第145話 炭焼き小屋での一幕

 サッズが竜王達と輪を繋ぎ、長い時を圧縮して共有していた頃。

 ライカは山中の炭焼き小屋で緊張感に包まれていた。

 ふいに現れた男が、ジロリとライカを見て、子供達に低く唸るような言葉で注意したのだ。


「見知らぬもんを連れ込むもんじゃねぇ。無害に見えても危険な生き物なんかいくらでもおるし、子供が可愛くても親は獰猛なんちゅうことは当たり前のようにあっど」

「ちょっと、おとん!この人動物じゃなくて人間やろ!変な例えはやめて!」


 その父親の言いようにスアンが猛抗議をする。

 スアンはもはやライカと以前からの友達同士のように打ち解けていて、色々な話に興じていた所に突然顔を出した父親からの第一声があまりな言い回しだったため、恥じらいからかその顔が赤かった。


「おとん、もう窯を見に行ってもいいん?ライカ連れてってやるわ」


 一方の彼女の弟であるニサはニサで、子供らしい性急さで自分の主張を父にぶつけた。

 父親は二人の子供に対して、やれやれといった顔を見せたが、その一方でライカに対してはどこか警戒する態度を崩さない。

 ライカは慌てて立ち上がると、ぺこりと頭を傾げた。


「こんにちは、おじゃましてます」


 人付き合いは挨拶からというのがセルヌイの教育だ。

 だが、ライカのその挨拶は相手の現在の態度に対しては少しずれた物となってしまっていた。

 おかげで受け手である子供達の父からはほぼ無視をされる形となってしまう。


「なにもんだ?この辺りには俺んとこの炭焼き窯しかねえぞ。どう考えたっておかしいだろうが」

「おとん!話を聞いたげてよ。また王都への道を勘違いした旅商人の見習いさんよ」


 スアンがとりなすように説明するが、父親は一向に納得しなかった。


「おめ、旅商人ったら商品を持ってるもんだろうが。こんな軽装で商売なんぞ出来るか」

「だからお兄さんが道を探して別行動してるんだって!ちゃんと聞けばわかるじゃない!」


 二人のやりとりにライカはすっかり当惑してしまった。

 スアンの説明は、確かにそれまでの彼女の誤解をそのままに口に出したものだったのだが、ライカにとっては自分という人間が別にいるんじゃないかというぐらい事実と剥離していたせいで居たたまれなくなったのだ。

 だからといってそれに抗議する訳にもいかないのも現状である。

 何しろどこから来たのかという大元の説明が出来ないのだから。


「ええっと、何かご迷惑だったら申し訳ありませんでした。俺はこれで失礼します。二人にはすっかりお世話になってしまって、ありがとうございました」


 仕方なくライカはそう切り出した。

 自分のせいで家族が揉めるのは嫌だったし、積極的では無いにしろ嘘をついてしまったという罪悪感に苛まれてしまい、とりあえず去るのが一番良い選択だと思ったのである。


「ええっ?駄目よ!食事をふるまう約束をしちゃったのに、私を嘘つきにするつもり!」

「あ、ごめん」


 その言葉を自分が叱られてしまったと取ったライカは、反射的に謝った。

 しかし、色々とその対応はおかしくもある。


「おとん、見て!あたし怪我したんだけど、ライカさんが手当してくれたんよ!それに薬草のことも教えてくれたし、いわば恩人じゃない?おとんはいつも恩を受けて返さないのは人間じゃなくて獣と同じだって言ってるでしょ、あたしを獣扱いするつもりなの!」


 娘の訴えに、その患部も確認して、二人の子供達の父親はまいったという風に両手を上げて頭を下げた。


「わかった俺が悪かった。すまないな、それと娘の治療をありがとう。俺はホルソという。こいつらの父親で炭焼きをやっとる」

「いえ、ええっと、ライカと言います。俺のほうこそ二人に良くしてもらったんです。お礼を言うならこっちのほうです」


 ホルソはライカを頭のてっぺんから足の先までジロジロと見ると、顔をしかめる。


「しかし、到底商人には見えんな。アイツらは一見丁寧だが独特の値踏みするような目付きをしとるもんだ。おまえさんは物腰が丁寧すぎる。まるで貴族かなんかのようだ。だけんど、貴族臭さはないし、どうも掴めん」

