周囲を焼くようだった。
「おい、ライカ」
サッズはそれを眺めやりながら、疑問を口に出す。
「花を交わすってなんだ?」
その言葉に、他人の口から改めてそれを耳にしたミリアムがたちまち真っ赤になった。
事前に自分で口にしながらも、他人に言われると照れるらしい。
「えっとね、妻問いのこと」
「なんだと!」
サッズは傍から見て大げさ過ぎる程のショックを受けると、テーブルに突っ伏した。
「あんな奴に遅れを取るとは」
愕然とするサッズに、ライカはそっと自分のスープに入っていた肉片を一つサッズの皿に入れてやる。
「お肉あげるから、元気出しなよ。それにサッズはまだこれからだろ?」
自分達のことでもないのにショックを受けている二人はともかくとして、当人同士は正に攻防の真っ最中だった。
「でも考えなおす気になって来たかも」
ミリアムは赤い顔を逸らして、冷ややかにそう言ってのける。
「いや、待てって!俺はこの店が食事時になっても開いてないって聞いて、なんかあったと思って、心配でだな」
「へえ、それでいきなり戸を蹴破ったんだ。何を調べることもせずに、声を掛けるわけでもなく、家を破壊する道を選んだんだ」
ライカがまるで罪状を読み上げるように言ってみせる。
「てめぇには関係ねぇだろうが!」
「その場に居たってだけでも関係あるだろ?もうちょっとものを考えてから発言したら?」
険悪な雰囲気に空気までが張り詰めるようだった。
と、そこに思わずといった笑い声が響く。
ミリアムがくすくすと屈託なく笑い出したのだ。
「ミリアムったら誰に似たのかしらね」
「正直な所、俺からもあいつはやめとけって言いたいけどな」
ミリアムの両親が隣のテーブルから笑い含みで呟く。
「そっか、心配をしてくれたのね」
ミリアムは席を立つと、店の入り口で膝を付いた状態でいるノウスンに歩み寄った。
「ありがとう」
そっと傍らに屈み込むと、ミリアムはノウスンの手を取って撫でる。
見ると、その拳には血が滲んでいた。
戸を蹴破り、直後に体当たりをして飛び込んだのだ、その際に怪我をしたのだろう。
よく見てみると、あちこちに小さい傷が出来ていた。
「ミリアム」
ノウスンは重ねられたその手に自分からも手を重ねようとして退けられる。
「でも、事実は事実として、反省をしてね。私、ずっと前から言ってたよね。力で出来ることなんか大したものじゃないし、考えることをやめた暴力は容易く人を傷つけるって。約束したよね、私と一緒になるなら、ちゃんと考えて行動して欲しいって」
「……ああ」
子供たちを率い、怖いもの知らずでレンガ地区を守っていた少年は、一人のか弱い少女の言葉にがっくりと項垂れた。
「すまん」
「言葉より、行動よ。とりあえずその戸を直してね。それから、今日お店を休んだのはライカ達が帰って来たお祝いなんだから、一緒にお祝いする気があるなら何か食べさせてあげてもいいわ。でも、ケンカするんなら二度と家には入れないからそのつもりでね」
薄暗い室内に差し込む白い光の中、艶然と笑ったミリアムの瞳に浮かんだ色合いを、その時ライカはとても美しいと思ったのだった。
ノウスンは、いざ腹を括って物事を始めると早かった。
どこかへ凄い勢いで走っていくと、しばらくして板を数枚抱えて戻る。
壊れた戸板を裏庭に持っていくと、そこで修理を始めた。
「まず枠木を取らないと」
ライカが忠告をする。
「うっせ、黙ってろ!」
「ノウスン」
ミリアムの声に、沈黙したのはノウスンの方だった。
全員でぞろぞろと裏に移動して、今度は外のかまどでお湯を沸かしてお茶を振るまいながらのお祝いになる。
必死で戸板を繕っているノウスンが、その場でまるで見世物の有様だ。
さすがにこれは愚痴の一つも言いたくなるだろうが、誰からも同情は貰えない。
ひたすら自業自得だった。
だが、そのノウスン以上にダメージを受けている者がいる。
『どう考えても俺のほうが数倍いい男だろ?』
以前に、白く誇り高い女性竜に当って砕けたサッズだった。
ショックの余りか、心声でぽつりと漏らす。
だが、しかし、ショックの度合いで言えばライカとて引けは取らない。
『ミリアムは優しいから断りきれなかっただけじゃないかな?』
もはやすっかり仲の良い姉を取られた気分のライカではあったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます