第186話 報告

「領主様に頼まれた市場の価格と配置の調査ですけど、まず驚いたのは王都には朝市、昼市、夕市とあって、時間を変えてそれぞれ違う離れた場所で市をやっていることでした。俺は色々あって昼市にしか行けなかったので、その情報しかわかりません」


 色々ありすぎた王都でライカが自由に買い物に出られたのは一回だけだった。


「問題無い。良かったら王都以外で気になる商品や物の動きがあったらそれも教えてくれ」

「わかりました。まず王都ですけど、とにかく野菜が目立ちました。柱と屋根だけの建物があって、この城の前の庭ぐらい広いんですけど、そこが全部市場になっているんです。凄い広さでした。その入口が全部野菜なんです。それから肉類、食用のハーブ、お酒や塩、粉屋さん、雑貨屋さんや薬用のハーブ、あ、蜂の巣の欠片も薬用ハーブと同じ扱いでしたよ。それから直し屋さんがあって、装身具、……そういえば、なぜか宝石とかを使った高そうな物が市場にありました。それから古着屋、履物屋、油屋さん、それに簡単な食べ物を売るお店が全部ごちゃごちゃに適当って感じに並んでました。ただ匂いの強いお店なんかは固めているみたいでした。他にも色々あったんですけど、俺には判断出来ないようなお店もあって、う~ん、あんまり役に立たないですよね?すみません」

「大丈夫だ、十分有用な情報だ、ありがとう」


 ライカの言葉に一つ一つ頷く領主であるラケルドと、無言で木皮紙にパイプ草のペンにインクを浸しながら書き込んでいくその補佐官のハイライ。


「価格は野菜の葉物が、安い物は一銅貨カランから五銅貨カラン、根物が計り売りでこのくらいの石二つと同じ重さで三カランから十カラン、市場のお客さんの話によると葉物は値切りやすくて根物は値切りにくいって言っていました」

「葉物は足が早く根物は長持ちする、その差だな」

「足が早いっていうのは?」

「悪くなりやすいってことだ」

「なるほど」


 ライカはラケルドの解説に納得して頷く。


「野菜はうちの領の弱点だ。なかなか上手く育たないし、仕入れが難しい。その悪く成りにくい根物のカブや玉ねぎなんかも運んで貰ってはいるが、馬鹿高くなってしまって一般の家では買う気にもならない値段だ」


 ラケルドは困ったというようにこの街の実情を口にした。

 そのラケルドの言葉を聞いて、ライカはふと思い出す。


「あ、そうだ。野菜といえば農園の人に聞いたんですけど、土も育てないといけないみたいなことを言ってました。人や家畜の排泄物とかを土に撒いて陽に晒して土を育てて、育った土を野菜を育てる畑に混ぜるとか」

「ほう?土を育てるか。そういえば害虫や病気をどう避けるかという試行錯誤しかやっていなかったな。やはり一度そういう本職を招くべきか」


 ライカの話に何かを考えた様子のラケルドの言葉をハイライが黙々と記録していた。


「そういえば、蜂の巣の欠片が薬用ハーブと同じ扱いで売っていたと言っていたな。値段はわかるか?」

「はい。こんな」


 ライカは自分の人差し指の先を指し示す。


「爪の先程の重りの分が三十カランもして驚きました」

「蜂蜜は、薬効が高く若返りの効果もあるとされているからな。うちでは養蜂のおかげで蜂蜜も一般家庭で普通に口に出来る程度に安価だが、他所では蜂の巣の一片を絞った一滴が黄金の粒の価値を持つとも言われている。とはいえ、高価な商品は客層が狭いのが難と言えば難かな」

「蜂を養っている人が採れた蜂蜜を知り合いにタダで配ったりしてるんですよね」


 ライカは、以前ハーブ売りの知り合いから聞いた話を思い出す。


「ああ、どうも金の価値とかさっぱりな男だからまあ仕方ない。一応城から資金援助をしているんで、その分の品物はこっちに卸して貰っているがな」


 ライカの報告を聞いて考えを巡らすラケルドにライカはしみじみと同情した。


「領主様の仕事って大変なんですね」

「仕事ってのはどれも程度の差こそあれ大変な物だ。大変じゃなければそれぞれが勝手にやるから仕事としては成立しないしな」

「仕事で忙しそうといえば、王都より、そのもっと手前のストマクっていう大きい街が、誰もがみんな忙しそうでしたね」

「あそこは元々、それぞれの領から上がってくる年貢や献上物の保管をしていただけの倉庫街だったんだが、物流に便利な土地柄で、しかも戦火を避けられた最も大きな国だったということもあって、他所の国の商人まであそこに倉庫を並べ始めたんだ。そうなると商人同士の取引もそこでやるのが便利ということになってな。だから商売人が多く、みんな忙しいという訳だ」

