第117話 竜のごとく貪欲たれ

 王都の学者だというレオニダスは、この国の先王のお妃が選ばれた経緯をライカに説明した。


「おふれには続きがあった。『精霊の印はその聡明にあり、神殿、紋章院、宰相の三官の長の出す問いに答えられなくてはならない』と」

「ええっと、よくわからないんですが、それってどういうことですか?」


 出てきた言葉のほとんどがわからない物だったライカは説明を求めた。


「三官はそれぞれ神学、歴史、経済を取り仕切る立場だ。専門家が出す問題に答える。それはつまり三官の長と同程度に知識と知恵を持つ娘こそが精霊の印を持つ者という話だったのだよ」


 レオニダスの言葉に、ライカは感心と驚きを共に感じた。

 それは国に専門知識を扱う人がいるということに対する感心と、そんな相手の出す問題に答えきることが出来た人間がいたということに対する驚きだ。


「更にそれには条件があった。身分年齢に関わらずという条件だ。当時の貴族達はそんな条件があっても気にも留めなかったがね。まぁ当然と言えば当然だろう。庶民は生活に不必要な知識など求めないものだ。そうとなればお妃は貴族の、しかも娘まで教育出来るような余裕のある大貴族になるだろう、と誰しもが思った。ところが蓋を開けて見れば最後まで残ったのは庶民の娘だった。どれだけ民が盛り上がったかわかるかな?」

「想像もつきませんね」


 ライカは正直に言った。


「お祭騒ぎだったね。その後堰を切ったように学問が流行し出して、私のように学問しか能の無い者でも人に教えることで食べていける世の中になったのさ」

「凄い方だったんですね」

「まさにあのお方こそ女傑というに相応しいな。当時は御年僅か十四だったのだよ。その頃私は十六才そこそこで紋章院に寄生しているだけの貧乏な食い詰め学士だったが、まだ幼いと言って良い少女が国の最高位の方々と対等に問答をして勝利するのを見て、思わず彼女の足元にひれ伏したい気持ちになったよ」


 それまでどこか遠い物語のように話を聞いていたライカだったが、その年齢を聞いて驚いた。

 今の自分とほとんど同じぐらいの少女が成したことだと知ったからだ。


「ふん、壮年で死の床にあった陛下が若い娘を欲した茶番だったと言う者もいるぞ」


 ミアルは皮肉な態度を崩さない。

 どこか苛立たしげにも見えた。


「いや、あれは公開問答でしたよ。決して不正のしようがない。それもお告げの決まりでしたからね。私もまだ若造でしたが、その場に立ち会って感動した一人だったのですから間違いありません」


 その時の場面を思い出しているのか、まるで若者のように興奮しているレオニダスを冷たく見やって、ミアルは軽く話を変える。


「ところで学者先生、あちらで内弟子共が困っているようだぞ」


 ミアルの乾いた指摘通り、大テーブルの向こう側、数人の青年達がこちらを窺ってオロオロとしていた。


「おおマズい。講義の時刻でした。長くお邪魔して失礼いたしました」

「全くだ」


 素っ気無いミアルの言葉にハハハと笑って応えると、彼はもう一度ライカに「学ぶべき時は光のごとく疾く去るものだよ。いつでもいい、心が決まったなら王都の学者レオニダスを訪ねて来てくれ」と言い残し椅子を手に去って行った。

 ライカはそれへどう答えていいかわからず、とりあえず頭を下げて見送る。


 ため息を吐きつつ、ミアルがそのライカの頭へ言葉を掛けた。


「妙な邪魔が入ったが、私が話したいことはあれも含めてここで見聞きした全てだ。どうだ、お前の言う強さとは要するにこういう物なのだろう?」


 その言葉に、ライカは改めてミアルを見ると椅子に座り直す。


「こういうとは?」

「庶民の逞しさ。まさにお前が指摘した雑草のようなしたたかさだ」


 言われてライカは改めてこの店の中を見回した。

 酒を呑む者、歌う者、ミアルをくだしたという女性は既に別の男性を相手に際どい踊りを披露していた。

 その喧騒から少し離れた所では、先程の学者の男と共にいた青年達がなにやら言葉を交わしあって椅子から立ち上がり身振りを加えた会話をしている。


「そう、ですね。ここの人達は逞しそうです」


 ライカの答えにミアルは笑う。

 だが一転してどこか沈んだ雰囲気で続けた。


「残念ながら私は彼らのような強さは持ち得ない。自ら以外に責任を持たなくて良い強さという物に憧れはするがな。それに男であろうとすることも変える訳にはいかないのだ。ほんの赤子の頃から『男だったら良かったのに』などと言われ続ければ、ならば姿や行動だけでも期待に応えてやろうと思うではないか。まあ半分は嫌がらせだが」


