第34話 夜長話
「お前が危ないと思ったから急いで飛んで行ったんだよ。ちゃんと姿を見えなくしたんだぞ?」
言い訳っぽいというより、もろに言い訳をサッズは力説した。
「うん、それはありがとう。凄く助かった」
ライカはにっこり笑って傍らを並んで歩くサッズに応える。
だが、その笑顔は一瞬の幻のごとく消え、冷えたまなざしで口元だけに笑みを残すという、いかにもお説教の顔つきにライカは戻った。
「それで、なんで姿を消して出たのに堂々と正面から戻ろうと思ったの?」
「いや、それは、ほら、お前がちゃんと門から出入りしろって言ってたから」
「出てないのに入ったらおかしいと思うだろ?普通」
「そんな理屈が分かる訳がないだろ?大体どうして俺が出たとか入ったとか他の奴が気にするんだ?」
「だから、あの人達はこの街を守ってるから、おかしなことがあると調べるのが仕事なの」
「その仕事というのが分からん」
「人間の世界が役割を分担して成り立ってるのは知ってるだろ?その分担のことだよ」
「分担された役割の一つが街の守護ってことか?」
「そうそう」
「なんかむちゃくちゃ細かくないか?」
「細かいから一つ一つの役割を深くやって全体で大きなことが出来るんだろ?人間種族が今の世界で一番繁栄しているのはそのせいだってセルヌイも言ってたじゃないか」
「その辺の話は面倒だから聞いてなかった」
「サッズって、いつもセルヌイの話聞いてないもんね」
「アイツ煩いからな」
「セルヌイはサッズのこと凄く心配してるのに」
サッズは黙って口を尖らせた。
おそらく竜の姿なら尻尾をバタバタ打ち付けているはずである。
「過保護すぎなんだよ。あいつ俺にまだ卵の殻が付いてるとでも思ってるんだ」
「まぁ照れるのはいいけど、勉強は自分の為なんだからちゃんと話は聞いた方が良いよ」
「誰が照れてるか!」
「あ、ほら、もう家に着いたよ。じぃちゃん帰ってるかな?」
話をはぐらかしたままさっさと家に向かったライカを、サッズは唸りながら追い縋った。
周囲はもう暗くなり始めていて、その中に窓からの柔らかい灯りが見える。
「ジィジィ、ただいま」
「おかえり。さっそくじゃが、裏から囲い炉用の薪を取ってきてくれんか?」
「うん」
「ただいま」
ライカの返事に被さるようにサッズが帰還を告げる。
「おう、おかえり、おまえさんは水を手桶に汲んで来てくれるかの?」
「ああ、わかった」
サッズは実はあまりわかっていなかったが、わからないことはライカに聞けば良いと思い、ライカの後を追った。
実際薪も水瓶も裏庭にあるので二人は問題なく仕事をこなす。
「これも役割分担か」
「そうそう、これは家族の中での役割分担だね」
ライカが笑って答えた。
食事と後片付けを済ませた二人はライカの部屋へ、祖父はまた外へと出て行く。
「お前の所の最年長者はいつも夜にどこへ行くんだ?」
ベッドにゴロゴロと寝転がりながら、まだ寝る訳でもない二人は開いた天窓からの夜空に見守られながらのんびり話をしていた。
「じぃちゃんは彼女がいるんだって」
「それは良いな。一緒には住まないのか?」
「まだ求婚中みたい」
「そうか、中々難しい相手なんだな。まぁ難しい相手程やりがいもあるだろうけど」
「じぃちゃんは楽しんでるみたいだね。凄く楽しそうだよ」
「羨ましいな。どうも竜族は数が少ない上に、女となるともはや幻の域だし、俺が成竜になって良い女に巡り会うのは大変だろうな」
「サッズって、別に奥さんが他の種族でも気にしないんだろ?」
「そりゃそうだけど、やっぱり竜の女が一番だろ?他の種族だと柔すぎて扱い辛いんだよな」
「あ、そういえば、半年ぐらい前かな?凄い綺麗な女性竜がここに来たよ」
「なんだと!」
ダラダラとしていたサッズがいきなりしゃっきりと体を起こしたので、ライカは驚いてその顔を見る。
サッズの目はいつになく真剣な光を帯びて、全身に青銀の淡い輝きを纏っていた。
ライカはそんな姿を冷ややかな目付きで眺める。
「どこだ!」
「もういないよ、この国の王様の車を曳く為の特別な竜みたいだったな。きっと王都で暮らしてるんだよ。言っておくけど地上種族だからね」
「ちぇ」
舌打ちをすると、サッズは再びベッドに転がった。
「その王都って遠いのか?」
「地上を歩いたら相当遠いみたい。サッズが飛べばすぐだろうけど、大騒ぎになるから止めてね」
「むう」
ごろりと反対側に転がり、別方向を向いて転がっていたライカにその頭をぶつける。
「痛い!」
とんでもなく硬い相手がぶつかってきたのだから、当たり前だが、ライカはぶつけた頭を抱えた。
「なにすんだよ」
「お前ずるい!」
「俺のせいじゃないだろ!」
「それで話はしたのかよ?」
「したけど、相手にされてなかった気がする」
「そりゃ、ガキを相手にしやしないさ」
「ならサッズもダメだろ、ガキだもんね」
「お前よりずっと男の色気があるから大丈夫だよ」
「自分で思い込むほど恥ずかしいことってないよね」
「ああん?何を言ってるのかなぁ?」
サッズの手が頬に伸びるのをライカはするりとかわしてベッドから降りる。
「そんな何度もやられないよ」
「生意気だ」
サッズも素早く起き上がると、飛び退くライカの足を軽く払った。
「あ」
ドッタン!と間抜けな音を立てて草を編んだ床敷の上に倒れたライカの頬を、サッズが両手で楽しげに引っ張る。
「狩りから飛び方まで教えてやった俺に敬意を持つのが当然じゃないかな?」
むにむにと頬を抓まれ、ライカはばたばたと手足を振った。
「うー!」
圧倒的に力では敵わない相手である。
サッズが満足してやっと開放されると、ライカはひりひりする頬を撫でながら上目使いに睨んだ。
「いいよ、そんな意地悪ばっかりするなら彼女の見た目とか話したこととか教えてあげないから」
「うぬ」
「謝ったら教えてあげなくもないよ」
「いらん!」
「そっか、仕方ないよね」
ライカは飛び上がって天窓を閉めると、ベッドに丸めてあった上掛けを広げて寝る準備に入る。
サッズはこめかみをひくつかせていたが、やがて諦めて折れた。
「俺が悪かった」
「プライドも何も無いね」
「綺麗な女は世界の宝だ。その話となれば俺のプライドなど朝の光の前の星のようなものさ」
「無駄に詩的だね」
「いいから話せ!」
「怒るんなら残念だけど……」
「話してください」
ライカはくすくす笑うと、燭台の火を消し、ベッドに潜り込んで記憶の中の白い女性竜、フィゼの話をサッズに語ったのだった。
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