第63話 休息の午後

 ヤク飼いの少女と別れたライカとサッズは、集落を囲む柵沿いにぐるりと周り、その柵が途切れて開口部になっている場所の近くで、なにやら円になって話し合いをしている集団を見つけた。

 彼等の傍らにはそれぞれに積まれた荷物があり、人々は飲み物が入ったらしい小さな杯を片手に並んだ料理を抓みながら、喧嘩でもしているのか?と思ってしまうような声の調子で話している。


「なんだありゃあ?戦いじゃないよな」

「なんだろうね?意識がかなり表に浮上してるけど、凄いスピードで変化してるから、なんだかさっぱり分からないな」

「連中の頭の中で、数やら比較やら毛皮やら飾り物やらが点滅するみたいに変化してるぞ。こんな訳のわからん意識に触るのは初めてだし気持ちが悪い」


 二人は不穏なその様子にそこへ近付くのを止め、遠回りをして宿営地に戻った。

 宿営地ではどうやら酒が抜けたらしい使用人達がそれぞれに集まって何事かをやっている。

 と言っても、もちろん彼等のような契約雇いの肉体労働者と商家子飼いの使用人とが交わることはないので、集まっているのはいつもの顔ぶれだ。


「何をやっているんですか?」


 男達の真ん中には石が積んであり、なにやら盛り上がっている。


「ああ?今集中してんだから声を出すな!」


 ライカ達とはあまり接触のない、カッリオという男がイライラしたように声を荒げた。

 彼はマウノと同じ村の出身で、マウノがこの仕事に就く時に紹介してもらったという話を、ライカはマウノ当人から聞いている。

 なのでそのマウノにライカはそっと声を掛けた。


「何事ですか?」

「ゲームだよ」


 声を潜めて、マウノはそれに応える。

 どうやら男達はかなり神経質になっているらしく、ピリピリした雰囲気に包まれていた。


「ゲームって?」

「ああやって石を積んで、一人ずつその中から石を取っていくんだ。取る数は自由だけど、必ず一個以上取らないといけない。それで、上に乗ってる干し林檎を落とした人が負けで、掛け金を払わなければならないんだ。残った人間で同じことをやって最後まで残った人が総取りするんだ」

「ゲームに負けたらお金を払って、買ったらお金をもらうってことですか?」

「そうそう」


 なるほど、と、ライカは頷く。

 つまり上手くやれば手軽にお金が手に入るということだ。もちろん一方で負ければお金を失う。

 ライカ自身はそこまで金銭に拘りがないが、人の生活にお金がいかに大事であるかは経験して来たので、男達がピリピリしている理由は飲み込めた。


「マウノさんはやってないんですか?」

「俺は手元にギリギリ残さなければまずい分に食い込みそうになったのでやめた」


 彼はニコリと笑って、頭を掻いてみせる。


「負けたんですね」

「負け続けたよ」

「そういえばさっき、あっちの方で商家の人達がここの集落の人達と集まって何かやってるみたいでしたけど、あれも何かゲームをやっていたんでしょうか?」


 マウノはライカの示す方にチラリと目をやって、ああと頷いた。


「ゲームはゲームでもあっちはもっとえげつないやつさ。商人の言う所の取引ってやつだ。俺から言わせてもらえば騙し合いにしか見えないけどね」

「取引?ああ、買ったり売ったりすることでしょう?」

「まぁそうなんだけど、商人の場合は微妙に違うな。品物に値段を付けるのが取引さ。うちは作物を作ってるんだが、ああいう連中が毎年やってきて、作った物の価値を一方的に決めていくんだ」


