第66話 噂と波紋

「柔らかい物は内側に、堅い物を外側、それが基本だ。壊れ易い物は周りに枯れ草を詰める。他に気を付けるのは雨だが、荷を下ろすときには草についた朝露も要注意だな」


 細かい説明を受けながらライカとサッズは荷物を纏めて行った。

 ライカは本来手際が良いのだが、サッズが一々わからないことを確認して来るのでそれに説明しつつ自分のほうもやっているせいでちょっとした混乱を起こしながらの仕分けとなり、予想外に時間が掛かっている。

 サッズは荷物の強度の違いがわからないのでその部分をライカに頼りっぱなしなのだ。

 彼からすれば全部が脆い物にしか感じられないのだから仕方のないことではある。


(これは?すごく脆いんじゃないか?)

(ああ、それは布だから柔らかいけど割れたりしない。堅い物と脆い物の間に置いておくと枯れ草の代わりになるからいいと思うよ)

(なるほど)


 今までこの荷担ぎの仕事を、旅の為の手段として少し軽視気味だったと反省した二人は、この仕事に詳しい先輩にちゃんとコツを教わることにしたのだ。


「おい、手が止まってるぞ!この仕事は手早く出来ねぇと周りに迷惑が掛かるんだぞ?その辺ちゃんとわかってんのか?」


 彼等が教えを請うことにした相手であるゾイバックは、当然ながらサッズのそんな事情は知らない。

 たとえ知っていてもそこを考慮するとは思えないが、知らない分遠慮なくどやしつけた。


「はい、すみません」

「あ~なるほど、段々質感の差がわかってきたぞ」


 とは言え、たとえいかつい顔で睨まれたとてマイペースを崩さない二人ではある。


「ったく、お前らは急がないと食えないとかそういう経験が無いんだろうな。だからそんなにのんびりしてやがんだ」

「ごめんなさい」


 自分達のために無駄な時間を使わせているという自覚のあるライカは流石に申し訳なくなって謝るが、サッズの方は非難されているという意識がないので、恐縮することもなかった。

 相手の言っていることは事実なのだからとそのまま受け取って深く勘ぐることなどないのである。


「確かにそうだな。やはりそういう経験が手早さとかに影響するのか」


 結果としてサッズは至極真面目にそう聞いた。


「そりゃそうだ。俺んちは貧乏人の子沢山を地でいく農家でな。元々少ない食いもんを十一人の家族でわけるんだ。ちょっとでも油断すりゃ食えないし、食えなけりゃ段々弱って病気になって死ぬ。親からすりゃ積極的に自分のガキを殺したいとは思わないだろうが、減ってくれりゃてめえの分の食いぶちが増えるんだからどっかで役立たずがおっちぬことを望んでるのは確かだ。そんなだから必死じゃなきゃ生き残れないんだよ。食い物を食えるかどうかが、即、生き死に直結してんだ。そりゃあ抜け目なく手早くなるだろうよ。わかるか?」

「なるほど、環境に合わせてより良く生きようとすればそれに適応していくという訳か。確かに納得出来る話だ」


 ゾイバックは呆れたようにサッズを見ると言葉を返す。


「そんな訳のわからん理屈を無理に擦り付けなくっても、腹減りゃあなんとかしようとするもんだってことぐらいわかるだろうによ」

「あ、っと、これで良いですか?」


 ライカは、なんとか背負子に溢れる程に積み上げた状態を自分の目で細々確認すると、ゾイバックのチェックを待った。


「ん~?まぁちょっと無駄な隙間が多いが、全部きちんと積み上げたんだ。それで問題ないだろ」


 ゾイバックは結構いい加減な指導である。


「こっちも組みあがったぞ」


 ライカの荷造りにゾイバックが最終チェックを入れている間に、なんとか自力で荷造りを終えたサッズが声を掛けてくる。


「どれだ?あ~、なんだこりゃ」


 さすがの動じない性格のゾイバックも、その有様にはやや唖然となった。

 見た目の形から既に、いっそどうやってバラけないのか不思議なぐらいにバランスを無視した形だ。

 しかし、なぜかそれはまだ周りを囲んで縛ってもいないのに、ピタリと綺麗に積みあがっている。

 まるで奇妙な形に巣を作り上げる土蟻の塔を見るような心地で、ゾイバックはいっそ感心してそれを見た。

 しかも途中に長物を横にして挟んだせいで只でさえ納まりの悪い形がどうしようもなく収まらなくなってしまっている。


「何かこう、奇跡のバランスを見た思いだが、こりゃあ一種の凶器だ。やり直せ」

「なぜ?」

「このまましょって振り向いてみろ、危なくって近寄れやしねぇだろうが」

「なるほど、確かにそうだ。バランスばかりに気を取られるのは駄目ってことか」


 そんな面白い物を作ってしまった本人は結構本気だった。


「手伝うよ」


 ライカがどこか賢者の悟りを思わせる笑顔でサッズに受け合って見せる。


「おもしれぇなお前ら」


 ゾイバックは本気で感心した顔でそれを眺めていた。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


「なんだ、さっきはガキ共のお守りをしてたみてぇじゃないか。仲良しこよしを始める気なのか?」


 荷負い人の中で最年長のカッリオは苦々しげに横を歩く男に声を掛ける。

 当の横を歩く男であるゾイバックは、その非難に対して軽く肩を竦めてみせた。


「仕事について聞かれたのをつれなくして答えるなってか?仕事に影響が出るような嫌がらせをするんだったらそれでもいいが、俺は無関係にしておいてくれよ。こんな仕事でも他の汚れ仕事に比べりゃかなり実入りが良いんで気に入ってるんだ」

