第173話 暗雲来る

 三人は主に道無き道を進んだ。

 ライカ達からすればハトリは無造作に道を選んでいるように見えるが、要所要所で何かを確認しながら方向を決めているので独自の地図か何かを使っているのだろうとライカは予想していた。


「ねえハトリ、時々俺達を残して道を外れるけど、何をしているのか聞いていいかな?」


 やがて、とうとう好奇心を抑えきれなくなったライカは、ハトリに聞いてみることにした。


「ああ……」


 ハトリはそう言ったライカの顔を見、しばし考え込む。


「そうだな、そっちの秘密も聞いたんだ、こっちも少しは手札を見せてもいいだろう。じゃ、ちょっとそこの空き地で休憩にしようか?」

「わかった」


 ハトリの示した辺りには何本かの倒木があり、それらは嵐などで自然に倒れたもののように見えた。

 既に様々な苔やキノコ、草花の苗床になっていて、その一帯は背の低い緑に覆われている。

 そこに手持ちの敷布を敷いた三人は、少し草を払って火を焚く空間を確保し、薪を拾い集めて火打石と乾いた苔を使って火を起こす。

 火の周囲に簡単に石を積んで、そこに鍋を置いて湯を沸かし茶を淹れる。

 それぞれにパリパリに乾かされた煎餅が配られ、そのまま齧るサッズとライカ、お茶に投じるハトリと、それぞれのやり方で軽い昼食を開始した。

 お茶に投じられたハトリの煎餅が炒った穀物のような良い香りを漂わせ、ライカはその香りを嗅いで、自分も真似をしてお茶に入れて食べてみる。


「それで、僕が時々単独行動を取る理由だけど」


 ライカが味を確かめて、嬉しそうにしたのを見たサッズも真似をして食べ始めた頃、ハトリが話を切り出した。


「うん」


 ライカは口の中の物を飲み込んで応じる。


「実は僕達旅芸人は座という物を組んでいる。そうだね、ほら、商人達が組んでる商組合みたいな物だ」

「へえ、凄いね」


 ライカは素直に感心した。

 ライカの現在の母国であるエルデは商業が発達しているが、その理由として組合組織の存在が大きい。

 情報を共有し、必要なら援助をし合い、危険を減らすことで、爆発的な商売の発達を見たのである。

 なので、エルデでは子供でも理由は知らずとも商組合はなんとなく凄いというイメージを持っていた。


「別に凄いことじゃない。僕達みたいな根無し草はお互い助け合わないとあっという間に滅びてしまうだけだからね。必要があってやってることだよ。儲けるために集まってる商人連中とは違うさ」


『う~ん、今の説明だと同じなのか違うのかちょっとわからないね』

『俺に聞いても知らんぞ、あいつの考えはぐるぐる絡まってて俺にもさっぱりわからんからな』


 ハトリの説明の仕方に理解が追い付かず、こっそり心声で意見を交わすライカとサッズだが、わからない同士が意見を出し合っても解決する物は何もなかった。

 こほんと、咳払いが聞こえる。

 ライカとサッズは慌ててハトリに視線を戻した。


「ともかく、一つの集団だけじゃなくて旅芸人をやってる個々の集団がそれぞれ連絡を取り合ってると思ってくれればいい。その主な連絡方法がしるしだ」

「しるし?」

「そうだ、要所要所に自然物に擬態した目印を置いて、連絡を取り合っているんだ。詳しいことはさすがに仲間以外の相手に教える訳にはいかないが、それで水場や危険な場所、どこに何があるかがわかるようにしているって訳なのさ」

「へぇー」

「ほう」


 二人の感嘆の声を受けて、ハトリはまんざらでも無さそうな顔で笑みを浮かべた。


「まあ、生活の知恵ってやつだ」


 それから数日後、山の中を移動していた時にそれは起こった。

 いつものように印を探しに行っていたハトリが戻ってくると、難しい顔でなにやらブツブツ言い始めたのだ。


「まずい、まずいぞ」


 ライカはすっかり磨り減ったサンダルを新しく編みなおしていた手を止めてハトリを見る。


「どうしたの?何かあった?」

「疫病が出たらしい」


 ハトリの顔は不安に満ちて強ばっていた。


「疫病?流行り病?どこで?」

「ここから北に一日いった所の小さな村落とのことだ。だからこのまま北には当然行けないとして、近くの人里もまずい、僕達がその村から逃げてきたと思われれば入れないだろうし、下手をすれば殺されてしまう」

「殺される?そんなことが?」


 ハトリの切羽詰まった様子に、ライカは驚く。


「疫病は誰だって恐ろしいからな、特に国を治めている連中にとっては敵よりも怖いかもしれない。人は自分達や身内を守る為ならどんな非道も出来る生き物なんだよ」

「まさか、でも、話をすれば俺達は関係無いことがわかるだろ?」


 ライカの疑問に、ハトリは昏い笑みを浮かべた。


「昔、とある街で疫病が流行り、大勢が死んだ。そして丁度その頃その街には旅芸人が訪れていたんだ。街の人々は噂した。病を運んできたのは奴らだとね。何が起こったかわかるかい?街の人々は噂と憶測だけで何の罪もないその旅芸人の一家を皆殺しにしたのさ。しかも厄払いに街の外の街道の真ん中にその遺骸を埋めた。常に踏み固めて災いが逃げ出さないようにするためにね」


