第105話 計画と実行

 サッズはテーブルの上に広げられた、皮紙に焼付けという方法で描かれた地図なる物をしげしげと眺めた。


「絵じゃなきゃ模様だろ?」


 というのがその感想である。


「違うよ、これは言うなれば記号なんだ。実際にある形を置き換えることで単純に地形が理解出来るように工夫されているんだよ」

「お前、単純なことを難しく言って俺を騙そうとしてないか?」

「なにをどう考えたらそうなるのか知りたいぐらいにびっくりするような言い掛かりはやめて。だ・か・ら、この地図はこの王都の形を単純化して描き表わしているんだ」


 ライカの言葉に、サッズはしばし意識を他に向けるような眼差しになった。


「いや、全然『ここ』に当て嵌らないぞ」

「単純化してるって言っただろ?例えばこのテーブルみたいな少し歪んだ形も四角だし、この箱みたいにきちりしてる形も同じ四角だろ?う~ん、なんていうかな?」


 ライカは少し考えると心声に切り替える。


『こう、少しぼやかして見るんだ。『揺らぎのあるぐらいの適当』に当て嵌めるんだよ』


 心声の言葉は音による仲介を通さない分、ストレートに意味を伝える。

 サッズは地図と、彼の見るこの地の様子とを頭の中でぼんやりと重ねてみていた。

 ライカに直接そのイメージが流れ込んで来る。


『ん?ああ、なんとなくコツが掴めた感じが』

『そそ、そのなんとなくが大事なんだ。セルヌイが言う所の、人間の特性である想像力の高さってのがこういう部分なんだろうな』

『だが明らかに道が足りないんだが』

『この地図、馬車で通れる道だけを描いてるみたいだから細い道を省いているんだよ。これきっと馬車用の地図だ』

『あ!』


 突然のサッズの心声による破裂的な意識の発露に、ライカはびくっと身を引いた。


「なんだよ、突然」

「わかった、道と建物の繋がり具合が、というか法則が。思った方向に道が繋がってない場合の動き方がなんとなくわかったぞ」

「へぇ、そりゃあ凄いや、それじゃあもう道に迷わないね」

「おう」


 余りにも大きな視点で全体を見ていたが為に、サッズにとって人の作った都市の様子は砂浜に敷き詰められた砂の粒のように感じられていたのだが、ライカの視点が合わさった時に、(サッズからすれば)その微細な形を等身大に認識する術を得たのである。


「で、地図の方は?」

「う~ん、ちなみにここはこの地図のどこになるんだ?」


 サッズの言葉に、ライカは窓に歩み寄ると、この王都で最も高い建物である城を探し、次に彼等の宿の前を走る道を確認した。

「お城は右手に端っこが少し見えるだけで、道はここは細い路地、う~ん、大まかにだけど方向的にはこの辺?」


 ライカは迷った挙句、城を頂点とした場合の左端の方を示す。


「うう~ん、と、うん?うん」


 サッズは頭の中で実際の形と地図を照合しているようだった。


「どうもこの辺りは地図に無視されてるようだな。細かくは割り出せないぞ」

「そっか、じゃあ大通りに出てから地図を使えばいいんじゃないかな?」

「いや、その必要はない。俺は地図無しでいける」


 ライカは無言でサッズの耳の後ろにグリグリと拳をねじ込む。


「う、お?何をする!」

「地図でわかるのはお城がどこにあるってだけだし、サッズだってそうだろ?問題は彼女がどこにいるかじゃないの?それを人に聞く時に地図が必要なんだよ」

「なんで?」

「だから、人間は普通心声使えないから、共通の認識を持つのに共通の意味を持つ地図を使うんだよ。具体的には見せてどこにいるか聞くの、わかった?」

「城にいるんだろ?」

「見てよ、お城の部分の大きさを。ざっと街の半分ぐらいはあるだろ?そこを虱潰しに調べる訳?感覚を開放出来ないなら感じることも出来ないんだろう?」


 サッズはしばし考えて心声に切り替えた。


『いや、おそらく近づけばなんとなくわかると思う。感覚ほどはっきりしなくても辿り着けるはずだ。まぁ、とりあえず様子を見てくるよ。お前のほうはほら、アレがあるだろ?あのいけすかない地上種族のおっさんの半身に頼まれた仕事』


