第104話 無計画な計画

 ライカ達が案内された部屋は今まで旅の途中で泊まった宿に比べて遙かに上等だった。

 といっても、ほとんど大部屋にしか泊まった事のない所に初の二人部屋なのだから、比べる事自体が間違っているのかもしれない。


「でも俺の部屋よりは広いね」

「俺から見ればどっちもどっちだ。でもまぁ人間は集団で暮らしてるんだから個々の居住空間が狭いのは仕方がないだろうから気にはしないさ」


 わかったようなことを言うサッズだが、その実はわからないけどわかったことにしておくという程度の話だ。

 ライカは「へぇ」と感心したんだかやり過ごしたんだかわからない生返事をして、部屋のひと通りの確認を続ける。

 下の食堂と違ってこの部屋にある二種類の机は木製で、ベッドも同じく木製だった。

 素材になっている木の質は、ライカの家で使っていた物からすると脆い物のようで、少し爪で擦っただけで簡単に傷が付きそうである。実際かなりの数の傷が既に付いていて、丁寧に扱おうという気持ちを無くさせる物だった。

 ライカは机の表面を軽く撫でる。

 表面は磨かれておらずガサガサで、乾燥の失敗から来るヒビがあちこちに入っていた。

 これを作った職人の腕は今一のようだとライカは考え、その考えに、自分が祖父の影響を強く受けていることを感じて、今は遠い祖父に想いが至る。


「じぃちゃんや街の人は元気でいるかな?」

「さすがにそんなことがわかる訳ないだろ?閉じてなくても人間を特定して調べたりは出来ないぞ」

「そういう意味じゃないよ」


 ライカは笑った。


「ただ想っただけだよ。それにセルヌイによれば想いは世界のエールに僅かなりとも影響を与えるってことだから、想うこと自体はそう意味の無いって訳でもないみたいだし」

「その想うっていうのがよくわからないんだよな、セルヌイのやつはよくもまあ人間のことを理解出来るもんだ」

「そりゃあ」

『待った!』


 突然心声でストップを掛けて来たサッズに、ライカは声は元より動作も呼吸も一瞬停止する。


『どうしたの?』


 すぐに復活したが、その影響で大きく息を吐きながら、ライカも心声に切り替えてサッズに問い質した。


『っつ、駄目だな、開いてみたけど雑音だらけで目が回るばっかりだ。いわゆる【探る気配】ってやつがあったんだが確定が出来ないな、くそっ、イライラするぞ、これは』

『落ち着こうよ、みんな王都は危ない所だって言ってたし、俺たちを侮って騙したりしようとしてる人がいるのかもしれないし。大事なことはこっちで話せばいいさ。元々こっちの方が慣れてるし』

『なんだその、「俺が付いてるから大丈夫」みたいな【言い方】は。それを言うのは気づいた俺だろ?普通』


 ライカは目を丸くしてサッズを見つめる。


『まさか、そんな風に思ってる訳ないだろ?頼りにしてるよ【お兄ちゃん】』

「こいつ」


 サッズは口の端を上げて獰猛に笑った。


『お前、そういう複合意識ばっかり上手くなりやがって!その【お兄ちゃん】の構成の中の【頼りにならない】ってなんだ?さりげなくわりやすく混ぜるな!そもそもお前、俺を兄と呼ぶ時は悪い意味しか込めないし!』

『誤解だよ』


 言って、ライカは予備動作なしにさっと身を躱す。

 瞬間、掴み掛かろうとしたサッズの体が空を切ってふらついた。サッズからしてみれば有り得ない醜態だ。


「ふ、今のサッズならそこらのトカゲ以下だね」

「言ったな」

 

