第72話 拘束

 隊商の長をやっているショソルは商人ではない。

 商組合専門の巡回隊商の長として雇われているのだ。

 元々はこの国よりもっと北東の地域で移動して生活していた遊牧の民の出身だったが、その一族の騎馬の能力が戦力として各国から高く評価されたため、戦奴としての価値を高めてしまい。彼の部族は何度もの人狩りの襲撃により壊滅していた。

 彼自身も奴隷として売られたのだが、ショソルは戦争が終わるまで運良く生き残った幸運な一人である。

 戦争中に騎馬小隊の隊長として僅かな手勢を使っていた経歴が彼に人を使うコツを教え、その能力の高さで今の仕事にありつく事が出来たのだ。

 戦争奴隷として生きた歳月が彼の新たな能力を開花させた訳だが、当然ながら彼がその事に感謝したことなどない。

 だが、ともかくも、彼はこの国で仕事を得、他人任せに出来ない責任を負う立場となっていた。

 たとえ、「上の立場からも下の立場からも、誰かに押し付けたいと思った物事を丁度良く押し付けられる位置にいる訳だ」と思っていたとしても、それを本人がぼやいたことは無かった。


 異常な程に静まり返った森の中を、ショソルは彼が手ずから育て上げた馬を操りながら慎重に進む。

 今から立ち向かわなければならない相手を思えば、慎重すぎるということは無い。

 注意深く観察したショソルは、青い、萌え始めの草が踏まれて地面に横たわり、独特の警告の匂いを発しているのを見つける。

 匂いというものは世界において大声で語られる情報のかたまりだ。

 彼は掘り返された土、皮を剥ぎ取られた木々、落ちるべきではない時に落ちた木の葉、それらの匂いが風に乗って届く、その根源を目指す。


 やがて音が聞こえてくる。

 『異常な』音だ。


「死ねよ、諦めてシネ!」

「ア、アヤマちを正さなければ、カタ、チが崩れてしまう。ナラ、先にバラバラになってしまえ!」


 地面に落ちる前の木の葉が細い鉄線に貫かれ木の幹に縫いとめられる。

 降り積もった木の葉によって柔らかく発酵している土が、永く続くはずのまどろみから覚まされ、臓物のような湿った奥底を撒き散らした。


 これ以上の接近は危険を越えて死線である。

 ショソルはそう判断すると懐から小さな道具を取り出した。

 一つは金属で作られた棒を細工したと思われる小さな物で、一箇所が木の柄に差し込まれ、そこが握りとなっている。

 もう一つ、それと同じような金属の、こちらは握りのない金属のみで出来た小さな細い棒だ。

 これをそれぞれ片方ずつの手に持つと、足の挟む力だけで馬を操り、二つの金属部分を鋭い動きで打ち合わせる。


 ピイィイイインともキイィイインとも聞こえる、音としては小さいが、空気を強く振動させる響きが彼を中心に広がった。


「がああああっ!!!」

「くぁっ!!」


 途端に、今まで暴力の渦を作り出していた二人の男が頭を押さえてうずくまる。


「で、どうなんだ、もうまともな世界は御終いにして、今まで手にかけた死者に謝りに行く気になったということなのか?」


 うずくまる二人、商組合配属用心棒のギルマウとムカリは、そこにいる男が誰なのか瞬時に正確に把握し、頭を抱えながら立ち上がった。


「ち、奴隷頭の登場か」

「人聞きの悪い。俺はそんなもんじゃないし、貴様等も一応奴隷じゃあないだろ?それどころか他人の羨望の的である国の子飼いの兵の一人だ」

「オ、オ、オレはコイツ止めたダケ、封具、使うなんて、ヒドい」

「そうだったか、そりゃ、悪かったなムカリ。だが、相方が暴走しないように気を付けるのもお前の仕事の内なんだし、これも仕方ない罰だと思って受けとけ」

「わ、わかった」


 聞き分け良く頷くムカリを見て、一方のギルマウは呆れたように言った。


