第132話 未知への入り口

 ごみごみとした下町の一画。

 日頃は気力無く座り込む老人や、猫程に太ったネズミ達、油断無く辺りを伺いながら潜めた声で囁き合う子供達がそこここに点在する程度のその場所に、今は慌ただしい足音が響いていた。

 と言っても、そういう暴力的な響きもこの辺りでは突発的に発生するイベントとしてはありきたりの事柄なので、誰も大して興味は無さそうではあった。

 しかし、そのイベント真っ只中の当人達にしてみれば災難以外のなにものでもない。


「思うにだな、これは最初の段階で連中の目を眩ませておけば解決したんじゃないか?」

「名案ってさ、大体後から思いつくよね」

「あん時さっさと始末しとけばよかったな」

「何の話だよ?」


 ライカとサッズは自分達を追う人数がなぜか段々膨らんでいることに気づいて、うんざりとしながらも、あまり実用的ではなさそうな会話をしていた。

 そう、二人は追われていたのである。


 そもそもは、王都の庭を出て、とりあえずもう一度市場を覗いてある程度の買い物をし、せっかくだからと、まだほとんど行ってなかった城近くの整理された街並みを見て回ろうという話になったのが発端と言えば発端だろう。

 地図に記載されている賑やかな大通りを歩いている内はよかったが、そこから外れてうろうろしている間にまた本来の街並みとは違う下町に入り込み、更に悪いことに、ライカを一度攫い掛けた男達に発見されてしまったのだ。

 どうも男達のほうとしては、自分達に一杯食わせて逃げ出した(と、結論付けた)ライカを探していたようで、下町をうろついている所をその手配を知っている誰かに見付かって彼らに通報されてしまったというのが真相らしい。


 追い掛けられて反射的に逃げ出したものの、すぐに撒いてしまおうとした彼らを挟み込むように男達の仲間が現れ、それをいなしてまた逃げるということを繰り返している内に段々と騒ぎが大きくなってしまったのだ。

 いっそ飛んで逃げるというのが、少々苛々しているらしいサッズの案だが、ライカはそれは最後の手段にしようと主張した。


「真昼間に飛んで逃げるのを目撃されたら、何か凄く面倒くさい事態になる気がする」


 というのがライカの主張である。

 しかし、既に十分面倒臭いというのがサッズの主張ではあった。


「まてやガキ!テメェ変態趣味のジジィに売っ払ってやるから覚悟しやがれ!」


「変態趣味とはどんな趣味だ?」

「俺に聞いてわかるはずないだろ?言ってる相手に聞いたら?」

「連中の意識の中には俺たちを殴ったり蹴飛ばしたりする予行練習しかないぞ」

「暴力的な嗜好を好む人のことなのかも?」

「なるほど、エイムのような奴のことか」

「えっ!」

「我が身に降り掛かるとなると嫌なものだな」


 彼らの長兄的立場である赤の竜王エイムは、暴力嗜好が強く、竜族に対抗出来る程強大で、また凶暴性の強い種族のナーガ族にしょっちゅう戦いを挑みに行っている。

 戦いといっても、所詮は普通の竜族に対抗出来る程度の種族であるナーガ族だ。竜王と化した相手に対抗出来る程の力は無く、ほぼ常に一方的な殺戮を尽くしているというのが実情なのである。

 とことん身内に甘い竜族であるから、エイムをあからさまに非難する家族はいないが、さりとてそういう性質が褒められたものではないとみんな思ってはいた。

 基本的に他種族に寛容なセルヌイなど、遠回しに他の気晴らしを薦めたりもしていたようである。


 ライカは、エイムが昔ナーガの一体を、皮を剥いだ上に真二つに引き裂いて、まだ生きてるからと面白がって持ち帰った時の惨状を思い出し、気分が急降下するのを感じた。

 そういう趣味が自分に向けられると考えると恐ろしすぎる。


「う~ん、飛んで逃げる?」


 もはや人間的な常識が云々よりもこの場から逃走するほうに気持ちの天秤が傾いたライカがサッズに提案したその時、狭い家と家の間の隙間から手招きする者の姿が見えた。


「お兄さん達、こっちこっち」


 それは隙間の影に溶け込むぐらいに色黒の、細っこい男の子だった。

 その少年はニヤニヤとあまりいい印象のしない笑みを浮かべながら二人を誘っている。

 ライカは素早くサッズに目くばせをした。


「どうやら逃げる手段を売ろうとしているらしい」


 相手の意識がある程度読めるとは言え、それは相手が強く意識していることに関してのみで詳細がわかる訳ではないが、この場合はそれで十分ではあった。

 二人は助かったとばかりに揃ってその隙間へと入り込む。


「お兄さん達、俺を信用するとは賢いね。こっち、着いて来て」


 少年は狭い所に慣れているのか、軽い足取りでずんずんと奥へと向かった。

 狭い上に足元には色々なゴミが散乱しているので、慣れないライカとサッズの二人はその少年程には上手く進めないが、それでも何とかその後を着いて行く。

 二人が来た方向からは彼らを見失った男達の怒声が聞こえるが、複雑に曲がっているせいか、現在の二人の居場所からは既にその光景は見えなくなっていた。

 恐らく彼らもよほど愚かでない限りこの隙間に気づくとは思われるが、彼らの体格だと狭すぎて入り込んでの移動が困難そうなので、よほど細い男を連れて来ない限りは当面は侵入は無理だろう。