「そんなんはどうでもいいだろ?話が終わったんなら一緒に窯を見に行こうぜ!」


 ニサにとっては今までの父親達のやりとりはもはやどうでもいいことだったらしい。

 話は済んだと見て、ライカを引っ張って外へと連れて行こうとした。


「あんた、ライカさんに迷惑を掛けたら駄目やろ!」

「うっさいな、けが人は大人しく茶でも飲んでろ!」

「もう!」


 怒涛のように交わされたやり取りの末、ライカは炭焼きの窯の前に連れてこられていた。

 そばにはニサだけがいて、ライカの胸元程度しかないその体で元気に飛び回って説明をしてくれている。


「これが炭焼き窯だ!今焼いてる最中だからあちいだろ?」


 レンガと土に覆われたニサの背程の高さのそれは、もぐら穴のように盛り上がったまま長く伸びていた。

 ニサ少年の言う通り、周囲には篭った熱と火の『匂い』が満ちていて、住んでいた街が火に対して神経質な場所であったライカは、なんとなく不安になってしまう。


「炭ってうちの街でも作ってるけど、こんな大掛かりな窯で焼いてるのは見たことないな」


 ライカの住む街でも家に閉じこもらなければならない期間のために炭は重宝されていた。

 薪より少量で長く熱を保てるし、火種としても優秀で危険も少ない。

 だが、それが主流にならないのは、普段は豊富な薪がいくらでも拾えることと、炭を作るには手間が掛かるのでどうしても割高だからだ。

 ライカが以前言ったように、簡易な筆記具としての需要も僅かばかりはある。


「こうやって窯で熱を閉じ込めて長い時間掛けて焼くと硬くて締まった炭になるんだ。そういう良い炭は焼きがいいしすっごく長持ちすっから高級品なんだぞ」


 ニサはそう言いながら傍らの藁敷きに包まれた一角から何やら黒く細い塊を手にして持って来るとライカに見せた。


「本当だ、硬いや」


 ライカは驚いたようにそれを握った。

 通常の炭よりずっと細いそれは真っ黒で艶があり、ライカの知る炭とは見掛けからして違う。

 ライカの街で使われている炭は、力を込めるとすぐ崩れてしまうのだが、この炭はまるで生木の枝のように硬かった。


「これって本当に燃えるの?」

「あったりまえだろ!炭なんだから」

「そっか、凄いね」


 つくづくと眺めて次いで窯を見る。


「あのさ、ああいう窯があればうちの街でも作れるものなのかな?」


 ライカの言葉にニサは大人ぶって顔をしかめた。


「窯だけじゃなくて技術もいるけんど、何より良い木がないと駄目だぞ?」

「木?どんな木でも良くないの?」

「駄目だ。固く締まって成長する木じゃないと良い炭にならねんだ。普通の木は水に浮くだろ?」

「そりゃあそうだね」


 ライカは当然のように頷いた。


「この炭にする木は水に沈むんだ。そんくらいじゃねと良い炭にならねんだ」

「本当に?水に沈む木なんてあるんだ」

「ん、こっち」


 ニサ少年は手に持っていた炭を元の場所に戻すと、ライカを窯場の外に連れ出した。

 そちらには以前ライカが上空から見た木材置き場がある。


「ほら、こん木だ」


 示された木は、通常ライカの祖父が伐る木よりも細かった。そしてそれがそこにはぎっしりと積まれている。

 といっても置き場自体はそう広い場所でもないので、物凄く大量という訳でもない。

 その木は、よく見るとこの周辺でライカが度々見掛けた木だった。

 小さな枝は焚きつけかなにかに使うのか別に纏められていて、それについたままの葉を見ると、広く肉厚で楕円をしている。

 積んである一本をライカが試しに軽く持ち上げてみると、その太さから想定していた以上に重みがあった。

 打ち合わせるとまるで石同士を打ち合わせたような感触がある。


「う~ん、こんな木はうちの周辺では見なかったな。うちの辺りは松とか杉とかは一杯あるんだけどな」

「そんなら駄目だな」

「そっか」


 そんな話をしてもう一度窯へと戻り、火の様子を見るための覗きから中を見せてもらったりとしている内にいつの間にか時間が経っていたらしい。


「あんたら、下に降りるよ!」


 スアンの声が呼ぶ頃には太陽が地平近くまで降りていたのだった。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


