第71話 呪具

 狂気の影が行き交う森から転がり出て来た二人の少年に、隊商の男達は度肝を抜かれた。

 彼等は森の方でなにやら大量に鳥が飛び立ち、木が倒れるような音が響いて、何事かと森の近くまで集まっていたのである。


「な、何事だ!?」


 飛び出してきたのが得体の知れない獣ではなく、まだ子供らしさの抜けない下働きの少年達であると気づいた彼等は、事情を知っていそうな二人に声を掛けた。

 彼等からすれば当然と言えば当然の話だろう。

 当の二人は、すっかり用心棒達の毒気に中てられた形で、青い顔をしていたが、周囲にいるのが同じ隊商の人間だと気づいて、詰めていた息を吐き出す。


「大変です!用心棒の方達がお互いに戦ってて」


 ライカの言葉に全員の顔が引き攣る。

 彼等はライカ達より余程、用心棒がどういうものなのか知っていた。

 これまで何度もこの隊商は各地を行き来し、その道中には必ず用心棒が付き添っていたのである。

 用心棒という存在は実は商家が個々で雇うものではなく、国が提供する治安維持のための部隊の一画を成す存在だった。

 その資格はただ一つ、個人で二桁の多数に対抗出来る技量を持つこと。

 要するに商人達の隊商を守ると共に、辺境地などの人の住む地域とを結ぶ経路に出没する賊を一掃する為の一石二鳥をもくろんだ存在なのだ。

 しかし、だからこそ、個の戦闘力が強すぎるがゆえに彼等は必ず二人で組まされ、互いの監視役を兼ねさせられる。


「とんでもないぞ!」


 幾度かの山賊等の襲撃を経て、彼等の戦闘力を熟知している古参の隊商の者達は、用心棒達が互いに争うことがいかに危険かを身に染みて理解していた。


「早く止めないとこっちまで巻き込まれないとも限らない。長!」

「分かってる!行ってくる。お前らはこっから動くな全員で固まってるんだ!」

「長!例の呪具は?」

「肌身離さず持ってるよ!俺だって命は大事だからな!」


 当然というように隊商長のショソルは腰に下げた物入れ袋を軽く叩いて見せる。

 彼は馬車溜まりに取って返すと、馬に飛び乗り森に突っ込んだ。

 足が太く蹄が毛で覆われてるこの馬は、荒地に強いこの国の自産地馬で、軍馬にも使われる頑丈な馬だ。

 乗り手の技量もあるだろうが、ほぼ躊躇うこともなく、足場が悪い森へと走り込んだ勇敢さは中々大した馬であると言えるだろう。


「呪具ってなんだろう?」

「俺に聞かれてもな。『見て』みるか?」

「あ、こっちに繋いでくれるの?よろしくお願いします」


 完全な視界の相乗りではライカの知覚が持たないが、制限して人間の普通の視覚として流してくれるのなら問題はない。

 繋ぐとはそういうことだ。

 ライカとサッズは森へと飛び込む長の勇姿を見送りながら、商隊の者達が言う呪具なる物が気になったのだ。


「お前ら!用心棒に襲われたんだって?よく生きてたなぁ」


 人垣を割って、ゾイバックが二人に声を掛けて来る。

 その顔は他の人間と違ってやたら嬉しそうで思いっきり浮いていたが、本人は全く気にする様子はなかった。


「ゾイバックさんなんだか面白がっていませんか?それに俺、襲われたとか言ってませんよ?」


 ライカははっきりと指摘する。

 一方サッズは彼の顔を見るとたちまちムッとしたが、すぐに何かに気づいたように片眉を跳ね上げた。


「お前、何か知ってるだろう?」


 サッズはズバリと事実を言葉にして突き付ける。


「おお、鋭いな」


 ゾイバックのほうも悪びれた風もなく、更にニヤニヤ笑ったが、ちらりと周囲を見て、二人を手招きする。


「とりあえずこっちで話そう」


 招かれるままに、二人が馬車の陰に付いて行くと、周りの様子を窺って、ゾイバックは切り出した。


「実はだな、前にお前達が領主札を身に付けてるのを見て、その話をカッリオとしてた時に例のあのひょろっとした方の用心棒に聞かれちまってな。どうもその時の様子が変だったからもしかしてやっちまったのかな?と思ってね」

「で、なんでその話を今頃するんだ?その時にするべき話じゃないのか?」


 サッズが冷然と指摘する。

 彼の容姿と相まって、冷ややかなそのまなざしは他人を威圧して余りあるのだが、ゾイバックはそれすら楽しんでる節があった。


「いやいや、そんなことしたらあれだ、『まるで仲間が人を襲うだろうって疑ってるよう』だろ?連中だって、この隊商の身内だ、立派な仲間なんだからいくらなんでも身内を襲ったりするはずがない。そうじゃねぇか?」

