第39話 竜舎での一幕

「干し草の換えはどしたぁ!」

「新鮮な香草っていっただろうが!何で萎れてんだよ!」


 そこはライカがかつて見た事がないほどの喧噪に包まれていた。

 忙しそうと言えば、治療所もそうなのだが、あそこにはどこかひっそりとした雰囲気があり、怒鳴ったり、走ったりといった騒々しさとは無縁である。

 伝言を受けて竜舎までやって来たライカだったが、その周辺の余りに殺伐とした様子にしばし立ち竦んでしまった。


「おい!ここは関係ない奴が来ていい所じゃないぞ!けえれ!」


 所在なさ気なライカに気づいた男が、迷惑そうに言葉と動作で追い払おうとしたが、逆にライカはここぞとばかりにその相手に声をかける。


「あの、門の番をしてる人から、ここの人に呼ばれているって聞いて来たのですが。お話できる人はいらっしゃいませんか?」

「ああん?」


 男はあからさまに迷惑そうに顔をしかめたが、とりあえず足を止めてくれた。

 ライカは、ほっと息を吐くと、言葉を続ける。


「あの、領主様から話が行ってるということだったんですが」

「ああ?今度入る新しい見習いか!タイティル!来てくれ!」


 見習いではなく見学であることを伝えようとしたライカの言葉は途中で取り上げられ、またまた勝手に話が進みそうになった。

 ここで相手の勢いにに流されてしまってはとんでもないことになってしまう。

 ライカは慌てて声を大きくした。


「いえ!見習いではないんです!竜舎の見学を希望していたのですが、何か伝え間違いがあったみたいで」


 男は眉を上げるとライカを一瞥し、ニヤリと笑う。


「するてぇと何か?お前は領主様のご指示が間違いだったと言うのか?」

「う……」


 流石にこれにはライカも詰まった。

 群れのリーダーというものは出した指示を訂正したりはしない。

 なぜならそれは群れに混乱を起こすからだ。

 なので何かを訂正する場合は新たな指示を出し直す必要がある。

 それまでは例え間違っていようと以前の指示は有効なのだ。

 ライカの理解する人間の世界の上下関係は、他の群れを成す生き物よりは緩いものだったが、それでもそういう基本的な部分は違わないだろうと思える。


「ええっと、いいえ、領主様の指示を俺がどうこう言う権利はないですね。もう一度話を通して来ます」

「つまり今はお前はうちの見習いってこった?そうだな?」

「どうした?ロド」


 ぬっと現れた男は、恐ろしいぐらいの体躯の持ち主だった。

 人夫達もかなり体格の良い男達ばっかりだったが、この男はまた格別に大きい。

 背も高いし、全身が磨かれた岩のような頑健さに今にもはちきれんばかりだった。


「おう、タイティル、例の見習いのこぞっこだとよ。竜の餌に丁度いいんじゃねぇか」


 ぐわっははと豪快な笑いを響かせて物騒な冗談らしきものを言い、最初にライカの相手をした男はその場を離れる。


「あ、」


 ほとんどまともに相手をしてもらえなかったライカは、そのまま大男の前に放り出された形だ。


「俺がここの竜手頭をしているタイティルだ。親方は今ここにいないから現在のここの責任者は俺ということになる」


 大男は値踏みするようにライカを見ると、音を立てて鼻を鳴らす。


「ほそっこいな、まぁ子供の時分からこの仕事を覚えるのはいいことだ。少し年が嵩みすぎなぐらいだが、まあまだなんとかなるだろう」

「ちょっと待ってください。あの、見習いっていうのは今日だけの話で、ずっとじゃないんです」

「なんだと?」


 結局ライカが辿り着いた言い訳はそれだった。

 見習いということを訂正できないなら、決まっていない期限の方を修正するべきだと考えたのだ。


「バカモノがっ!」


 しかし途端に金属の塊を投げつけたような罵声が叩き付けられた。

 一瞬それが声だということに気づけない程の音量で、ライカの耳が痺れる。


「ご、ごめんなさい」


 ライカはつい、反射的に謝ってしまった。


「なんだ?竜騎士見習いにでもなろうってのか?だが一日で竜の何が分かる?竜ってのは気性が荒いだの力が強いだのということばっかりが知られているが、やつらは人間よりはるかに慎重な生き物だ。一日二日でお前に何かを悟らせるようなたやすい生き物じゃないんだぞ!やつらの餌を捌いて、糞にまみれて、それでやっと一部が見えてくる。そういうもんだ。やるんなら徹底的にやれ、死んだら体は竜に食わせるぐらいの気持ちじゃないとあいつらと付き合うなんてのは無理だ。領主様を見てみろ!真の竜騎士ってのは生き死にも共にするんだ、そういう相手なんだよ」


 懇々と語るタイティルに、ライカは既に言葉もない。


「甘い考えは捨ててしまえ!いいか!新入りの仕事を教えるから、まずはとにかく体で覚えろ!」


 反論や逃走が許されるような雰囲気ではなかった。

 もはや出される指示に「はい!」とだけ返事をして、ただひたすらに畏れ入って仕事をこなすだけである。

 しかもしばらくその竜手頭の男の声に頭が痺れたかのように、まともな思考が戻らなかったのだ。


 こうして、ライカは仕事に一筋な相手にごまかしは通じないのだということを思い知ったのである。


『こんにちは、アル』

『おや、小さな御子よ、久しいな。何事だ?』

『うん、ちょっとね。申し訳ないけど領主様に話を通してもらえないかな?』


 結局直談判が一番だという結論に落ち着いたライカは、アルファルスを通して領主様に伝言をお願いすることとなった。

 

 結局、ライカは領主であるラケルドがやってきて竜舎の者達に話をつけるまで、心を込めてアルファルスの寝床の掃除と寝藁の入れ替えをやったのだった。


 一方、その頃のサッズといえば。


「これはなんだ?」

「お、兄さん、これは春芽と芋の串焼きだ、豆漬けのタレで焼いてるからんまいぜ!」

「匂いは良いな。辛くないか?」

「全然、丁度良いぜ」

「そうか、じゃ五つくれ」

「おう!景気がいいね!じゃ、沢山買ってくれた御礼にこの芋せんべいも一枚オマケしてやるぜ!」

「ありがとう」

「良いってことよ!今後もひいきにしてくれよ」

「美味かったらな」

「言うねぇ」


 市場で食い物屋を巡っていた。

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