第94話取引 戻り来る者 第一シーズン終

イシュタルテアでの経験によって、イリアンもそれなりに強い人間となった。

 無事ならすでに自力で帰ってきているはずだ。

 連絡もなくザッカラントを追っていくような性格でもない。

つまり、イリアンは無事ではないということだ。

 ザッカラントが連れ去ったのだったとしたら、奴は空を飛べる。

 地上には痕跡を残さないだろうし、もはや遥か遠くだ。

 これ以上の捜索は無駄だと判断し、俺はみなを戻らせた。

 みなが帰ってくると、団長が自分の推理を述べた。

 俺もそれに同意する。

「俺も団長の考えがアタリだと思う。イリアンは生きているが、ザッカラントにさらわれた可能性が高い」

 ロシューが苦しげに言葉を紡ぐ。

「いったいなぜイリアンをさらうんだ……? イリアンがあいつになにをした……」

 俺は意見を述べる。

「イリアンは俺たちの中では力が弱くて扱いやすいからだよ。もちろんこっちが見殺しにしないことをわかっているんだ」

 ヒサメが口を開く。

「最初からイリアンが目当てだったのか。だからひとりで乗り込んできた。向こうも超人だ、単独行動のほうが目的にかなうこともある、か……」

 俺が補足する。

「そうだ。つまりザッカラントはマイアズマ・デポが学校になっていることも、そこにイリアンがいることも承知の上でやってきたんだ。こっちの動きが筒抜けにちがいない。スパイがいるのかもしれないな」

 アデーレが言う。

「これからスパイ探しなんて時間がかかる。そんなことをしてるヒマはないぞ。これからどうするんだ?」

 俺は考えを言った。

「イリアンを人質にとったってことは、向こうになにか要求があるってことだ。俺は向こうの出方を見たいと思う。ただし、待つのは一日だけだ」 

 ロシューが疲れた顔で聞いてきた。

「それで、なにも要求がなかったとしたら?」

「こちらから打って出る。敵の占領都市へ攻め入って、ひとつひとつ全滅させてでもイリアンを探し出すのざ」

 マトイが腕組みして言う。

「それさ、いまからやっちゃったほうがよくない? 時間が経つほど不安だし、アタシたちはいつでも準備オーケーだし」

 イクサも同意見に続いた。

「人質を取るような汚い奴は許せないよ。さっさとぶちのめしてやろうぜぇ?」

 シャルロッテがおずおずと口を開く。

「ですが、わたくしたちは少々のことでは怪我をしませんが、イリアンさんを戦いに巻き込むとなると危険は大きくなります。相手の要求を待ってから行動を考えるほうがまだ安全といえます」

