第65話 商人魂
「待ってください。彼は決して品物を粗雑に扱ってる訳じゃありません。荷物をまた纏め直すために広げていただけでどれも傷一つ付いてないはずです」
商人に注意されている当のサッズが事態の解決に尽力するはずもなく、仕方なくライカは酷く激昂している相手に向かって代わりに説明した。
「キサマはなんだ!」
「家族です」
返ってきた答えに、相手は怒りを暫し忘れ、虚を突かれたような顔になる。
「全く似てないだろうが!」
「血は繋がっていませんから」
男はフンと鼻を鳴らすと、「孤児か」と吐き捨てるように言った。
ライカの説明の言外の意味を自分でそう補完したようである。
「なるほどな、案外、荷の中から価値のある物を漁っていたのではないか?」
彼等にとって孤児は貧乏人であり、貧乏人は必然的に悪だった。
その理屈は何の抵抗も無く彼の頭に入り込んでいて、当たり前の真実としてそこに収まっている。
「それは無いでしょう。彼はここにあるような物の価値は全くわかりませんし、元から食べ物以外に価値を見出すとも思えません」
「ちょっと待て」
無言で成り行きを見守っていたサッズが堪りかねたように声を掛ける。
「お前の俺に対する評価はそうなのか?」
「え?」
ライカは驚いたように瞬きをして、サッズを見つめた。
「評価とかじゃなくて本当のことだろ?」
「それじゃあまるで食い物のことしか考えて無いみたいじゃないか」
「じゃあ他に何のこと考えてるか言ってみなよ」
「はっ、知れたことよ!称えるに足る女性に出会うということは食い物より価値があるだろ!」
「ああ」
ライカはコホンと咳払いをすると、二人の言い争いに場を奪われた形の商人の男を改めて見て、きっぱりと告げる。
「すみません、訂正します。食べ物と女性にしか価値を見出さない奴なんです」
今度は本人からの待ったが入らなかった。
どうやらサッズのほうもそれで納得したらしい。
「バカにしているのか!キサマらは!」
商人の男の顔は何時の間にやら血が昇って赤を通り越して赤黒くなっていた。
「貴様等根無しの貧乏人共は、油断をするとすぐに他人から掠めとることを考える、しかも俺達商人を物を独り占めするごうつく張り呼ばわりだ。いいか!キサマ等!まず、どんな理由があろうと商品を地面に置くな!一見価値がなさそうな物であれ、その一個一個が商人にとっては命の一部なんだ!俺達は自分達の命運を託して商品を仕入れ、売る。それを粗末にされることがどんなに腹が立つかキサマらにわかるか!」
男は直下の地面を足音高く踏みしめ、少年達に指を突き付けて怒鳴る。
「それに俺達がこうやって品物を循環させることで人の世は命を繋いでるとも言える。だからそれらの品物は国の血液に当たるのだ!キサマらは言うなれば国に血を流させようとしているも同然なんだぞ!」
男は何かのうっぷんを晴らすかのように声を張り上げ、主張した。
一方で、サッズは男の言い募った言葉に少し感心した顔を見せる。
「なるほど、面白い考え方だが、偽りではなく本気でそう考えているのだな。なら今回は俺が悪かった。今後商品の扱いには留意しよう」
やや離れて見物していた他の人間さえも冷ややかな笑いを浮かべる程激昂した男の言に、しかし、サッズは至極真面目にそう答えた。
「なんだと?」
この突然の真摯な態度に、むしろ相対していた商人の方が戸惑い、思わず聞き返す。
「すまなかった、今後は扱いに気を付けると言ってるのだ。言い回しがおかしかったか?どうも細かい言い回しに関しては教え主も得意じゃないんで微妙な間違いは許してくれ」
謝意を伝えるサッズの態度は、やはりどこか尊大なものだったが、彼のその姿にあまりにもハマってもいたので、恐るべきことに、誰も疑問に思わなかった。
どちらかというと、彼が謝るというそれ自体が信じきれずにいた者達によって、一部に小さくない混乱を招いてしまった様子ですらある。