 ミアルのその開けた面覆いの向こうの憂鬱な顔に、ライカは笑ってみせた。


「それなら難しいことを考えずに良いとこ取りをすればいいんじゃないですか?」

「良いとこ取りだと?」


 ミアルの声が訝しげに跳ね上がった。


「はい。男と女それぞれの良さ、人の逞しさ、全部を得ることが出来ないのならその都合の良い所だけ取り入れるんです。商人の人がよく言ってました。誰かが得をしたらその理由を調べて良かった所を取り入れるって」


 ライカのその言葉にミアルは噴き出した。


「なるほどそれは商人らしい発想だ。それで、それは具体的にはどういうふうにするんだ?」


 問われてライカはしばし考える。

 ライカにとって人間のことは周囲の人々から学んだものが全てなのだ。

 だからそれは彼ら彼女らの話となる。


「そうですね。俺が働いている食堂の女性が言っていたんですけど。女性が身綺麗にして優しく接している時にはあまり争い事が起きないんだそうです。男の人は見栄張りだからちゃんとした女性の前ではカッコつけたいんだって……って、ちょっと漠然としてますか?」

「いや、わかるぞ。女らしい女に男は弱いということだろう」


 ミアルの言葉にライカは感心した。


「ミアルさんは頭が良いんですね。俺のわかりにくい説明を纏めてしまいました」

「バカなことを感心するな。聞いた後なら誰にでも出来るだろう。それで他には?」

「これは治療所の先生がおっしゃっていたことなんですけど、そもそも男女では体の造りが違うんだそうです」


 ライカの言葉をミアルは鼻で笑う。


「そんなことは誰でも知っているだろう」

「ええっと、見た目じゃなくって関節の動きとか」

「関節?」


 ミアルの聞き返した言葉にライカは頷いた。


「なんでも男だと曲がらない方向に女性なら曲がるとかあるみたいですよ」

「面白いな。なるほど、女でしか出来ないこと、女である利点を利用する、か。今迄女らしくしろと言った者は数あれどお前のように女であることを強みにしろと言う者はいなかったな」


 ミアルは改めてライカを見ると微笑んだ。

 ライカはその笑顔に嬉しくなって微笑み返す。


「あと、さっきの話ですけど。自分のことだけに責任を持つのがダメならもっと欲張りになればいいんじゃないでしょうか?」

「もっと欲張りだと?」

「はい。ミアルさんはとても強いじゃないですか。大事な物なにもかもを守ったまま、我儘に、草花のようにではなく何もかもを覆う山のように生きることだって出来るんじゃないんですか?」


 そう言い切ったライカの顔を、ミアルはマジマジと見ると、今までで一番大きな笑い声を上げた。


「あはは、貪欲を勧めるか、司祭共にきかせてやりたいわ。なるほど、お前は本当に面白いな」


 それは、ライカがあまりの笑われっぷりに、実は自分の話は彼女に呆れられてしまっただけなのではないか?と不安になった程の上機嫌ぶりだった。


 その後も、西の街の話や王都の話を互いに交わし、夕暮れ近くになってミアルは約束通り市場までライカを送り届けた。

 そして、別れ際にガチャリと剣を鞘から僅かに出して鳴らしてみせる。


「これは騎士が行っていた約束のやり方でな。『良き再会を望む』という意味を持つのだよ」


 彼女とのどこか別れ難い気持ちを引き摺っていたライカは、そのミアルの言葉に胸が暖かくなるのを感じた。


「じゃあ、俺は剣を持たないから言葉で、『あなたとの縁がイル・イリ再び巡る事を望みます・オクトエール』」


 ライカはお返しとばかりに竜族の別れの際の決まり文句を人であるミアルに告げる。


「面白い言葉だな、異国の、というより精霊の言葉のようだ。そういうのも悪くない」


 ミアルは楽しそうにライカに言った。


「今日は久々に本当に楽しかった。ありがとう」


 そう告げて去って行く彼女の後ろ姿を、ライカはじっと見つめた。

 大柄な上に全身鎧を着けて、全く人の女性らしくは無いが、ウロコ状に全身を覆う金属鎧はどこか竜の鱗を思わせて、ライカはまるで若い竜の女性と語ったような不思議な心地を味わっていた。


「本当に、また会えるといいな」


 ライカは全く振り返らずに消えていく後ろ姿にそっと呟いたのだった。

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