 暫くして、部屋の扉の外からおもむろに声が掛かった。


「あんまり暴れると床が抜けるよ!そうなったらあんたら強制労働だからね、子供だからって暴れるのはほどほどにしとくんだよ」


 少し埃っぽい床に転がっていた二人は、それに対して暴れたせいで少し枯れた声で了承の返事を返す。


 宿の女将の気配が遠ざかって行くのを感じ取ると同時に、ギシギシと木材の軋む音が続いた。

 この部屋は二階部屋なので、本来今のように階段の軋みで人が来るのがすぐわかるのだが、女将が上がって来る音に二人は気づかなかった。

 喧嘩に夢中だったせいで気づくのが遅れたのだろう。


「暴れるのは無しだ」

「そうだね、なんだかわからないけど強制労働は嫌だね」

「そういや、お前んとこのあの竜の相方も罪人とやらに強制労働とかさせてただろ」

「うん、あの街道整備にも従事させているみたいだな。俺たちの見た人達の中には居なかったけど、別にわけてるんだろうね」

「つまり強制労働ってのは問答無用でなんらかの手伝いをさせられるってことか」

「そうそう」

「それは嫌だな」

「そうだろうね」


 ふと、ライカは自分が声に出して会話をしていることに気づいて口を押さえた。

 しかし、少し考えた後に今度は心声でサッズに話しかける。


『なんか声を出して話すのに慣れて来てたからつい声が出るね』

『全然音声会話をしないのもおかしいだろうからある程度はいいんじゃないか?』

『その【程度】が難しいんだよな』


 ライカは一度横にごろりと転がる。するとふわりと浮いた埃が、外からの光に道筋を付けた。

 ライカはそれをなんとはなしに眺める。


『う~ん、じゃあさ、俺達で責任を持てない自分達以外の相手の話はこっちでやって、通常の会話は普通に声に出して会話ですることにしない?』

「へいへい」


 サッズは立ち上がると、体を一度震わせて埃を落とし、伸びをする。


「なんか俺達、今、凄くバカなことをしていた気がするんだよな、埃だらけだし」


 そう言いながらライカも立ち上がり、こちらは手で全身を叩いて埃を払った。


「お前がムキになるからいけないんだろ?」

「ムキになるのはどっちだよ、ほんと手が早いんだから」

「教育は大事だっていつも言われてたからな」

「今、俺は物凄く説得力のない言葉を聞いた」

「そういう可愛くない物言いが俺の教育魂を目覚めさせるんだ」


 再び睨み合いを始めた二人だが、すぐにやめる。


「今日の活動時間が虚しく過ぎて行くだけだからやめようよ、またステンノさんに怒られるし」

「強制労働はマズイしな」


 二人は視線でのやりとりの後、ベッドの間にあるランプ置きを兼ねた机とは別に、部屋の入り口近くに据え置かれているテーブルに場所を移した。


「まだ日はもうちょっと沈まないみたいだけど、これからどうする?」

「どうって城に行くに決まってるだろ?」

「え!」

「え?って、それが目的なんだから当然だろ?」

「俺たちまだお城がどこにあるかとか、どこに彼女がいるかとか全然知らないよね?」

「探せばいいだろ?」

「どうやって?」


 ライカの問いに軽く答えようとして、サッズは詰まった。

 頼りの知覚が役に立たないのだから、認識出来るのはごく狭い範囲でしかない。

 とすると、何かを探す場合、このやたら広くてごちゃごちゃしている王都を虱潰しに当たるということになるのだ。


「ううむ」

「やっとことの難しさを理解してくれたようで何よりだよ」

「お前その偉そうな物言いやめろって」

「サッズがバカなことを言わなきゃやめるよ」

「バカとか言うな、バカとか」

「うん、はいはい。わかったからちょっと、話を続けるよ」

「くっ」


 ブルブル小刻みに震えるサッズをそのままに、ライカは荷物から一枚の巻物を取り出し、テーブルに広げて見せる。


「あ、それ」

「うん、貰った地図」

「あ、そっか」

「うん、すっかり忘れてただろ、まぁ覚えてたら俺がびっくりしたけど」

「おい」

「違うよ、バカにしたんじゃなくって、サッズは地図ってどういうものかよくわかってないだろうからさ」

「うん?要するに絵だろ?」


 ライカはサッズに向かい、にっこりと笑った。

 その表情はいっそ優しげですらある。


「『違います』」


 それは音声に心声を被せ、いかにも竜らしく意味合いを強調した、強い否定の言葉だった。

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