「疑いはせずに期待をしたという所か?そういう楽しみは程ほどにしておいたほうがいいと思うが?いずれその安全な見物席から引き摺り下ろされることになる」


 う、と、流石に冷徹を極めた言動に、気圧されるように後ずさるゾイバックは、ようやくサッズの怒りに気づいたように慌てて笑みを消し、両手を振って見せる。


「ま、待ってくれ。別に俺がけしかけた訳じゃないんだぞ?そんなに怒ることはないだろ?」

「本気でそう思ってるのか?ふん、どうやら本気そうだな。俺は人間とは仲間同士で互いに助け合うものだと思っていたが、お前の頭にはそういう『当然』は存在しないようだ。それなら他人と関わらず一人でどこかで暮らせばいいだろうに」


「サッズ」


 ライカは思わず本当の名で彼を呼んだが、ゾイバックはそれに気づくどころではなかったので、それを指摘して更にサッズの怒りを煽るという最悪の事態は回避された。

 当然ながら本人はそんな幸運に気づく訳もないが。


「止めるのか?」

「だって、ゾイバックさんは本人の言ってるように別に何か悪いことをした訳じゃないんだ。何もしなかったことに問題が無い訳じゃないけど、そこまで怒る理由はないよ」

「はっ!こいつは根っからトラブルが好きなんだ。他人があたふたするのを楽しんでる。今の内に痛い目を見ておいた方が本人のためでもあるだろう」


 ゾイバックは、二人が言い争いを始めたと見るや、大急ぎでその場を離れた。

 それはサッズでさえ気づかなかった程の素早さで、怒っていたはずの彼ですらその怒りを忘れて感心したぐらいである。


「ち、全く」

「まぁまぁ、丁度良かったじゃないか、長々話してたらあっちの様子を見れないし、気になるだろ?」

「うー、くそ、まぁいいさ。今後はあいつには油断しないからな」

「そこまで警戒しなくても。今回の話を先に聞いていた所でどうにか避けられたとも思えないし」

「わかったわかった。んじゃ、あっちを見るぞ?」

「うん、よろしく」


 ライカは目を閉じるとその場に座り込み体から力を抜いた。

 力を抜くことに意味があるかどうかわからないが、家族と接続状態の時には余計な部分に意識を向けないほうがいいような気がなんとなくするのである。

 やがて、ライカの頭の中に画像がくっきりと浮かび上がった。

 森の足場の悪い場所を用心深く避けながら、長が歩を進めている。

 どうやらまだあの二人には接触していないようだった。


「呪具ってなんだろう?」

「う~ん、呪いならなんとなくわかるぞ。一族の記憶にある」

「竜族が呪い?」

「いや、これはあれだ、ダーナ族の開発した術の一つ」


 サッズがそう言うなり、ライカは慌てて周囲を見回す。


「いやいや、いないから周りにいたらいくらなんでも俺が気づく」

「本当に?ダーナ族ってありとあらゆる術に優れていて、エールの在り方が変わった今の世界にすら適応して、姿を変えてこっちでも生き残ってるんだろ?特に姿を隠す術に優れてたっていうじゃないか」

「そういわれると自信が無くなるからやめてくれ。いや、ほんと、いくらなんでも気づくから」

「まぁ信じてやる」

「偉そうだろ、お前」

「ちょっと偉そうにしてみた」


 サッズは呆れて鼻を鳴らした。


「ダーナ族が苦手か?あれって人間の祖なんだろ?一応」

「そうなんだけど、竜族に単独で対抗出来る程の力を持っていて、気まぐれで快楽主義な危ない連中だって聞くし、やっぱり怖いよ。人間の書いた本には彼らの引き起こした悲劇の物語が山程綴られてるんだよ。僅かにいいことをやった話もあるけどさ」


 ライカの言葉に引き継いだ記憶を刺激されたのか、サッズも顔をしかめる。


「確かにそう言われると嫌な感じだ。連中あの場所には来なかったし、俺は記憶で知ってるだけだからどうも実感がないんだけどな」

「会わないなら会わないほうがいいよ。あんまりにも酷い話をいっぱい読んだし、絶対会いたくない」


 サッズはライカの断言に肩を竦めて見せたが、ふと目線が外れる。


「あ、接触したな」

「だね。大丈夫かな?隊商長のおじさん」


 二人は顔を見合わせ、ライカは再び目を閉じて、遠い場所の様子を見るために座り込んだのだった。

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