「で、俺がうちの連中に弄られていた頃、お前は楽しく見知らぬ人間と遊んでたという訳だな」

「ご飯貰って泊めてもらっただけだよ。サッズがまだ掛かりそうなのはわかってたからね」


 サッズはライカが元の場所になかなか戻って来ずにすっかり待たされた上に、それなりに心配もしていたため、酷く機嫌が悪かった。

 尤もサッズとて離れてはいてもライカが身体的に無事なことはわかっていたのでそこまで深刻では無かったはずなのだが、エイムの空間を二度も渡ったことですっかり精神的に疲弊していたこともあり、普段より神経質になっていたのである。


「サッズが朝早く戻ってたのは気づいてたけどさ、流石に泊めて貰って何の手伝いもせずに戻ってくる訳にもいかないだろ?何しろ娘さんは足を怪我してたしさ」


 ライカの言い分は当然のものではあったが、だからといってサッズの機嫌が直る訳でもない。


「でさ、実はそこのお母さんがポプリ作りが得意で、少し分けて貰って来たんだ。ほら、家から持ってきた分はもう無くなってただろ?」


 小袋に詰められた乾燥させた花々をライカが取り出すと、高く昇った太陽に温められて篭っていた霧も晴れた林の中に、少し早い春めいた香りが漂う。


「お前、この手のごまかしだけは上手くなってきたな」

「このぐらいないとサッズとは家族をやってられないよ」


 その言い分にむかついたサッズがすかさず頬に伸ばした手を、ライカはさっと躱した。


「全く、段々手に負えなくなってきやがって」


 ぶつくさと言いながらも受け取ったポプリを背負い用の大きな袋に詰め込み、ついでにエッダから貰った服も脱いでその中に詰め込む。

 サッズは身ひとつになると、そのまま竜体へと変じた。

 と言っても、本来の姿よりも遥かに小さく、せいぜいライカが立ち寄って過ごしたあの炭焼き小屋程度の大きさだ。


「あ、許可貰えたんだね。やっぱりこっちの姿のほうがカッコイイよ、サッズは」

「どっちも俺だろうが、まあ俺もこっちのほうが楽でいいが」


 ライカの賞賛にまんざらでもないサッズは、濃紺の体を伸ばし巨大な羽を広げた。

 頑丈だが薄い皮膜は陽の光を通して瑠璃色に輝く。

 ライカは久々に見るその光景に微笑みを零した。

 ほっそりとした体と大きな羽。

 飛竜はその姿の美しさから、古い共存の時代に人間の心を惹きつけ、描かれた姿は様々な意匠の元として残されていた。

 現在地上に生きる後継種である翼竜は、前肢がそのまま翼となっているが、古代の飛竜は四肢とは別に羽を持っていて、見た目が全く違う種族である。

 古代には空の王者であった飛竜は、もはや地上にはサッズのみを残して姿を消した種族なのだ。


「人に見られたらどうするの?」

「気にするな、俺も気にしない」

「大雑把すぎるよ、サッズ」

「ならお前はちまちま地上を歩いて帰れよ!」

「はいはい、わかりました。ってこの大きさだと足に掴まれないよ?」

「背中に乗ればいいだろ?転がったら回収してやるさ」

「サッズの背中、掴みどころが無いもんな」


 ライカがそう言った途端、カプリと巨大な口がその頭を覆った。


「暗い!」


 サッズにくわえられたライカは、その口の中から抗議する。


『鱗が立派じゃなくて悪かったな!』

「気にしてたんだ、ごめん。大丈夫だよ、成竜になったらきっと立派で鋭い鱗になるよ」

『……お前しばらくそうしてろ』

「なんでだよ!謝っただろ!」


 なんだかんだと揉めた後、彼らが旅立ったのはすっかり太陽が中天を過ぎた頃となったのだった。

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