第51話 旅立ちの朝
「仕方ない、約束じゃからな。だが、一つ今度はお前達が約束するんじゃ、他人から何かを頼まれた時や何かを一人で行う時は必ず組合の人間に確認すること。雇われるということは責任をわけ与えられるということじゃ、それなのに勝手に自分だけで判断すれば、結果だけを相手に押し付けるようなものじゃからの。そこに所属した以上、雇われ者の信義は通さなきゃならん」
ライカの祖父ロウスは、二人から報告を受けると渋々ながら旅立ちを許可し、同時にそんな助言をした。
ライカは元より、サッズもこれには素直に耳を傾ける。
「うん、勝手なことはしないよ」
「決まりごとは守るさ」
二人の答えに満足気に頷き、しかしロウスは密かに溜め息を吐いたのだった。
旅立ちが無事決まったら決まったで、ライカはあちこちに事情を説明して暇を貰わなければならなかった。
それに対する相手の反応は大きく二種類に分かれた。
不安と心配を表明し、出来ればやめるようにと苦言を呈する者と、旅立ちを祝福して簡単な助言をくれる者である。
そして、そのどちらもが、僅かながらも餞別を贈ってくれた。
「じぃちゃんから毛布だろ、ミリアムから炒った豆、セヌのとこから着替え用のシャツ、治療所から傷薬と食あたり用の煎じ薬と塩の固まり、お隣から豆漬け、ハーブ屋さんからお茶、露店のホルスさんから新しい帯飾り、それから領主様がなぜかお仕事をくれたね」
「何考えてるんだかなあれは」
「でも特別何をするってことでもないんだからいいんじゃないかな?迷子になったらこれを見せろって下げ札もらったし」
「その迷子になったらってのがバカにしてると思わないのか?」
「でもこれって銅版だよね、この街の名前と領主印が入ってるし、貴重な物なんじゃないかな?」
「街に名前があるのか?」
サッズはそこに驚いて聞いた。
場所にいちいち名前を付けるという感覚がよくわからないらしい。
「うん、この街はニデシスっていうんだって。西の街っていう単純な名前だけどね。人が住んでいる街とかが沢山あって、行き来があるんだから名前が無いと不便だろ?その為に名前があるんだと思うよ」
「なるほどね、群れ同士の交流があるからそれを区別する必要がある訳だ。普通は群れる生き物だろうと自分達の群れとそれ以外で片付く話だからな。考えると人間ってのはつくづく面白いよな」
ライカはセルヌイから教わったことをそらんじてみせた。
「人間は一人では出来ないことを他者に任せて互いにそれを補い合う。その交流の輪が大きければ大きい程豊かに強くなる。ってことだからね」
「それはセルヌイの教えだろ」
ムッとしたように口を尖らせるサッズに、ライカは呆れたように肩を竦める。
「聞いてためになることはちゃんと聞いておくべきだと思うよ」
「はん、それは俺が経験したことでも俺が判断したことでも俺が考えたことでもないだろうが。だからいらないんだよ」
「柔軟さがないんだよね、サッズは」
「なんとでも言え」
そんな日常の続きのような夜を過ごしていても、出立の日はすぐに訪れた。
商組合の隊商というのは、一つの店の専用の運搬隊ではなく、組合に所属している店がそれぞれ負担金を出して運営している独立色の強い運搬専門の組織だ。
国全体を四方向に分断して、それぞれの地域の人の住んでいる場所を周り、物品を運んでいる。
かといって完全に店から独立している訳でもなく、荷を運ぶ店から管理や荷運びにその時その時で人手が入るのが通常なのだ。
つまり、彼等はそのあり方として新参が急に組み込まれることに慣れているのである。
そういう集団が、一つの運命共同体として無事に機能するためには、はっきりとした役割分担が必要となる。
それゆえ、全体を仕切る隊商の長というべき存在は引退、継承でのみ引き継がれ、その旅程においてはその長が絶対の存在となって隊を率いていた。
その隊商長と全体を管理する彼の直属組織、各店の子飼いの荷物担当の一団、時折同行する旅客、と、それは先年にこの街を訪れた王の巡幸隊には遠く及ばないまでも、かなり大きな集団と言える。
「馬とかの問題だが、俺が常に気配を遮断してるのは疲れるんで、例のおっさんの片割れが寄越した下げ札に効果を刻んだ。どうせ身に付けるんだし丁度良いだろ?」
「なるほど、考えたね」
「まかせろ」
領主が彼等に渡した銅製の鑑札は皮紐で首から下げてあった。
これに気配をごまかす効果があるなら日常でそれが問題になることはないだろう。
「しっかしちっこいな、ものの役に立つのかお前ら?途中でバテたら捨てて行っちまうぞ?」
