第67話 森を往く

 植物相が明らかに違うとはいえ、森があるとなんとなくホッとするのは、ライカが今まで過ごしてきた場所のほとんどが森のごく近くだったからだろう。

 しかし、そんなライカとは違い、他の同行者達は森の中を通る道に入ってからは明らかに緊張していた。

 いつも前方にいる筈の騎乗している男達が、何度か後方まで回ってきてまた戻るという行動を繰り返している。


「何か凄く警戒していますね?」


 ライカがいぶかしんで問いかけると、ゾイバックは鼻を鳴らして答えた。


「そりゃあな。森ってのは危険な場所だ。狼や熊なんかの獰猛な獣もいるし見晴らしが悪い。何より盗賊共が網を張りやすい場所の一つがこの森だ。警戒してし過ぎってことはない場所だぜ」


 確かに道として切り開かれている以外の木々に覆われた場所は、薄暗く見通しも悪い。

 せわしない鳥の声や、時折草を分けて走る小動物らしき気配が、周りに対する意識を散らして危険に気づきにくい環境を作り出していた。


「なるほど」

「やはり一番怖いのは人間だ。頭が働く分獣よりもやっかいだからな」


 当然のようにそう言うゾイバックの言葉に、ライカは何か釈然としないものを感じた。

 同族間でのそういう争いはライカがセルヌイから教わった人間という種族の気質と酷く矛盾するような気がしたのである。

 もちろん、竜族にも同族殺しはある。

 彼等にとって、例え種族が同じであろうと、身内以外の相手は「その他」でしかないのだ。

 同族意識など存在しないも同然だし、異性を獲得する時や縄張りを争う時には互いの強すぎる力ゆえに致命傷を負うことも多々あったという話だ。

 食い合いをすることもある分、下手をすると人間同士よりもずっと凶悪な関係と言えよう。

 彼等自身の死に対する認識が人間とは全く違うため、罪悪感という感覚がそこには存在しない。

 人間と単純に比較が出来るようなことではないが、ただ、だからこそライカの中に同族殺しを忌避するという感覚はあまり無い。

 ライカが気にしているのは、彼が理解して来た人間というものの姿と、共食いするかのような争い事が上手く噛み合わない気がするからだった。


「ゾイバックさん。人はお互いに助け合って暮らす方が気持ちよく生きられる生き物だと思うんですけど、なんで奪うことを選ぶ人がいるんでしょう?」

「はあ?なんだ聖王の祭司のようなことを言いやがって。そりゃあそっちのほうが楽だからに決まってるだろ。こんな風にあくせく働かずに他人から奪えば楽しく暮らせる訳だからな」

「でも、本当にそっちの方が楽ならみんなそっちを選ぶと思うんです。だけどほとんどの人はお互いに補い合って暮らすことを選んでる。本当は奪うという生き方は楽な生き方ではないんじゃないでしょうか?」


 ゾイバックはハアッと、大きな溜め息を吐くと、


「問答なんてのは学者とやってくれ」


 そう言ってそそくさと離れていった。


「う~ん」


 仕方なく、ライカは自分の知る範囲で考えてみる。

 レンガ地区の人達は街の中央の人達と仲が悪いが、だからといって奪い合ったりはしていない。

 罵り合って互いを傷付けることはあるが、本当の意味で奪い合うことを考えている者はいないようだった。

 それに対して、以前事件を起こした人狩りの人は、他人から奪うことを当たり前のように思っていた。

 彼等の差はどこにあるのだろう。

 そうやって考えてみて、ライカはふと思い至った。

 レンガ地区の人と中央地区の人は、いがみ合うことでお互いへ感情を向けていた。

 それはある種の繋がりではないのだろうか?

 それに対して人狩りの人は自分やホルスさんに対して何の感情も持っていなかった。

 もしかするとそこになんらかの鍵があるのかもしれない。

 そうライカは思った。


「俺には全くわからない世界だな」


 そんな風に物思いに浸っていたライカの耳に声が聞こえる。


「あ、ごめん。巻き込んでた?」


 ライカは一度考え込むとそこに嵌ってしまうことがあり、そうなると意識に接触している家族を気づかずに巻き込んだまま思考してしまうことがしばしばあった。


「いつものことだから気にしてないぞ。相変わらずお前の思考は面白いよな」

「別に面白くはないと思うけど」

「面白い。他の存在を自分と同等に見ているかと思えば、一方で何処か遠い世界の出来事を眺めるように見ている。どちらも俺には無い感覚だ」

「でもさ、竜にとっても輪で繋がった家族は自分と同等だよね?」

「それは違う、同等というのは本来は別のものだという前提がある場合の考え方だ、輪で繋がっている時に家族は一つの存在として認識される。過去から現在に至る一つの渦のようなものだ」