 ライカは瞬きをすると頷いた。


『うん、それはあるけど、サッズが領主様の頼み事を覚えてるとは思ってなかった。興味なさそうだったし』

『あの半身野郎は竜と魂の繋がりがあるとかいうだけじゃなくて真王でもあるから嫌な強制力を持ってるんだよ。こう、無視出来ないんだ。くそいまいましいことに』


 サッズの意識とまだ接触があったライカには、サッズの言う妙な強制力というのが人間で言う所の好意であることに気づく。

 基本的に家族にしか愛情を持たない竜に好意を覚えさせるというのは、確かに凄いことではあった。

 しかし、その愛情の枠内にいるライカにはどうもぴんと来ない感覚でもある。


『真王……か』


 ― ◇ ◇ ◇ ―


 真王と聖騎士。

 ついのように語られるこの二つの人間種族の特異存在は、実はそれぞれ全く違う成り立ちを持っていた。


 真王は人の中から、聖騎士は世界に呼ばれてそれぞれ生まれる。

 つまり真王と呼ばれる人間は元々は普通の人間なのだ。

 苦鳴の時代に心枯れ果てた人々の、その苦鳴に育てられて並々ならぬ求心力を身に宿して立ち上がる人間が、後に真王と呼ばれる。


 それに対して聖騎士は、ある一定以上の人間が死に絶え種族的な危機を迎えた時に、突然生まれる異常な身体能力を持つ個体のことだ。

 その存在は最初から異端であり、それゆえに人間でありながら同族と決して相容れない部分を持つ一代限りの存在なのである。


 新旧二つの時代が重なって新しい世界へと移り変わろうとしていた終りと創世の時、個体数は増えやすいが、生物としての身体能力は低く、なおかつエールの輝きを多く持っていた人間は、エール不足で飢えていた天上種族の狙い目であり、餌であった。

 新しく生まれるがゆえの苦しみの時代、最初の真王と聖騎士はこの時代に存在したのだ。

 だからこそ、竜達は彼等のことを知っているし、創世の時代に刻まれた傷と共に在った希望として、人間はその伝説を忘れない。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


『昔、小さい頃さ。その話を聞いた時には、なんだか凄く遠い光みたいな、特別なものって感じがしたんだけど、領主様がそうだと言われると、何か全然違う感じだよな』


 ライカがしみじみ言うと、サッズが呆れたように肩を竦める。


『お前、前も同じこと言ってたぞ』

『だって、どうしたって領主様は領主様だよ、班長さんは班長さんだし』


 理屈で説明出来る部分ではないのだろう。ライカの言い分はそこから動かない。


『お前の言ってることは時々さっぱりわからん。まぁいいさ、連中のことは今はいいとして、それで、とりあえず俺が城でお前が市場でいいんだろ?』


 話が個人的なことに戻ったので、ライカは音声の言葉に戻す。


「まぁ下見だけって約束するんなら、信用してあげないこともないよ」

「いくら俺でも初見の女性の所に日が暮れようという頃合いにいきなり訪ねて行ったりはしないぞ。そんな無礼を働けば、たちまち引き裂かれて食われても文句は言えん」


 サッズの真面目な言い分に、ゲホゲホッと、喉に何か異物が詰まったような咳き込み具合でライカがテーブルに突っ伏す。

 サッズが生真面目にどこかズレた意気込みを語るのを聞いて、笑って良いのか呆れて良いのかそれとも真面目に応じるべきなのか対応が分からなくなったのだ。

 ちょっと吹き出してしまってもいた。

 それに、少し自分の行いを責められているようにも思えたのだ。

 何しろライカは、あの女王様のところに夜いきなり挨拶に行ったのだ。


「ましてや夜いきなりとか、蛮勇とかそういうものを通り越してる行為だ」

『もう勘弁して』


 ライカは突っ伏したまま、疲れたように心声で呟いた。


「おや?」


 階段を降りて来た二人に、宿の女将ステンノが気づいて眉を潜める。


「うちは暗くなってからが本番だから、まだ準備が十分じゃないけど何か軽く食べるかい?」

「いえ」


 ライカはその誤解に軽く否定の言葉を返した。


「今から少しでも周りの様子を見て来ようかと思ったので外出する所ですけど」


 それを聞くと、彼女は眉を持ち上げて首を振る。


「駄目駄目、王都を甘くみちゃだめだよ」

「え?どういうことですか?」

「今はまだ明るく見えるけど、建物が高いからちょっと日が傾いたら暗くなるまであっという間なのさ。暗くなった王都なんて、住人だって出歩きゃしないよ。やめときな、用事は明日でもいいじゃないか。その代わり、あたしが王都の初めての夜に相応しい、素敵な料理を振舞ってあげるからさ」


 彼女の忠告に、サッズとライカは顔を見合わせた。

 夜も昼も物の見え方にほぼ差がないサッズからしてみれば、その言い分には一考の価値もない他人の妄言に過ぎなかったが、ライカには、右も左も分からない場所での有り難い心尽くしに聞こえもする。

 言葉のない視線と視線の応酬で、結局勝利したのはライカだった。


「そうなんですか。ご助言有難うございます」

「初日が一番危ないんだ。用心に越したことはないさ」


 ステンノは、そう言うとにこりと慈母の如く微笑んだのだった。

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