 シャルロッテの意見に、マトイとイクサが不安げに目を合わせる。

 シャルロッテの心配も、俺は考慮に入れていた。その上での判断だ。

 これで俺の嫁軍団は少なくとも一言は意見を述べた。

 ナムリッドは教科書の知識を頒布するためにお呼びがかかり、フォーソロス宮殿に向かったという。

 俺はまとめに入った。

「俺の考えに強く反対だというものはいないようだな。それなら待とう。待つのも一日だけだ。それでいいな?」

 花嫁たちは同意してくれた。 

 俺は続けた。

「最後になったけど、重要なことだ。相手は確かにザッカラントなのか?」

 これには団長が答えてくれた。

「ザッカラントは度々前線に出てきている。顔を知らない者はいない」

「なるほど、わかりました」

 それならば、明後日には戦いが始まる可能性がある。準備を整えるか。

 俺たちは情勢に詳しい団長とトゥリーを交えて、次に攻めるべき都市の選定と作戦を練って夜を明かした。


 ☆☆☆


 太陽がのぼると同時に事態は動いた。

 ちょうど俺がタイタスの薔薇に詰めているときだった。

 センサーが高速で接近する飛翔体をとらえた。

 その映像を拡大して、さすがの俺も息を呑む。

 こちらへやってくるのは、翼を広げたミスズだった。

 いや、様子がおかしい。

 ミスズだったものというべきか。

 顔の輪郭が鱗で覆われ、肌が赤銅色と化していた。

 ミスズはタイタスの薔薇の性能をある程度は知っている。

 もう自分が捕捉されていることを悟っているだろう。

 俺はトークタグでみなに連絡した。

 ミスズが生きていたが敵である可能性が高い。こちらへは来ず、その場で待機せよ、と。

 俺とペルチオーネは外へ出て、タイタスの薔薇の花弁の上に立って待ち構えた。

 ミスズは急接近し、声が届く距離でぴたりと止まった。

 俺は声をかける。

「変わっちまったな、ミスズ」

 ミスズは感情も表さずに言った。

「察しがついているようですね。わたしはモードルガスクさまに消化され、その子として生まれ変わりました。いまでは敵となります」

 あの巨大赤龍、そんな気色の悪い能力をもっているのか。どこまでも要注意なやつだ。

 俺はダメ元で説得を試みる。

「自分を取り戻せ、ミスズ。おまえは女神にも匹敵する力と誇りをもっていたはずだ。チンケな能力に負けるな」

「そんな言葉など無意味です。お互い役割を果たしましょう。わたしは使者としてやってきました」

「イリアンのことか?」

「そうです。イリアンさんは無事です。あるものと交換にお返ししましょう」

「いいだろう、言ってみろ」

「イリアンさんを返すための条件として、我々はタイタスの薔薇を要求します」

 なるほど、人と物の交換なら通り易いと思ったか。それに物なら複製できるとでも考えているのだろう。

 ミスズが続ける。

「それがモードルガスクさまと我々の望むものです。よくお考えください。猶予は……」

 俺は即答した。

「渡す。タイタスの薔薇はおまえたちにくれてやる。イリアンをすぐ返せ」

 向こうの意表を突いたつもりだったが、ミスズはやはり動揺しなかった。

「それではわたしが案内します。タイタスの薔薇でついてきてください」

「わかった。すぐ準備する」

 俺はひとりで行こうかとも考えたが、帰りはイリアンを運ばなければならない。

 それに向こうの出方によっては、ザッカラント、モードルガスク、それにミスズの三人を一度に相手をする可能性もあった。

 二人は嫁を連れていこう。

 俺たちが帰ってこられなかったときのために、全員で行くことはマズイ。

 残った者には、人類軍を率いてもらわなければならなかった。

 あと、考えたくはないがイリアンに万一のことがないとも限らない。

 そんな場合でも冷静に行動できる嫁がいい。

 ヒサメとシャルロッテにしよう。

 俺の嫁たちにも超人的な聴力がある。

 注意を引いておけば、いままでの話も聞こえていただろう。

 トークタグを起動する。

「みんな、いままでの話は聞こえていたか? イリアンを取り返しに行く。ヒサメとシャロロッテは一緒に来てくれ。残りは事情をみんなに説明しておいてくれ。すぐ出るぞ」

 ドレスを着たヒサメとシャルロッテがすぐに来た。

 三人で艦へ入りながら、ヒサメが言う。

「わたしとシャルロッテを選んだ理由、わからなくもないが、わたしだってイリアンになにかあったら大人しくしていられる自信はないぞ?」

「それでもいいさ。おまえの判断を尊重する」

 ヒサメは鼻を鳴らして席についた。

 シャルロッテは俺の目を見て言った。

「ミスズさんが向こうに行ってしまったとなると、わたくしたちのことはどれくらい知られてしまいましたでしょう?」

「全部さ。向こうは全部知ってると考えたほうがいいだろう。だけど、俺たち自身が、自分の限界を知らない。ミスズが知っていたこともたかが知れてる」

「すべてがうまくいきますように……」

 シャルロッテも席についた。

 俺は艦のコンソールに立つ。

「じゃ、案内してもらおうかミスズ。おまえの主のもとへ」

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タネツケ世界統一 下品な名前で呼ばれてますが、オレ、世界を救うっぽいです。 進常椀富 @wamp

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