第140話 エイム(赤の竜王)

「ライカ、そろそろ人間のとこも飽きたんじゃないか?俺と一緒に帰るだろ?」


 人間の外見をしている今ですらライカやサッズから見て見上げるような長身であるエイムは、そう声を掛けるとライカをひょいと持ち上げた。

 軽々と片手で肩に仰向け状態で担ぎ上げ、一見すると軽く支えているように手を添えているが、ライカがどんなに身をよじろうとしてもぴくりともしない頑強さでがっちりと固定されてしまう。


「エイム、頭に血が昇るよ!」


 ライカは無駄と分かっていても抗議して、バタバタと空を切る手足を動かすが、エイムは気にした風もなく楽しげだった。


「おいこら!ライカを降ろせ!それにお前の空間にライカを連れ込むのは駄目だって散々言われてるだろうが!俺達ですら意識を保てないのに人間のライカの体が持つ訳ないだろ?」


 サッズは本気の蹴りをエイムの脛に繰り出すが、岩を蹴るよりも硬い反応が返るばかりで、カケラも効いた風がない。


「サッズは相変わらず元気がいいな、可愛い奴め」


 そう言うと、エイムは蹴られた足でサッズを踏んだ。

 予備動作も全く無い動きに、サッズが反応する暇すらない。


「てめ、お前の愛情表現は迷惑だっていつも言ってるだろ、ちょ、苦しいからやめろって」


 ミシミシと、とても人間を踏んでいるような音ではない硬質な音が響き、地面がピシリとひび割れる。

 本来は竜であり、頑丈な体のサッズも、種族的に地竜に比べれば柔い飛竜だった。

 体のそこかしこから怪しげな響きを感じて、サッズは己の肉体の破損を知る。


「お、まえ、こら、おーい」


 肉体の破損は体内の竜珠の力で補われるが、まだ成長途上の雛であり、人間世界で栄養失調気味であったサッズには結構辛いことでもあった。


「エイム!駄目!」


 サッズの窮地を察したライカはなんとか片手でエイムのボサボサの真っ赤な髪に覆われた頭をポコポコ殴り、本気の声を出す。

 興に乗ったのか、エイムは滅多に見せないような無邪気な笑顔でサッズを踏み付けている。

 やたら機嫌が良いのが逆に怖かった。


「エイム!」


 ついに怒声に変わったライカの声に、やっとエイムはびくりと反応した。


「ど、どうしたライカ?怖い声を出して。腹が減ったのか?何か捕って来てやろうか?」

「違うだろ?サッズが本気で苦しがってるから、わかってあげてよ」

「ん?」


 ライカの言葉に訝しげに足元を見、どこかぼんやりと意識を飛ばしかけているサッズの姿を確認したエイムは、驚いて足を退けてライカを持っていない方の手でその身を揺する。


「おい!サッズ!どうした?どっか悪いのか?お前も腹が減ってるのか?何か良さそうなのを捕まえてくるから待ってろ!」


 体内を破損させられた上に揺さぶられたサッズは、当の相手の心配そうな顔を確認すると、


 無言でその手に噛み付いた。


「そんなに腹が減ってるなら食ってもいいが、あんまり美味くないかもしれんぞ?」


 気前がいいのか鈍いのか、おそらく両方なのだろうエイムの言動に、ライカは溜息を吐く。

 言葉の意味を勘違いしようもない心声を同時に聞いていながら誤解出来るエイムはある意味偉大だった。


「エイム、俺もそろそろ限界だから下ろして」


 とりあえず、ライカは正確に意思を乗せて発言する。

 エイム相手に曖昧な言い方をするのは危険だ。

 なにしろ常識という概念を持っていないし、基本的に一方通行の愛情過多な兄なのである。

 サッズは竜の時もよく押し潰されていたから今更かもしれないが。


「なんだ、もう少し乗っかってろよ、軽いけど、お前の重みを感じられて楽しいんだけどな」

「軽くて悪かったね。いいから下ろして、頭を下にされてるから血が昇ってフラフラするんだ。下ろさないならせめてひっくり返してくれると肩に乗ってあげるよ」

「ああ、気づかなくてすまないな」


 エイムが気づかないのはいつものことだが、ライカは親愛の情に掛けて黙って受け入れた。

 ポンとひと動作でひっくり返されたライカは、体勢を整えるとがっちりした体躯のエイムの肩に腰掛ける。