「ん、む。わかればいいんだ」
男は何か気押されたかのように後ずさると、その自分の行動に気づいて、また顔を赤くして留まった。
「今後気をつけるように!」
それだけ言い置くと、次には振り返りもせずに馬車溜まりへと去って行く。
ライカとサッズはその後ろ姿を見送りながら、言葉を交わした。
「真剣だったんだ?」
「ああ、特に取り引きという物に対して向ける真剣さは『堅かった』ぞ」
「そっか、じゃあ俺も前よりちゃんと商品を大事にしなきゃね。すっかり物を運ぶだけの仕事だと勘違いしてたよ」
二人は地面に散らばる色々な形やサイズの品々を背負子に綺麗に嵌め込むと、包む為の油布を被せて紐を巻きつけた。
商品は壷に入っていたり、木箱に入っていたり、剥き出しだったりと様々で、本当に綺麗に衝撃に強くなるように詰め込むのは難しい代物なのである。
サッズは己の力によって荷物が崩れないように抑えていたが、その力がなんらかの事情で緩められれば背に負った荷物は雪崩落ちていただろう。
そういうことが絶対無いとは言えないので、そんな時がもしあっても大丈夫なようにしておこうと思ったのだ。
「商売ってさ、自分で作らないで物と物を交換したり、お金と交換したりするだけの仕事だからそんなに大切なものだとは思ってなかったけど、やっぱりどんな仕事も大事なんだな」
「俺は人間のやる仕事自体の意味がよくわからんが、あの男の真剣さはわかった。相手の大事にしている物事を軽く扱うのは礼儀にもとるからな」
うんうんと、ライカはサッズの言葉に頷く。
「沢山知らないことがあるけどさ、こうやって知っていくっていいだろ?」
「知らなければならないことがあるのは理解した。なるほど、理解しようとすることは確かに大事だな」
「俺、今ちょっと感動したな」
ライカは少し笑った。
「ううん?」
サッズがそれを受けて、なぜか微妙な顔になる。
「どしたの?」
「何かこう、今のお前の言い回しに複雑な意味合いがあって、褒められたと手放しに喜んではいけない気がした」
「細かく読み取れ過ぎるってのもちょっと可哀想だな。自分に対する評価が筒抜けなんてサッズにとっては悲しいことだもんね」
ライカは何かを納得したようにそう言うと、サッズの頭をそっと撫ぜてやった。
「からかってるな?からかってるだろう?」
サッズが怒るべきかどうか迷うように聞いた。
「まさか、真剣だよ」
ライカの大真面目に構えた顔に、サッズは胡散臭い表情を見せる。
「筒抜けなんだよ!」
何時ものように突っかかるサッズを軽く押し留めて、ライカは荷物を示した。
「荷物に被害が及ぶかもしれない所で力づくで何かをするのはやめようよ」
顔は相も変わらず大真面目である。
「ライカ!お前って奴は!」
「ほら、見えると大変だよね」
ライカはニコニコと上機嫌で笑ってみせた。
― ◇ ◇ ◇ ―
「上手く躱しちまったみたいだな」
言葉は残念そうだが、顔はニヤニヤしている男が、彼等から少し離れた岩場で寝転がって呟いた。
「ち、あの程度で丸め込まれやがって、だから商人連中ってのは信用ならねぇんだ。タマがねぇんだよ魂ってやつがな!」
「子供相手だしな、最初はまぁあんなもんだわ。ガキ相手にいきがってみせるイイ大人なんて、ちぃっと想像力がありゃ恥ずかしい以外のなにものでもねぇしな」
ゾイバックは久々にウキウキとした調子になっている。
「最初はってこたぁ、なんか考えてるのか?」
「まぁ色々とな。それよか、お前こそ自分でもナンか考えろよ。お前がやりてぇんだろ?」
「わかってる」
陽気なゾイバックに対してカッリオは苛立ちをはっきりと見せた。
「わかってるさ」
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