「オイオイ、わかったのか、本当に?これは全く、うちの相棒殿は、いとしすぎて震えがくるレベルだ」


 その痩身の男、ギルマウは尚も頭を押さえながら、ゆらりと体を傾ける。


「はいはい、俺は痛みに弱い性質でね、もう痛いのはごめんだ、通常任務に戻る。遊びは終わりだ」

「お、オレも任務、戻るぞ」



 ライカは繋げていた意識を切り離し、急激に水から浮上するかのような覚醒に至った。

 悪夢から覚めたかのようにどこか安堵を覚えながら、改めて周囲の様子を認識する。

 馬車の油臭さと馬の排泄物の香りが少し鼻に付くが、今まで認識していた濃厚な森の気配と、癖のある人間達の垂れ流す暴力的な意識の奔流から抜け出した開放感をじっくりと味わう。


「あの封具っていうのが呪具かな?なんかややこしいけど」

「恐らくそうだな」


 サッズの方は特別意識を伸ばしていた訳でもなくそこを注目していただけなので、視線を戻しただけの感覚なのだろう、ライカ程大きなリアクションは無く、何かを考える風だった。


「なんであれを鳴らしたらあの二人が苦しんでたんだろう?」

「それなんだが、あの金属の道具を鳴らした時に連中の頭の中で共振が起きていた。恐らくそれが原因だろうな」

「どういうこと?」

「呪いというものは根本的には共振、共鳴りを利用した物なんだ。要するに相似物に打撃を与えることによってその本物に障りを起こさせるみたいな」


 ライカは暫し考えると、


「ってことはあの二人の頭の中にあの金属と似た物があるってこと?」

「恐らく、な。流石にあいつらの体の中までは見れないが、鳴ってたってことはそうなんだろう」

「そういうのって初めから入ってるはずがないから後から入れたんだよね?」

「俺は人間の体についてそんなに詳しくないが、お前がそう言うならそうなんだろう」

「う~」


 ライカは口を押さえてしゃがみ込んだ。


「どうした?大丈夫か?」

「考えたら気持ち悪くなってきた」

「確かになんか気分が悪くなる話だな。だが、本人達は気にしてないようだし、それをお前が気にすることはないだろう」

「うん、でも、なんかそういうのって怖い」


 急に空気が冷えたかのように鳥肌を立てたライカは腕をこすった。


「だがまぁ、知っておくのは大事なことだ。人間が同族にただ優しくはないということをお前は知っておくべきだ。そして俺もな」


 ライカは目を上げてサッズをじっと見る。


「反対?」


 ライカが人の世界に住むことに対して反対なのか?とライカは心声と共に聞いた。


「俺はずっと反対してただろ?だけどお前が決めたことに従うさ」

「サッズは人間が嫌いなのかな?と思ってたけど違うんだ」

「あの頃はお前等親子以外の人間を知らないのに嫌いになったりする訳がないだろ。だが、だからといってお前が人間と暮らすのが当然だとは思わない。本来の種族がどうだろうと家族は家族だ。セルヌイは頭が堅いんだ」

「セルヌイは別に俺が家族じゃないとか思ってないよ」

「当たり前だろ、わかってるさ」

「ごめん」


 ライカは自分の我儘をわかっているのでそうサッズに告げる。

 だが、


「謝るなら連れて帰るぞ」


 そう言われて謝る訳にはいかなくなった。


「わかった。ごめんは、なし」

「良い度胸だ」


 ライカはムッとした顔のサッズに向かって笑ってみせた。


「ありがとう。だよね」


 サッズはぎょっとしたようにライカの顔を見直すと、はあと息を吐く。


「お前は、ほんとに」


 そして素早くライカのその子供らしい柔らかな頬を抓んで引っ張った。


「どうしようもないな」

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