 サッズの方もやっと怒りが収まったのか、エイムの腕から口を離した。


「可愛い歯形だな、記念に取っておこうかな?」


 エイムは割りと真剣にそう言って腕を撫でる。

 愛情の示し方にかなり問題があるにせよ、この兄は弟達が可愛くて仕方ないのだ。


「俺が嫌だ、ちゃんと治せ」


 サッズがにべもなく言い渡し、大柄なエイムを睨み上げる。


「なんでお前は毎度毎度過剰反応をするんだ?自分の力を考えたことがあるのか?ああ?」


 怒り心頭という顔でエイムを睨み上げたサッズではあったが、見上げた先の、大柄で、いかにも無双の戦士という風体でありながら、だらしなく下げられた目尻を見て、諦めの境地に達したようだった。


「お前達が可愛いからに決まってるだろ?ここの所家に帰っても姿が無いからずっと寂しかったんだよ。しかし、サッズはなかなか頑丈にならないな。俺は心配だよ」

「いらん心配だ!お前らみたいに重々しくなるわけないだろ?俺は空を駆ける飛竜だぞ?これでいいんだよ!」

「それならいいが、やっぱり栄養不足じゃないか?こんな枯れた世界じゃろくな獲物はいないだろ?お前達、早く家に帰って沢山ご飯食べて大きくなろう?な?」

「俺は帰らないってさんざん言ったじゃないか。エイム」


 事のついでのように一纏めにされたライカが、肩の上から自分の意見を主張する。

 元々ライカが人間世界に戻ることを納得していないエイムは、ライカの決定を受け入れた後もなんとかその翻意を促せないかとこうやって働き掛けて来るのだ。


「気持ちが変わることだってあるだろ?俺はいつでも待ってるぞ」

「仕方ないな、エイムは」

「仕方ない、エイムだからな」


 竜王達はあまりにも力が強大過ぎるため、子供たちに直接触れ合うことは実はあまりしない。

 だが、その中にあって、親代わりのセルヌイやタルカスと違い、同じようにセルヌイに拾われたという経緯を持つ長兄たるエイムは、なんだかんだと言って弟達を構っていた。

 しかも力が大きいくせに制御が一番苦手という性質のせいで、どうしても過剰に接触をして彼らを傷つけることも多々あったのだ。

 それでもエイム自身としてはなんとか力を絞って加減はしているのである。

 そんなエイムをライカもサッズも好きだったし、理解してもいた。

 怪我をさせられても怖がらずに接触するのは、彼らの愛情の示し方でもあった。


「じゃあ一度帰って来るから、危ないことはするんじゃないぞ?」


 サッズはライカに念を押すと、嫌そうにエイムの開けた空間を睨む。


「何かあったら俺がすぐ来るからな。ちゃんと呼ぶんだぞ?」


 エイムは名残惜しそうにライカを見てそう言った。

 ライカは彼らににこりと微笑むと、頷いてみせる。


「大丈夫、ちゃんと自分の出来ることと出来ないことはわかってるよ。適当に狩りでもしながら待ってるからセルヌイとタルカスによろしくね」

「ライカ、飽きたらちゃんと言うんだぞ?」


 エイムはまだ未練たらたらであった。


「俺は人間世界で暮らすよ。気持ちは変わらない」


 はっきりと意思を示しておかないと人間が邪魔をしていると判断して人間狩りを始めかねないエイムに、ライカはきっぱりと断言する。


「諦めないからな!」

「諦めてよ、エイム」


 ライカはがっくりと肩を落とすのだった。


 がっちりとホールドされたサッズがどこか達観した顔でエイムと共に無の空間に消えると、何事も無かったかのように痕跡一つ残さずに彼らは姿を消した。

 一人残されたライカは、久々に懐かしい家族に会って、遠い家族の声を聞き、それが唐突に失われたことに軽い喪失感を覚える。

 ライカの知る二つの世界は互いに何もかもが違いすぎた。

 だからこそそれぞれが鮮烈な愛おしさを持ってライカの心に刻まれている。


「俺はここにいる。帰らないんだ」


 そう呟く自分の声が揺らがないことに、ライカは心からホッとしたのだった。

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