 彼の口ぶりには、どこか皮肉気なものがある。


「商人が嫌いなんですか?」


 ライカはストレートに聞いた。

 マウノは苦笑すると、ライカに向かって指を一本立てて見せる。


「それは胸の内に仕舞っておいてくれ。他人に言わないでくれよ。何しろその商人に雇われてる身なんだからね。彼等のご機嫌を損ねる訳にはいかないだろう?」


 ライカは首を傾げたが、すぐに頷き、約束をした。


「わかりました。他人に言いません」

「恩に着るよ」


 ライカは少しだけそのままゲームの成り行きを眺めていたが、エスコが山を崩してそのゲームが終わり、勝者と敗者の口汚いやりとりを聞くと、静かにその場を後にする。


「サッズ」


 相変わらず他人から離れて、なぜか大きな石を引っくり返していたサッズの元へと行ったライカは、既に気付かれていることを知りながらも彼に声を掛けた。

 返事の無いまま更に近付くと、その周囲から怪しい羽音が聞こえる。


「もしかして蜂の巣を掘ってた?」

「ああ、蜂自体もそこそこイケるが、巣には色々溜め込んでるしな」


 明らかに怒っている鋭く激しい羽音が近付き、ライカはその姿を目で追った。

 黒地に鮮やかな黄色の細い縞がある大きな蜂だ。

 近付いて来た所を素早く捉えて摘み上げる。


「この針は関節炎の薬になるんだって先生が前に言ってたな」


 針と、それに付いている毒袋を引き抜き、蜂は口に放り込んだ。

 蜂の成虫はやや固いが仄かに甘い。どちらかというと大人に人気のあるおやつだ。

 子供達には柔らかい蜂の幼虫の方が人気がある。

 ライカは帯に挟んだ物入れの中から小さなドングリの実を取り出すとその蓋を開け、蜂の針を入れた。

 これは中が空洞になっていて、ちょっとした薬味等を入れるのに使ったりするのだが、こういう繊細な物を入れるには丁度いいように思えたのだ。

 しばらくそうやって蜂を摘んでいたが、二人で蜂の巣を全滅させても仕方が無いので適当な所で引き上げると、サッズが満足したように伸びをした。

 これは、美味しい物を食べた時にサッズが無意識にやる仕草で、これが出るということはかなり気分がゆったりしているのだろう。


「美味しかった?」

「ああ、言ったろ?ここの草原はエールが溢れてるって。その花の蜜を集めてるこいつらには濃縮されたエールが詰まってるようなもんだ」

「そうか、なるほど。……まだこっちにもこんな風にエールが濃い場所があるんだね」

「大地とか水中とかはそれなりに濃い部分があるからな。それにしたって必ず物に溶け込んでるから食いにくくはあるが、無いよりはマシだ」

「剥き出しのエールってもうこっちには無いのかな?」

「無いんじゃねぇの?変化ってそういうもんだろ。変わる時が来たら劇的に変わってしまってもう戻らない。地上種族の出現だってほんの瞬く間だったようだしな」

「そんなに簡単に世界って変わるものなのかな?」

「まあ実際変わったし、そういうもんなんだろう」


 ライカはふと想像してみようとする。

 世界がまだ物質とエールとに分かたれていた時代。

 天上種族が地に満ちて、世界を覆っていた頃。

 タルカスが創り、ライカ達が育った世界は、確かにそれを模してはいるが、完全ではないとのことだった。

 エールは大気に満ちているが、そこから決して精霊は生まれない。

 タルカスの話によると、エールは既に以前とは性質を変えてしまっていて、一度タルカスの体を通さなければ分離したエールは世界に生じないらしい。

 それゆえに意思を持ったエールである精霊にはならないのだと。

 そしてそこに誘われ、棲みついた天上種族もやはり完全に昔のままではない。

 そこには結局肉体を持つ者しか残らなかったのだ。

 過去の時代に居たという、物質を見る目では見えない獣達は、もはやこの世界は元より、あの世界にすら留まれなかったのである。


「混沌の時代か」


 サッズが言った過去の時代を言い表す表現は、そのまま彼等の一族の族名だ。

 それは即ち、彼等の始祖の名前でもある。


「でも、混沌タルカスが生まれた時代まで遡ると、今度は逆に、肉体が剥き出しの今の生き物は息すら出来なかっただろうって話だからな」

「俺には見えないにしろ、その頃、世界中が光っていたんなら凄く綺麗だったんだろうね」

「初期はもはや大地や空っていう区別さえ怪しかったらしいからなぁ。そんな綺麗なもんじゃなかったんじゃないか?その後、今に近い世界になってからは命に溢れたエールが飛び交ってたらしいけど、その頃になるともう今のうちとそう変わらないしな、単にうちの場合はどこでもいつでも光ってないってだけの話で」

「そうなんだ」

「ああ、なんにせよ、今と昔両方の時代の在り方を取り入れて、世界として破綻のない、それこそ混沌タルカスの世界である我が家うちがこの世で一番綺麗な場所だと俺は思うぞ」


 日頃はなんだかんだと反発していても、結局は家族が一番であるサッズは、偶にそうやって家族自慢をする時、酷く嬉しそうにしている。

 ライカも接続している輪を通じてその気分と共振し、引き摺られるように家族馬鹿な幸福な気分に包まれた。

 身贔屓も極まれりという所だが、身内二人しかいないのだから誰もそれを指摘したりはしない。

 ライカもサッズもタルカスの世界我が家を思うぞんぶん自慢に思った。


「うちの家族は凄いからね」

「俺も凄い?」

「凄くなるかもしれない、って所かな」

「おい」


 サッズはライカに飛び付き、全身を押さえ込むと、頬をぷにぷにと伸ばす。


「ちょ、どいて!痛い!伸びるから!やめてってば、ふあめへ!」


 ライカはジリジリと体をずらし体勢を入れ替えると、サッズの背中側に回ってよじ登った。

 人間の姿でいうと肩甲骨のやや上の所をグッと押さえる。


「ぎゃ!やめろ、くすぐったい!」

「ふ、竜の姿じゃないサッズなんか、弱っちいからね」

「ああん?言ったな、後悔するぞ」


 暫く後、食事の準備を促す為に一番下っ端の二人を探しに来たマウノは、草まみれになって何か無駄に疲れ果てている二人の少年を発見することになったのだった。

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