「そういうつもりじゃねぇよ。ち、いまいましい」


 ゾイバックはその相手の様子に昏い笑みを向けた。


「なんだ?手を汚さずに片付けたいってならあいつらにくれてやれば良いんじゃねぇか、殺しが出来なくてイライラしてる化物共はさぞかしお喜びのことだろうよ」

「ば、バカいうな!」


 ゾイバックの指摘に、カッリオは唾を吐き出し、指でまじない印を切る。


「俺をなんだと思ってるんだ?人でなしの化物の仲間とでも思ってるのか?俺は別にガキ共を始末してぇんじゃねぇんだよ!世の中が甘く無いってことを思い知らせてやりてぇだけだ」

「へぇ~なんだ」


 どこか残念そうな呟きにカッリオは顔を背けた。


「そもそもなんであんな場違いが紛れ込んだんだ」

「雇い主の事情を詮索するのは良い下働きとはいえねぇな」

「ちっ、まぜっかえすな!」


 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、ゾイバックは言葉を継いだ。


「噂はあるな。なんでも大店の肝いりで急遽決まったとかで、コネでねじ込んだじゃないかとか」

「あれか?近頃流行りの貴族のガキの武者修行ってか?だが、連中ならそもそも下働きをやろうって発想がある訳がねぇ。連中は面倒な所は身分卑しい者にやらせて、自分はその上澄みだけを頂くってのが当たり前だと疑いもしねぇ連中だぞ。昔うちの領が飢饉で収穫が激減した時に連中がなんて言ったと思う?小作人に対して『預けている収穫を奪った泥棒』呼ばわりだぞ?地面を這いずるようにして作物を育てる苦労なんぞ連中の頭の中には存在しないんだよ。そんな連中がこんな末端の仕事をやろうなんざ思い至る訳がねぇ」

「うんうん、その感覚はわかるわかる。うちも貧しい農家だったからな。じゃああいつらはなんなのか?って思うよな?」

「そうだ、そこだよ。どっからどう見ても連中は場違いだ。それがイライラすんだよ」

「ふむ」


 ゾイバックは気を持たせるように口元を引き上げて見せる。


「なんだ、何か知ってるのか?もったいぶるな!」

「まぁまぁ、ちとこれは俺が偶然見たんだがな」

「ああ」

「やつら領主札を持ってやがるぞ」

「領主札って下命鑑札か?」

「ああ、首から下げてやがるのをちらっと見掛けた」


 カッリオは顔を強張らせた。


「下命鑑札と言えば、主が直接の下命を与えた部下に対して与えるやつだろ?間違いないのか?」

「ああ、俺は他の領のものを見た事ある。あれは領主札だ」

「おいおい、ニデシスの街の領主と言えばあの・・英雄様だろ?千里眼とか人心を操るとか言われてる」

「そうそう」


 気軽に頷くゾイバックに対して、カッリオは苦い顔で黙り込んだ。


「あ?なんだびびったのか?なんだ、なんだかんだ言って偉いさんは怖ええってか」

「そりゃ怖いだろ。貴族の気に障るようなことがあったらどうなるか知らねぇ平民はいねぇよ。だが、それとはまた違ってあの領主は恐ろしい。百年続いた戦をたった三枚の書状で終わらせたっていうじゃないか。竜を手懐けてるとも言うし、何か変な術でも使うんじゃないかと囁かれてるだろうが。それにあの精霊に選ばれたっていう王の母君と良い仲だとか」

「まぁな、確かに得体はしれねぇよな。そもそもは外の国から来たお人だしな」

「ちっ、」


 カッリオは大きく舌打ちすると、顔を歪めた。


「仕方ねぇな、ここは」

「なぁ、それ本当なのかな?」


 突然、会話を遮った少し高めの男の声に二人はびくりと体を強張らせる。

 近くに彼等以外の人間がいるはずがなかったからだ。

 話をしていたとはいえ、歩きながらなのだ、常に周囲の景色は目に入っている。

 それなのに突然隣に誰かが出現するはずが無かった。

 だが、男はそこにいた。


「あの子供、西の領主の部下なのかい?」


 感情の伺えないその声に、ガタイのデカイいい年の男達が恐怖のあまり震え出す。

 彼等は、冷たい汗が自分の皮膚を這って下りて行くのをまざまざと感じていた。


「返事が、出来ないのかな?」


 いっそ優しいと思えるぐらいのやわらかな声音が、男達の耳に恐怖を注ぎ込む。


「あ、ああ。札を持ってたんだ」


 ようやっと、搾り出すように声を出したゾイバックだが、負う荷の重みが何倍にもなったように感じて膝が震えた。


「ふ~ん、そうなんだ。ありがとう」


 気配が離れた。

 その気配の主は、国が派遣する商組合用の用心棒。

 誰もが殺し屋と呼ぶ、その男だった。

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