第152話 海賊船

「あの、さっきの話はどういうこと?」


 何やら揉めていた様子が落ち着いた頃、ライカはヴェントという少年に再び話し掛けた。


「さっきってのは何の話だ?」

「ほら、売られるのと死ぬのがどうのって」

「なんだ、詳しく聞かないとわからないのか?ふ~ん、言葉のなまり具合からして内陸のどっかの国の出だろ、そののんびり具合はもしかしてエルデの奴か?」

「エルデ?」

「違うのか?大川をずっと遡ったところにある呑気な王国なんだが」

「大川ってここの横を流れてる川の事?ならこの川の源流にあるのがうちの王都だけど」

「ならエルデで間違いないだろ、なんだ?自分の国の名前も知らないのか?エルデの民は」

「う、ごめん」


 畳み掛けるような言葉に、ライカはつい萎縮して項垂れる。

 元々アクセントの違いで、この地域の言葉は怒っているかのような発音の上に、ヴェントという少年は本人の態度が高圧的なので話しにくい相手ではあった。

 だが、その様子を見ていたサッズが、元から相手を良く思ってなかったことも手伝って、ヴェントに激しく突っ掛かる。


「ふん、問いに答えもせずに相手の知識を評するとはな。さぞかし知恵自慢なんだろうな」


 口元に嘲笑するような笑みを浮かべ、そう言葉を掛けたのだ。


「なんだと?ヒョロヒョロした稚魚みたいなナリの癖に俺に喧嘩を売ろうってのか?」

「稚魚だと?」


 眉尻を上げたサッズが、その笑いをたちまち獰猛なものに変えた。


「お前こそ自分より幼い子供を泣かすような腰抜けのくせして口だけは達者だな」

「てめぇ!」


「やめて!こんな狭い所で喧嘩しないで!うっとおしい!」


 一触即発の状態の二人の少年をただの一喝で止めたのは、先程泣いた子供をあやしていた少女だった。


「ごめんね、こいつプライドだけは高いんだ。廃材小屋でお山の大将やってたから自分が偉いと勘違いしてんだよ」

「てめ、ロレッタ、何勝手に謝ってやがるんだ。こういうヌクヌク生きてきましたって野郎は一度現実を知ったほうがいいんだよ」

「ほんと、うっとおしいね、第一そんなこと言ってたら、あんたがいつもあちこちで垂れ流してたように、万が一にでもお偉いさんになっちまった時に自分を殴らないといけないじゃないか」


 ふん、と笑い飛ばして、その少女、ロレッタは言ってのけた。


「それよりこれからどうすんのさ?あんたが仕事貰ってた偉い人だって助けてくれる訳じゃないんだろ?」

「黙れよ。そういう話を不用意に口に出すな。何かを仕掛けるにしろ隠し札は多いほうがいいだろ?切り札は出来るだけ見せないもんだ」

「はいはい、せいぜい頑張ってね」

「あの、ごめん、さっきの話だけど」

「またお前か、てかこの流れでよくもまあまた俺に話し掛ける気になったな」


 ライカが再び話し掛けるとヴェントが呆れたようにそう言う。

 ライカは肩をすくめると頷いた。


「別にどうしても喧嘩をしたいなら俺は止めないけど、とにかく何が起こっているのかを把握したいんだ」

「あー……いや、もういいや。なんかバカバカしくなってきた。そいで、どの辺が聞きたいんだっけ?」

「それで売られるのって」


 ヴェントは大きく息を吐き出すと身を屈めて立っていた姿勢から床に座り込む。

 そして何か考えるように自分の鼻をしばし擦って、ゆっくりと口を開いた。


「そもそもお前らはここがどこで誰に捕まったのか分かってるのか?」

「ええっと、人買い?」

「まぁ似たようなもんだが違う。こいつらは海賊なのさ」

「海賊って?」

「ち、そこからかよ!ああ、もういいさ、丸々説明してやる。海賊ってのは船に乗った盗賊と思っていい。ただし、こいつらのほとんどは交易商人を兼ねてるんだ。だから話がややこしくなるんだがな」

「船に乗った盗賊?でも海の上でどうやって襲撃するの?海の上は隠れる所が無いし、遠くからそういう怪しい船を見つけたら船は逃げるよね」

「ちちち、何も船で襲撃するから相手が船だとは限らない。もちろん船も襲うが苦労の割には旨みが少ない。連中が一番狙うのは海沿いの町や村さ、いきなり船で乗り付けて襲撃して財産や人間を掻っ攫い、それを交易品として正規のルートで売る。今問題になってる海賊ってのはそういう輩なんだ」

「あ、そうか、陸地を船で襲撃するのか。陸側の入り口は門があったり警備が厳重だけど海側はそんなに警備してないだろうって誰でも考えるよね」


 ライカは自分たちがやったことをそのまま当て嵌めて考える。

 それ程この辺りに詳しくないライカ達でさえ陸は無理でも海からなら侵入出来るのではないか?と思ったのだ、他にも同じようなことを考える人間はいるはずだ。

 実際、ライカ達が前日に立ち寄った漁師村でも陸側にはある程度囲いがあったが海側は開けていた。

 海岸沿いに住む者達にとって海は生活の糧でもある漁場だ。

 海側を塞いでしまっては生活自体がままならないのかもしれない。


「そうだ。連中の狡猾な所は仕立てはいかにも交易商人ってことだ。最初は商人として振る舞い、隙を見て盗賊に様変わりさ。しかも連中の本船は何人もの漕手を使った足の早い大型船。ここらの国が持ってる主力の大型船は図体はデカイが足の遅い船ばかりだ、追いようもなく好きなようにやられてるのさ」

