第73話 顛末

 疲れた顔の隊商長と何か衣服が酷い有様になっている用心棒2人が戻ってきたのは夕食の準備が整って暫く経ってからだった。

 焦がしたり煮詰まったりするのを防ぐために鍋はすでに火から下ろされていたせいで、食事はすっかり冷めてしまい、隊商の全員から不満の愚痴が漏れたが、相手が相手なだけに表立って非難する事も出来ず、しぶしぶ大人しく食事を暖め直す。

 およそ食べ物に対する不満というものは、人間の不満の中では最も根深いものだ。

 しかし、事情を説明して周囲のしこりを解くべき当人達は当人達で、当然のように誰も事情の説明など行わなかったので、一同の中に溜まった憤りは発散する術もなく淀んだ澱のようにそれぞれの気持ちの底に溜まるしかない。

 その雰囲気に不穏なものを感じたのか、商人の一人らしき男が食後の余暇の時間を使って長に皆の前での説明を求めた。


「大した事じゃない、連中がじゃれ合っただけだ。珍しくもなんともない話だろう」


「と、そう言ったって話だ」


 サッズに脅された事はもうすっかり忘れ去ったようにいつもの調子に戻ったゾイバックは、情報をどこからか仕入れて来るという彼の特技の成果を荷負い人の仲間達に披露してみせた。


「良くある事なんですか?」


 ライカはライカで、相手の気まずさとか、そこの辺りを気遣うことが出来る程に人と人の間の気持ちの機微というものを理解している訳ではないので、過ぎたことは全く気にせずに、彼の話に耳を傾け、質問した。


「実はよくあることなんだ、これが」


 断言するゾイバックの言葉に、他の、いわゆる先輩一同は肯定の頷きを返す。


「大変ですね」


 あのとんでもない戦いが、良くあることで片付けられる類の出来事であるとは思ってもみなかったライカは、しみじみと心の底からそう言った。


「大変だが、まあこれは仕方のない部分もあるんだな」

「仕方がないんですか?」


 この言葉にもライカとサッズを除く全員が肯定の意を示す。

 と言っても、それを歓迎している者は一人もいないらしく、皆の顔には苦々しさが広がっていた。


「それというのもだな、あの連中が、と、そういえばお前たちは見たんだろ?連中が遣り合ってるとこを」

「はい」

「ああ」


 ライカは頷き、珍しくも話の輪に加わっていたサッズもそれに同意する。


「やつらの強さはとんでもなかっただろ?」


 聞かれて、ライカは考えた。

 実を言うと、ライカは人間同士の戦いを見た経験はそう多くはない。

 人狩りの男達が警備隊の班長に制圧された時と、ノウスンが自分を殴った時、騎士達の訓練を少しだけ見た、その程度だ。

 それらと比較した場合、ライカの見た所、一番強そうなのは班長さんことザイラックである。

 そのザイラックと、かの用心棒達を比べた場合、なんとなくだが班長さんの方が上のような気がするライカだった。

 ただ、ザイラックの戦闘というものは、ものの半瞬で終わってしまったため、具体的な強さという部分で比較するのは無理がある。

 そもそもその速さこそが彼の強さの証でもあるのだ。

 あの時、彼が踏み込んだ瞬間に既に戦闘は終わっていたと言っても過言ではない。

 そんな比較できる実例を知っているからこそ、説明に悩んでうんうん唸ってしまったライカをどう思ったのか、ゾイバックはライカの答えを待たずに説明を再開した。


「それもそのはず、連中はいわゆる戦闘狂ってやつなのさ。何かと戦ってないと尻がもぞもぞして座りが悪いってとこだな」


 彼の冗談なのかなんなのか分からない揶揄に、仲間達が笑い声を上げる。

 そこには力で敵わない相手を言葉で貶めることで少しは溜飲を下げようという思いもあったのかもしれなかった。


「誰かと常に生き死にの戦いをし続けて、その挙句に生き残ったんだからそりゃあ強いはずだ。辺境でこそこそ隠れて旅人を襲うような賊ごときが少々徒党を組んだ所で敵うような相手じゃあない。だが、そんな連中がバカ正直にお国の言う通り働くのはおかしいと思わないか?騎士連中みたいに国に忠誠を誓う貴族の集団という訳じゃないしな」