「う~ん、それもちょっと想像がつかないな」


 ライカは個性の強すぎる家族を脳裏に思い浮かべる。

 彼等を纏まった一つの存在として認識出来るかというとかなり難しい話だ。


「そこは有り様の違いだから仕方ないさ。だから俺も人間の有り様が今ひとつ理解出来ない」

「そうだよね、確かに有り様が違うなら理解出来なくてもしょうがないけど、同じ人間なんだよなあ、俺が今理解が出来なくて悩んでるのって」

「その辺は経験じゃないか?お前は人間としての経験が圧倒的に足りてないだろ。わからない部分があっても仕方ないさ。俺だって竜として欠けている経験があるからそういうもどかしさはわかる。だけど、お前はこれからその足りない部分をまだ補えるはずだ。焦ることはないさ」


 ライカはサッズを見るとニコニコと笑う。


「なんだ?」

「サッズが賢く見えたから何か変事の予兆かな?と思って」

「なんだと!」


 サッズは小さく唸るとライカをギロリと睨んだ。


「大体、何で変事の予兆で嬉しそうなんだよ!」

「想像の範囲外の出来事って出会えると嬉しいだろ?」

「そりゃそうかもしれんが、ろくでもないことかもしれないだろうが」

「ろくでもないって?」

「悪臭を放つ生き物に出会うとか」

「それはちょっと嫌かも」

「だろうが、変事っていっても面白いとは限らないんだから何かが起こる前から期待するとかおかしいぞ」

「うう、サッズが正論を言ってる。不安だ」

「お前という奴は」


 そんな風に隊商全体が緊張しながらも、とりあえずは問題なく進み続け、やがて一行の足が止まる。

 といっても、何かことが起こった訳ではなく、馬を休ませるための休憩だった。


「ライカ、サック、良かったらこっちで一緒にお茶を飲まないか?」


 エスコが二人に声を掛けて来る。

 最近はこのエスコとマウノという若い二人が何かとライカ達に声を掛けて来るようになっていた。

 彼等もこの一行の中ではかなり若い方なので、自分達より更に若いとはいえ、少年達に対して少し親近感を抱いているのだろう。

 エスコはタフで色々工夫するのが上手く、流石にゾイバックのようにではないが社交的な明るい青年だ。

 マウノは少々気が小さい部分はあるものの面倒見が良く、気配り上手な青年だった。

 この二人は馬が合うのか良くつるんでいる。


「直ぐにお湯が沸くからちょっと待っててくれよ」


 エスコは背負子の枠を使ってうまい具合に簡易炉を作るとその上に鍋を乗せ、お湯を沸かしていた。

 ライカは彼が袋から掴み出した茶用の葉を見ると、自分の懐に手を入れて途中で見つけて乾燥させていた匂い葉を出す。


「良かったらこれ足してみて。香りが増すと思うんだ」

「お、ありがとう。ライカは香草とかに詳しいから助かるよ。こないだ貰った足に貼る葉っぱの薬、良く効いたし」

「街では治療所の手伝いとかしてたから自然と詳しくなったんだよ。お茶は食堂で働いてたから」

「そりゃ凄い。この仕事もだけど、まだ若いのに色々な所で働いてるんだね。なんかお金貯めてやりたいこととかあるの?」

「そういうんじゃないんだけど、色々やってみるのが楽しいからつい」

「いいな、そういうの。余裕があるんだな」


 ふと、マウノが羨ましそうに呟いた。


「余裕?」


 ライカは不思議そうに聞き返す。


「うん。俺なんか、いやカッリオさんもそうだけど農家の生まれでさ、兄弟多くてある程度大きくなったら食い扶持は自分で稼げって追い出されるんだ。何かを楽しむなんて考えたこともなかったな。だからそういうのは羨ましい」


 そう言うマウノは少し寂しそうでもあった。


「そうなんだ。人の生活も色々あるんだね。そうだ、あの、良かったら農家の生活って教えてくれないかな?俺、よく世間知らずって言われてて、だから出来るだけ沢山のことを知りたいんだ」

「え?俺んとこの生活なんか面白いこと何にも無いよ」

「そんなことないよ。例えば畑とか俺、見たことはあるけどどういう風に作物を作ってるかよくわからないんだ。草とかは勝手に生えるだろ?なのに作物って凄く世話をしなきゃならないんだよね」

「そうだね、作物は人間が手を掛けないとちゃんと育たないんだ。虫が食ったり、周りの普通の草が大きくなりすぎると土にある栄養を取ってしまって作物が育たなかったり」

「へぇ、大変そうだね。虫に気を付けるっていっても、虫がいつ作物を食べに来るかとか全然わからないよね?」

「ああ、だから毎日朝早くから水を入れた筒を腰に下げて畑を周るんだ。虫を見つけたらすぐ取って水の中に突っ込んで殺すのさ」


 話し込み出した二人に、エスコが呆れたように声を掛けた。


「おいおい、せめて茶を汲んでからにしろよ。早くしないと香りが飛んでしまうぞ」


 鍋の中で沸いた湯に茶用の葉が踊っている。

 ふわりと、熱気と共に柔らかい澄んだ香りが漂った。


「まったくだ。こいつが何かを聞きたがったら大変だぞ、自分が聞きたいことを聞き終わるまで付き纏われるから覚悟しておけ」


 サッズまでもがそう言って揶揄する。


 ライカとマウノは顔を見合わせて苦笑すると、懐から自分の杯を取り出して鍋からそれぞれ茶を汲んで口に運んだのだった。

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