大口を開けて笑いながら、いかにも肉体労働風の大男が、浮きまくっているライカ達を軽くからかったりしたが、総体的には問題らしい問題は起きずに二人はこの集団に受け入れられた。
出立準備で荷を固定する仕事を手伝いながら聞いた話では、この数年、隊商に客として貴族の少年が同道することがよくあるので、彼等ぐらいの年齢の子供には却って慣れているらしい。
むしろ面と向かって叱り飛ばせるだけマシということだった。
「修行だか勉強だか知らないが、お貴族様の道楽に付き合わされるほうはたまったもんじゃないぜ」
隊商所属の記録人が荷を確認しながらそうぼやいて言ったりもして見せた。
馬車は全部で三台で、王様のそれのように頑丈で見た目の良いものではなく、頑丈は頑丈だが木の板で出来た大きな箱の上に屋根の骨組みを作って蝋塗りの布を掛けただけという感じのものだ。
車輪は木製で、ライカの身長に近いぐらいの直径があり、無骨ながらしっかりとした造りに見える。
馬車には基本、荷物と御者のみが乗り、長と警護の者達が各自馬に乗った。
つまりそれ以外の人間は徒歩であり、それはライカ達とて例外ではない。ただ、荷の分担は配慮して少な目にしてくれているらしかった。
「別に荷物なんぞいくつでも持てるが、面倒くさいし減らしてくれるんならそれでいいや」
サッズは旅立てるという想いから機嫌が良いらしく、他人に変な絡み方をすることもなく順調に準備をしていた。
夜が明ける前から始められていた出立の準備も、日が昇り始める頃にほぼ完了し、彼等の手際の確かさに、ライカなどは自分が本当に役に立つのか少々不安になった程である。
「気を付けてね!」
「行ってらっしゃい!お土産お願いね!」
街に残る同行者の家族や知り合いが、早朝から見送りに来ていた。
「ええか、水と人間には注意するんじゃぞ。特に人間だ。話をする時は声にはあまり集中するな、相手の目を見るんじゃぞ」
ロウスは落ち着かないように同じような注意を繰り返す。
その挙句に大きくうろうろ歩き回ってから、二人それぞれをいきなり強く抱きしめた。
「わしは待つのは慣れておる。じゃがな、待たせすぎると干からびてしまうかもしれんぞ」
「うん、大丈夫、すぐに帰って来るよ。色々心配掛けてごめんなさい。それから見送りと助言をありがとう」
「うむ」
一方のサッズは思いっきり固まってしまい、こういう場合どうすればいいのか判断の付かないまま、ロウスにされるがままになっている。
「お前ももうわしらの家族じゃからな、無事な顔をまた見せるんじゃぞ」
「あ、ああ」
うっかり振り払うと相手が大怪我どころではない惨事になってしまうという自覚があるだけに、こういう接触にはサッズは硬直してしまうのだ。
「まったく、王都なんてどんだけ掛かると思ってるのよ!あんたがいないと本を読めないじゃない。そんなに人がいる訳でもないこの街でさえいがみ合いが起きてるのよ、デカイ都なんか絶対ろくなもんじゃないんだから。飽きたらさっさと帰って来てよね」
何時の間にか近付いて来たセヌはそれだけ言うと、さっと身を翻して街の門へと駆け戻ってしまう。
「あの子がシアーラ様のところの上の子ね。そっか本を読みに行ってあげてるんだっけ?」
「うん、ミリアムはセヌのお母さん知ってるんだ」
ミリアムは微笑んで見せた。
「ここがどこの国でもなかった時からいる人ならみんな知っているわ。あの子のことも。……みんなが知ってるから心配していたんだけど、うん、元気そうで良かった」
「元気だよね、俺なんかいつも怒られてるよ」
「いい娘なんだがいかんせん、小さすぎる」
サッズの零した言葉に、ライカは冷ややかな目を向けた。
「そういうものの見方しか出来ないの?」
「バカを言え、そういう見方が無理だと言ったんだ」
「何の話か深く聞いたら駄目な気がするから、あなた達の話題については聞かないけど、とにかく二人共気をつけてね。ほんと、まったくこれから忙しくなる時期なのに手伝いが居なくなるなんてとんだ迷惑よ」
「あ~花祭りか、ごめん」
去年の忙しさを思い出して謝るライカに、ミリアムはケロッとして応える。
「お土産期待しています」
「出立するぞ!」
隊商の先頭から声が上がる。
ライカ達は慌てて列に加わった。
「行ってきます」「行ってくる」
「行って来い!沢山のものを見てくると良い」
「早く帰って来るのよ!」
見送る人達にただ手を振って応えながら、少年達は大きな大人や馬車や土埃に埋もれるように、見送る者達の視界から消えて行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます