第93話謁見

 俺はいつか女で身を滅ぼす。

 しょっちゅうそんな気がしているけど、いまはまだその時じゃないんだろう。

 シャルロッテとのお楽しみが過ぎて、フォーソロス宮殿に着いたのは夕方だった。

 陽のあるうちに来れたのは幸いだ。こっちを見つけてもらえる。

 とはいえ、地上へ降りて歩いていったら門前払いをくらうだけだ。

 かわりに俺は宮殿のまわりを飛び回ってやった。

 俺は曙竜の帝国の竜人だと思われたことだろう。 

 宮殿も市街も、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 騒ぎを眺めながらしばらく旋回していると、武装集団とともに、背の低い人影が飛び出してきて手に持った杖を振り回す。

 黒いトーガを着た耳の長い爺さん。

 その姿には馴染みがあった。

 噂のベクター将軍だ。

 俺はまっすぐ急降下してベクター将軍の前に降り立った。

 武器を構えた大男たちに囲まれて、ベクター将軍はお怒りの様子だ。

「まったく、正午ちょうどに来いといっておいたじゃろう! おかげでこの大騒じゃ!」

 俺はぺこりと頭を下げた。

「すいません、ちょっと野暮用で時間がずれちゃって」

ペルチオーネが俺から離れて鼻をつまんだ。

「おぢちゃんたちくさーい! お風呂入ってるのー?」

 黒い鎧をつけた大男がベクター将軍にかがみ込む。

「それではこの者が味方なのは間違いないのですね?」

「そうじゃ。この小童が曙竜の帝国を追い払った男、その本人じゃ!」

 感嘆のため息が漏れた

 まわりの一団が武器を収める。

 文句を言いたそうな顔がいくつか見えたが、みな黙っている。

 規律の取れた軍団だということだろう。

 ベクター将軍が俺の尻を叩く。

「つもる話もあるところじゃが、まずは謁見じゃ。これは特別なはからいじゃからな、粗相のないようにな」

「でも、そっちの得になるからでしょう?」

 俺の軽口にベクター将軍はニヤリと笑う。

「ま、そういうことじゃな」

 俺とペルチオーネは位の高そうな集団に囲まれて、宮殿のなかへ案内された。

 豪華絢爛、きらびやかな内装を施された回廊に通される。

 平時なら息を飲むような美しさだったかもしれないが。

 まったく、前線じゃみんなボロボロ、食えたり食えなかったりだっていうのに。

 アーモダン大王の人となりが伺えるようだった。

 顔には出さないよう努めたものの、気に食わないのが正直な印象だ。

 俺たち一団はなにものにも阻まれずに奥へ奥へと進んだ。

 そしてひときわ大きな扉をくぐる。

 そこが謁見の間だった。

 廷臣たちとおぼしき高貴な感じの人々が並んでいる。

 壇の上、宝石と貴金属をあしらった豪勢な玉座にアーモダン大王がいた。

 白のトーガをまとい、輝く王冠をかぶった王様然とした王様だ。

 ひげは豊かだがまだ若い。三十歳前後に見えた。

 俺たちが歩みを止めると、広間は静まり返った。

 アーモダン大王が眉一つ動かさず、豊かな声量で言う。

「おまえがエッジブルーの大軍勢を打倒したという者か」

「どうもそのようですね」

「口の利きかたがなっておらんな。それもじきに直るだろうが」

「どういうことです?」

「おまえの力が本物なら、おまえの要るべき場所はここだ。宮廷護衛の任につかせよう」

「お言葉ですが、ここは安全です。俺の力は必要ないでしょう。俺はみなとともに前線で戦わなければならない身です」

「仲間がおるということだったな。みな呼び寄せればよい。宮をひとつまるごと与えよう。敵が来るまでは好きなことをしていてよい。必要なものはすべて与えてやる。ここが世界のこちら側でもっとも肝要な場所。貴様のいるべき場所だ」

「ご冗談を。曙竜の帝国について知り得ていることをすべて教えてください。その知識の見返りとしては敵を叩き潰してきますから」

「余のいうことが聞けぬというのか。いくら力があっても敵わぬものもあるぞ。わたしはおまえを処すこともできるのだ」

「本当にそれだけの力があるのならさっさと曙竜の帝国をやっつけてくださいよ」

 アーモダン大王の顔がこわばった。さっと朱に染まる。

「無礼者!」

 黒い鎧の男がひとり、俺の頭をおさえようとした。

 俺は手を払う程度の動作でそいつを投げ飛ばした。

 緊張が走る。 

 だが俺は電光石火の速さで、ピクリとでも動いた者すべてを弾き飛ばしてやった。

 静かだった謁見の間に、怒りのうなりとため息が漂う。

 ベクター将軍は呆れたような声を出した。

「やれやれ、とんだやんちゃ坊主になりおって」

 ペルチオーネは無意味なポージングを決めて、地味に煽っている。

 アーモダン大王はあっけにとられていたが、すぐに機嫌をよくしたようだった。

「なるほど、余がみくびっておったわ。おまえは話どおりの男だったようだな。わたしの提示した条件は変わらん。おまえは飽きるまで戦えばよい。だが、わたしも諦めんぞ」

「お好きに。俺としてはベクター将軍と話して必要な情報を……」

 ベクター将軍のトークタグが鳴った。

「なに! 確かだな。それで被害は……」

 いきなりのことだった。

 王との謁見中に通された通信なのだから、緊急度が高いものかもしれない。

 周囲の人間もそれを悟ってか、固唾をのんでベクター将軍のやりとりを見守っている。

 俺も待った。

 どうも言葉のかけらをたどっていくと、俺に関係するような気がしてならない。

 案の定、ベクター将軍は俺に向かって言った。

「タネツケ! デポの学校がザッカラントの襲撃を受けたそうじゃ!」

「ザッカラントが! 確かですか!? 被害は!?」

「被害は小さなものらしい。怪我人は大勢いるが死者は出とらんということじゃ。ザッカラントが単騎で乗り込み、あっという間に去ったらしい。じゃがひとりだけ、イリアンが安否不明じゃ。姿を消したらしい」

「なにが起こってるんだ、さっぱりわからない……すぐ帰ります!」

「待て! とりあえずトークタグの登録はしておこう。あとは中継人とも登録せんと遠方からは使えんが。近くに来たときは知らせるんじゃぞ」

「わかりました」

 トークタグの登録を済ませると、俺は背中にジェットパックを展開した。

 ペルチオーネが絶妙なタイミングで抱きついてくる。

「それじゃ!」

 一言いうと、俺は謁見の間でも遠慮なくジェットを吹かす。

「どけどけー!」

 仰天する人々を無視して、俺は弾丸のように宮殿を飛び抜けた。

 表に通じる扉は閉まっていたが、手をかざして力場を当てるとすぐ開く。

 俺はそのまま夜空へ急上昇していった。

 速度の限界まで出して、まっすぐ東へ向かう。

 あまりの空気摩擦に空間防御が展開した。

「このままエッジブルーまでもつな?」

 身体に張り付いているペルチオーネに聞く。

「ぜんぜんへーき」

「よし、とばすぞ!」

 俺たちは摩擦熱で発光しながら飛び続けた。

 来るときより速い。

 真夜中過ぎにエッジブルーが見えた。

 どうも平穏無事のようだった。

 敵の超人から襲撃を受けたような様子はない。

 俺は速度を落とし、アルバ本部の建物前に着地した。

 中には明かりが灯っている。

 この時間に灯火があるということは、やはり非常事態があったことは確からしい。

 ドアを開けるとメンバーの半ばが揃っていた。

 振り向いたみんなに声をかける。

「いま戻った! いったいなにが起こったんだ?!」

 半分鋼の顔でトゥリーが言う。

「いまマトイやヒサメ、アデーレが周囲を捜索している。ザッカラントがひとりで乗り込んできたことは確かだ」

 俺にはまだ全貌がつかめない。

「それで?」

 今度は団長が答えた。

「状況を分析すると、こう言わざるを得ない。ザッカラントが一人でデポの学校を襲撃し、イリアンをさらって消えた、と」

「イリアンがさらわれた!?」

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