「なるほど確かにそうですね」


 ゾイバックの言葉にライカは思い至る。

 ライカがあの用心棒達と会った時から感じていた違和感。

 それは「馴染まない」ということだ。

 彼等は集団に馴染まない。人が徒党を組む事で生まれる利点の一つすら彼等にとっては必要とする物ではないのだ。


「実はな、連中はみんな、一度は死刑を宣告された罪人なのよ。本当の意味で正真正銘ヒトゴロシって訳だ。だけどな、その戦闘能力が抜きん出ていて、話を聞く頭がある場合、国は連中に選ばせる。その与えられる選択肢が、『従属か死か?』なのさ」


 おおー、なるほどと、周囲の皆が感心している。どうやらゾイバック以外の者は大雑把な知識はあれど、それはそこまで詳細な事実は押さえていなかったらしい。


「そこで従属を選ぶとなにやら呪いを掛けられる。逆らうと死ぬような何かだ。それで奴等を制御する訳だが、それはどうにもならなくなった時に使う切り札のようなもんだ。切り札ってやつはいつも見せびらかしてたら効果は薄くなっちまう。そこで考え出されたのが『双面配備』って方法だ。つまり必ず二人で組ませて、その二人が互いを牽制し合うように仕向けるってやり方だ。普通『組』を作る時は相性の良いもん同士を選ぶもんだが、これはその逆。相性が最悪同士を組ませて、互いの裏切りを見張らせてるって寸法な訳だ」


 おおっと、先ほどより大きい、どよめきのような声が上がった。

 ライカも思わず驚きの声を上げてしまう。

 サッズに至っては理解しかねるといった感じで頭を捻っていた。


 これは無茶だ。と、誰もがそう思う仕組みだが、この仕組みがちゃんと働いていることはライカ自身が身を持って体験している。

 片方が彼等の職分から離れてライカ達を襲ったことに気づいたもう片方が、これ幸いと相手を始末しに来た。

 あれはつまりはそういうことなのだろう。


「どうも俺には化物を野に放ってるようにしか思えないね。そりゃあ確かに奴等は強い。何度も賊を始末したのをこの目で見てるからな。だが、あれは獣だ。人間の中に大きな顔をして居座って良い連中じゃねぇよ」


 そう言って、配給の僅かな酒を煽ったのはカッリオだ。

 彼はこの世の全てが気に入らないと言いたげな顔で舌打ちをすると、馬車溜まりの方に視線を向ける。


「お偉いさんはどうにもならなくなったら俺達を捨て餌にして自分達は逃げるつもりでいるから御気楽なんだろ。いつだってそうだ、連中は俺達みたいな下っ端が身代わりになるのが当然で、自分達に災いが降り掛かるとは思ってねえんだよ」

「まあまあカッリオさん、雇い主の悪口なんて聞かれたら大変だ。こんな気分の時は歌でも歌うのが一番ですよ。ほら、例のお得意のやつがあったでしょう?」


 気配りの青年マウノが、悪くなった雰囲気を持ち直そうと話題の方向を変えた。


 食事の後の就寝までの時間は、彼等にとって酒を飲んで歌ったり踊ったり愚痴を言ったり出来る貴重な発散の場でもある。

 誰だって気分の悪いまま寝たくは無いから、マウノの言葉は同調を生んだ。


「そうですね、あれは楽しい歌でした。カッリオさんの故郷の歌でしたっけ?」

「ああ、山の魔物をからかって宝をせしめた男の歌だ」


 険悪な雰囲気を纏っていたカッリオも、その持ち上げにまんざらでもない様子を見せて表情を緩める。


「それは面白いな。そういう歌は今まで聴いたことがない」


 サッズは感心したように呟いた。

 男達は、普段孤高に振舞っているどこか人離れした見た目の少年が、自分達を認めるような発言をした事にギョッとしたような顔を見せたが、それはすぐに歓迎する方向に流れる。

 場の雰囲気はすっかり険を失い、和やかに盛り上がり始めた。

 その様子にライカも微笑む。


「俺もそういう歌は全然聴いたことがないんです。是非聴かせてください」

「なんだガキ共、おべっかを使ったって仕事の手抜きは見逃さないぞ」


 カッリオはそう言って、しかしまんざらでもなさそうに立ち上がった。

 マウノが鍋を棒で叩いて拍子を付ける。

 そうして賑やかに交代交代歌を歌い合い、疲れて寝る頃には、用心棒達の起こした騒ぎから持ち上がった恐れや不信は、彼等の意識の片隅に終わった事件として片付けられていたのだった。

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