 驚きに固まるライカに、ハトリは追い打ちを掛けるように低く言う。


「いいか、ここから南に真っ直ぐ、しばらく人里に近づかないように戻るぞ。大川に出たら西に進んで、リマニ近郊の村からそのまま西に進んだように見せ掛けるんだ」


 無言で頷くライカに頷き返しながら、ハトリが小さく呟いたのをライカは聞いた。


「無事でいてくれよ、みんな」


(ハトリは家族と合流する予定だったんだから、家族はこの先にいるのか)


 ライカは胸が痛むのを感じた。

 ライカにとって家族の死といえば母のそれだ。

 父も早くに亡くなっていたが、顔も知らぬ父についてはほとんど何もわからない。

 だが、母の印象はライカには強く、重い。

 息子に人間として生きる術を教えるためだけに生を繋いで、最期には枯れ木のようになって死んでいったライカの母の、諦めきれない悔しそうな顔を思い出す。

 それ程までに何かを思い残して逝ってしまうというのはどれ程恐ろしいことだろうと、ライカは思うのだ。


「おい!誰かが来るぞ!馬に乗っている!」


 突然、サッズが二人に鋭く呼び掛けた。


「こっち!」


 ハトリは素早く低木の茂みに這い込むと、二人を呼ぶ。 

 暫くして、ドカッドカッっと大地を蹴る独特のリズムが近づいて来て、その姿が見えた。

 馬が五頭、その上に武装した人間が同じ数。

 服装や装備が揃っている所を見ると、野盗の類では無く、国や領主に所属する戦闘集団だと思われた。

 彼らは少しでも開けた場所があると、そこに鋭く目を走らせ、どこか緊張した面持ちで通り過ぎていく。

 ライカ達は馬の蹄の音が遠ざかっても、暫くは隠れ場所から出ることが出来ず、硬直したような無言の時間が続いた。


「おい、もう感覚に引っ掛かる範囲には居ないぞ、大丈夫だ」


 サッズのその言葉に、力を抜いた二人は茂みから這い出した。


「まだ野営の準備をしてなくてよかった。もし焚き火の跡でも見つかってたらと思うとぞっとするよ」

「あれってやっぱり?」

「おそらくその村落周辺を封鎖するために回っているんだろう。少なくともそう思っていたほうがいい」

「殺気バリバリだったしな」


 ハトリの言葉にサッズがそう付け足し、少年たちの心胆を冷やす。


「こうなったらかなり慎重に移動しないと拙いな。火を起こすのは暫く禁止だ」

「人が人を殺すんだ」


 ライカが震える声で呟くと、ハトリはむしろ驚いたようにライカを見た。


「何を今更言ってるんだ?ついこないだまで赤ん坊が老人になって死んでしまうような年月を全て、自分には関係ない馬鹿馬鹿しい理由を掲げて殺し合いを続けてたのが人間だぞ。きっと好きなのさ、殺し合いが」


 ハトリの言葉に、ライカはゾクリと背を震わせた。

 ライカは、他人を傷付けることを何よりも楽しんでいた男達を思い出したのだ。

 商組合の用心棒達。

 昏い目と狂気を湛えたその姿は、今思い出してもライカの魂を凍えさせる。

 だが、一方でライカは彼の街の人々を思う。

 陽気で心配性の祖父。

 昔、戦争で辛い思いをしたと語った祖父は、しかし、決して人を傷付ける狂気に染まってはいない。

 そして、ライカに外を見て来いと言った領主様。

 戦争を終わらせた英雄と言われていた彼は、他人の望みを見守りたいと語った。


「それは違う。違うと、俺は思う」


 ライカの思わぬ反論に、ハトリは酷く驚いたような顔を見せ、暫くしてニィと笑った。


「最強の生き物に守られた世間知らずの坊ちゃんの言いそうなことだな」


 むっとしたライカの視線の先で、ハトリはひらひらと手を振ってみせる。


「考えかたの違いなんて、そこらの草よりもありふれた話だよ。ま、そういうことを議論するのはまず生き延びてからだね」


 ライカは憤りを沈めると、ハトリに頷き返した。

 確かに今は何より脱出を考えるのが先だ。

 最悪、サッズが兵士を蹴散らして脱出することも出来るが、それをやればサッズはおそらく人々の敵として記憶されることになるだろう。

 巣立った後はこちらの世界で生きると決めているサッズにとって、それはなるべく避けたい事態に違いなかった。


「こっちだ」


 ハトリが全く道がない山中を、あちこち確認しながら先行して進む。

 独自ルートを持つ旅芸人達の知恵を頼りに、ライカ達は危険地帯からの離脱を開始したのだった。

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