「あ~、じゃあ勝負は海賊が圧倒的なんだ」


 ヴェントの話にライカは海賊という存在の持つ力をなんとなく理解した。


「ああ、あちこちで被害が出てるらしいがほとんど対抗という対抗も出来てない現状なんだ。んで、ここからが本題だが、連中の主力商品は人間だ。現在の一番のお得意先は大陸北部にある大国周辺で、一番戦争で荒れた地方だな。あっちでは深刻な人手不足で貴族共は喉から手が出る程開拓奴隷が欲しい。何しろ昔あった畑や村落が壊滅状態だ。はやいとこ立て直さないと自分達が飢え死にしちまう。安く使える頑丈な働き手の需要が高い」

「あれ?前にうちの街で俺を襲った人買いの人は最近は子供が売れるって言ってたような」


 ライカは街で襲われた時のことを思い出してその齟齬を指摘する。


「それは戦争の被害なんて全然無かったお前のとこの国だからだろ?生活に余裕があると人は娯楽が欲しくなる。そんで海の向こうの大陸でも同じ話らしい」

「あ、それが最初の話の?」


 ライカが大筋を理解したと見てヴェントは頷いた。


「理解出来たか?今まで連中は北の国や貴族を相手にしていたんだが、新たな大口の客を見つけた。俺たちは海の向こうの国向けの商品なんだよ。どうやら連中の話を聞きかじった感じじゃ、あっちの大陸では大きな争いは無くて何人かの王によって治められた大きな国が損をしない程度の小競り合いを繰り返してるらしい。それで連中は自分の豊かさを見せ付けるために珍しい物品を集めてて、そのくそったれな珍品ってやつの最近の流行りがこっちの大陸の子供なんだとよ」

「なんでわざわざこっちの大陸の子供なの?」

「肌の色がまず違う。あっちの大陸からなんとかこっちに渡って来た連中がいるんだが、連中はみんな赤褐色みたいな色の肌をしてるんだ。しかもそろって黒や茶色の髪と目でそれ以外を見たことがない。海賊連中に言わせれば、だから特に髪や目の色が薄ければ薄い程、あっちでは貴重品扱いで高値が付くんだとよ。良かったな、お貴族のおぼっちゃん」


 最後の言葉をライカの隣で憮然としているサッズに向けて、ヴェントはニヤリと笑った。

 つまりお前は高く売れるだろうという皮肉である。


「人の話をちゃんと聞かない奴だな。俺は貴族なんぞじゃないとライカが言っただろう。耳が腐ってるんじゃないか?役に立たない耳なら俺がちぎってやってもいいぞ?」

「やれるんならやってみろよ。てめえ無駄にひょろひょろと背が高いようだが、この低い檻の中で満足に動けるのか?なんなら足を少し削って動き易くしてやろうか?」


 睨み合う二人を置いて、ライカは周囲の子供達の様子を見渡す。

 ライカとヴェントの話を興味を持って聞いていた様子は全く無く、大半がただじっと身を丸めてうずくまっていた。

 ライカは思い切ってその内の一人の少年に声を掛けてみる。


「あの、さ」


 声に反応が無いので、ライカはその腕に軽く触れてみた。

 途端に小さい悲鳴じみた声を発して、少年はますます身を固くする。


「ちょっと」


 そのライカを先程の少女が呼んだ。


「放っておいてやって。ああやって逃げてないと怖くてしょうがないんだよ。あたしだって出来るなら目を瞑って何も無かったって思い込みたいけどさ。まあ、こういっちゃなんだけど、絶望的な場所には慣れてるんで今更そういう風にも成れないんだけどね」

「ええっと、君は確か」

「ロレッタ。あいつと同じ浮浪児仲間なんだ。きっと短い間だと思うけどよろしくね」

「え?」


 ロレッタの言葉にライカは首を捻った。

 余り船には詳しくないライカだが、同じ国内を歩いて旅した時でも何日も掛かることになったのだ、海の上を人力で移動する船で他の大陸に行くのならかなり長い時間が掛かるのだろうとは予想出来る。

 それなのに短い間という彼女の言葉に疑問を抱いたのだった。


「あたしはあいつと一緒に巻き込まれて捕まったんだけどさ。実は本来女は船に乗せないもんなんだ。海の女神様が嫌がるからね。まあ十歳ぐらいまでならまだ性別も定かじゃないからって気にされないものだけどさ、あたしぐらいじゃどうしようもないだろ?さっきここに来た奴もあたしを変な目で見てたし。ああいう連中の考えることってのはお定まりのコースがあるのさ。あいつらきっとあたしを嬲り者にした挙句海渡りの贄にでもする気なんだよ」

「海渡りの贄?」

「連中の不沈の理由だよ。どうも連中、航海の度に汚れた女の魂を海に捧げることで女神の加護を受けてるって噂なんだ」


 そう言って笑ってみせた彼女の目の奥に、押し込めた恐怖の色があるのを、ライカは僅かに届く彼女の心の響きと共に気づいたのだった。

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