 諦めるとは思わないが、ある程度の時間を稼げるのは確かだった。

 更に奥へ奥へと向かう少年を追って行くと、とある場所で彼は立ち止まって二人を待っている。


「ここはさ、元々は一つの大きい屋敷だったんだよ。だけどそこの主が落ちぶれちゃって、家は壊されて跡地には小振りな家が数軒建った。で、それがどうした?って思うだろ?あのさ、お兄さん達はこの王都の登録住人の家にはいざって時の脱出路があることは知ってるかい?」

「脱出路?」


 ライカが不思議そうに聞き返すと、少年は得意げに口元を歪めた。


「やっぱり余所者は知らないよな。先代の王様が一度王都を完全に造り直したのは有名な話だし、その時に造られたのが上下の水路だってのもこれまた有名だ。だけど、その本来の目的は地下に秘密の迷路を作ることだったのさ」


 少年の話に、ライカは驚きと興味を隠せない。

 彼の言う有名な話も初耳だったし、『迷路』という聞き慣れない言葉も好奇心を刺激したのだ。


「この迷路は敵にとっては迷路だけど、住人には脱出路になるように造られてるんだ。で、登録住人の中で大きめの家を建てられる世話役の家の中にこの入口はあるって話だ。その世話役だったのがここにあった家の元住人ってことなんだけどね。落ちぶれた奴の家を買った商売人は大きい家のままより小さい家数軒の方が高く売れると踏んだ。そして何も知らないそいつが建て直したせいでこうやって脱出路の入り口が外に露出する羽目になったってことなんだな」

「へぇ」


 ライカは少年が足で踏んでいる敷石と似た四角い石を興味深げに見た。

 そこだけ周りと土の色も変わっているし、恐らく彼がどうやってかそこにその入口があることに気づいて掘り出したのだろう。


「で、だ。物は相談だ。幾らで買う?」

「え?」


 少年の問いに、ライカは虚を突かれ、思わずサッズを見るものの、サッズの方は話の流れ自体がわからないらしく、口をむっつりとつぐんで我関せずを決め込んでいるようだった。


「いやさ、情報ってのは実は高い商品なんだぜ?しかもこれだけのネタだ、まさかタダで聞いてその上タダでこの入口を使おうって言うつもりじゃないだろうな?」

「なるほど」


 彼の言うことに納得をして、ライカは腰に巻いていた通し財布を外した。

 中には紐に通した銅貨が三十枚程度はあるはずである。

 そこから銅貨を幾枚か抜こうとしたライカは、しかし、横からひったくられてそれを果たせなかった。

 少年はそれを一瞥すると、


「まだ半値にもあたらないぜ?」


 と言いながら自分の肩から袈裟懸けにそれを巻いて、ダブダブの服で隠すようにしまってしまう。


「ええっ?」


 ライカは一瞬困惑したが、素直に帯の隠しを探って銀貨を一枚取り出した。


「そうだな、これで情報料は負けてやるよ。それで、今度は通行料だ」


 更に手を出す少年に、ライカは諦めの溜息と共にもう一枚銀貨を乗せる。


「後二枚」


 少年の催促に、ライカは流石に「高い」と抗議したが、「嫌なら良いんだぜ?」という少年の堂々たる交渉ぶりに、諦めて言いなりに銀貨を払った。

 少年はニヤニヤ笑いを更に強めると、「よっ」という軽い掛け声と共に石の蓋をずらし(どうやら仕掛けで軽くずらせるようだった)真暗い穴の入り口をそこに開いて見せる。


「こっちの端に刻みが入って足場になって降りられるようになっているんだ。じゃあ、気を付けて脱出しろよ?」


 ライカが覗き込むと、中は真っ暗で何一つ見えない。

 しかもおぞましい程の悪臭が既に漂い出していた。


「う、本当にここの下に通路があるの?そういえば、迷路って言ってたよね。迷路って迷う道って意味だろ?大丈夫なのか?」

「銀貨もう一枚、と、言いたい所だが、まぁサービスで教えてやるよ。俺もここを一時避難場所として以外使ったことはないから道とかはわからない。さっきの話は事実だ。って感じで俺に言えることはそれだけだな」

「う~ん」


 と、彼らが後にした方向から物音が聞こえてきた。

 どうやら男達が隙間を確かめることにしたらしい。


「わかった、入ってみる」

「俺が先に入る」


 それまでライカと少年のやりとりを傍観していたサッズだったが、ライカを向こうへ押しやると、自身が素早くその穴に身を躍らせた。

 ライカが何を言う暇もない素早さである。


「へえ、中々出来たご主人じゃないか」


 どうやら少年は二人を主従だと思っていたらしく、少し感心したようにそう言った。

 確かにやたら造作が良くて尊大な態度のサッズを見ればそう思われても仕方がない。

 ライカは訂正をする気にもなれず、軽く少年に礼を言うと、自分もサッズの後を追ったのだった。

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