「面白いですね」


 ライカはラケルドの説明を聞いて、しばし考え込んでいたが、思い切って口を開いた。


「その、実は、商人とか、流通とかに関係しているんじゃないかっていう、俺の、その、不安があるんですけど、今聞いていただいていいでしょうか?」


 ライカの不安そうな口調に、ラケルドは微笑んでみせる。


「なるほど、ずっと何か言いたそうだったのはそれかな?大丈夫、自分が大事だと思う順番で報告していいんだぞ」


 その促す言葉に、ライカは、それまで黙って我関せずと寛いでいたサッズに目をやった。

 サッズは軽く片眉を持ち上げると、好きにしろという風に目を閉じる。


「えっとですね、実は俺達、王都の先まで進んで、東の端まで行ったんですけど」

「また、無茶をする」


 それまでほとんど口を利かなかったハイライが、溜め息を吐くように言葉を零す。


「色々あって、旅芸人の一家と一緒に山越えをしていたんです。そこで、その辺りの領主の人が人狩りをやっているって聞いて」


 ラケルドとハイライが一瞬顔を見合わせると、ラケルドはライカに向けて手を広げてみせて一旦話を止めた。


「ちょっと待て、ハイライ、地図を」

「少しお待ちください」


 ハイライは立ち上がると部屋の壁の棚状になっている引き出しの一つを取り出す。

 そのまま引き出しごと捧げ持つように移動し、テーブルの余っている部分にそれを置いた。

 それは色合い豊かな織物であった。

 何気なくそれを覗きこんだライカとサッズは、思わず息を飲むこととなる。


「これって、空から」


 見た光景にそっくりだと繋げようとしていたライカの言葉をラケルドが遮った。


「ああ、そうだ、空から見た光景を参考に作ったものだ。どうやったかわかるか?」

「ア……領主様の竜ですね。空を飛べるんですから」

「そうだ、さすがに賢いな」


 またもアルファルスの名前を出そうとして、ラケルドの目が自分を見ているのに気づいて慌てて言いなおす。

 先程も今も、ラケルドはライカが竜と関わりがあるということを示すような言動を制した。


(ハイライさんって、そんなに察しがいいのか)


 それはひいてはラケルドが既にライカ達の本来の在り様に気づいているということを表しているのだが、正直ライカはそのことについては、全く気にならなかった。

 ライカにとって、ラケルドという人間は、いつでも何もかもに気づいているのが当たり前の相手という無意識の感覚があったのである。

 そのせいで、領主様なら自分達のことも知っていて当然という気持ちが、ライカの中には存在した。

 信頼なのか思い込みなのかはライカ自身にもよくわからないが、垣間見て来たこの相手に対して、不思議な安心感を抱いているのは確かではあった。


 地図の入った棚は、よくもまあ一人で抱えられるなと思えるような大きい物だったが、それもそのはず、この大陸の全体図である。


「凄い、こんな地図見たことないですよ」

「あると便利だと思ってな、絵師と織物職人とに協力してもらって作った。で、その領の場所はどの辺になるかわかるか?」

「うちの街と王都の位置はどこでしょう?」

「青いピンが刺さっているのがこの街だ。王都には金色のピンが刺さっている」


 ライカはピンを確認すると、王都から見てこの街と反対側の方向の海岸線を辿った。

 長い海岸線が続き、陸地から流れる川が海に注ぎ込む場所。


「ここがリマニ」


 ふと、ライカは、人魚を利用していた海賊と、廃棄物の処理小屋で身を寄せ合う子どもたちを思い出した。

 そこを今度は、王都とこの街を対面に見た時の右へ、つまり北へと辿る。

 やや北西寄りに小さめの山々が連なる場所があった。


「この一番手前の山の北側です」

「ここは……」

「ベルデソロ辺りの領でしょうね。さすがに領の名前までは把握してませんが、この辺は国の統治が行き届かず、ほとんど領主が独自で統治している状態です」

「まあ北は列強二国以外はどこも似たりよったりの状態だろうがな」

「そりゃあ二世代にも三世代にも渡る戦争をやらかせばそうなりますよね」


 この補佐官は、自国の外、しかも大陸のほぼ反対側に当たる場所でも、それなりの情報を持っているらしい。

 この街へ入ってくる外部からの来訪者の少なさを思えば驚くべき情報量だった。

 しかし、そんなことはライカにはわかるはずもなく、単純によくわからない知識として耳に入れるに留まった。


「その領主は、自分の治める村が流行り病に罹ったからと、どんな病か知る前に村を焼き、その流行り病を口実に人狩りを始めたということです」


 ライカは、とにかく自分の知る、伝えるべきと思える情報を二人に伝えた。

 ラケルドとハイライは視線を交わし、ラケルドの指が地図のその場所をトンと叩く。


「なるほど」


 やがてラケルドの重々しい声が、考え込むような響きを帯びてぽつりと発せられた。

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