第90話失望
エッジブルーの都市部は大破したといっていいだろう。
俺たちの一撃も大きなダメージを与えた。
有効活用できるものはあまり残っていない。
それでも頑丈な外壁の多くは無事で、それを頼って多くの兵士やその世話をする人々が続々とやってきていた。
いまや敵から都市を取り戻すことは至難のことだったし、ここに集まった人々は次にマイアズマ・デポを取り戻したいと考えているのだろう。
だがもうマイアズマ・デポは必要なくなる。
俺たちの持ち帰った知識と俺の力で。
そのはずだ。
団長たちにマイアズマ・リアクターのことを大雑把に説明し、それが簡単に作れることを教える。
みなは目を輝かせた。
それはそうだろう。
骨の折れるデポの奪取という仕事は消え、マイアズマの脅威もなくなる上にエネルギー源が生まれるのだから。
俺は言った。
「それじゃマイアズマ・リアクター一基をここに作ろう。頑丈な外壁があっておあつらえむきだと思う」
みなは賛成した。
場所も広く開けた、ちょうどいいところがある。
敵を攻めるためにタイタスの薔薇が落下した地点だ。
ナムリッドとシャルロッテにタイタスの薔薇を移動してもらい、そこへ向かう。
俺はみなに近づかないよう言って、浅いクレーターの中心へ入った。
「じゃ、ひと仕事してもらうぞペルチオーネ」
「えー、かったるーい」
「問答無用」
俺は魔剣ペルチオーネを引き抜いた。
「ひゃんっ!」
一声叫んでソードリングペルチオーネが消える。
魔剣の刀身には力がみなぎり、溢れんばかりに電流がほとばしっている。
「上々だ。いくぞペルチオーネ! 元素抽出! マイアズマ・リアクター!」
ペルチオーネの切っ先を大地に突き立てる。
強化された知能からマイアズマ・リアクターの構造を分解し、新たに形作っていくためのイメージを注ぎ込んでいく。
俺を中心に不可視の力場が広がった。
大地が震動し、土埃がわきあがる。
鈴のような音とともにマイアズマ・リアクターの土台となる円周が出現し……、そこで止まってしまった。
それは砂絵ていどの高さしかないただの円形だった。
それ以上にはなかなか成長しない。
物質を構成する速度が極端に遅い。
「うぬぅっ!」
俺はさらに力を注ぎ込んだ。
だが、砂絵のような土台は一秒に一ミリ以下ていどしか構成されていかない。
そこで俺は気づいた。
「元素の密度が低い……」
この地球では俺が必要とする元素が、イシュタルテアとは比べ物にならないくらい薄かったのだった。
いや、イシュタルテアが特別な場所だと考えるべきか。
この方法でマイアズマ・リアクターを作ることも可能ではあるけども、それは不動でこの姿勢を続けて何年か、という時間がかかる。
現実的には不可能だ。
諦めるしかない。
俺はため息とともに、ペルチオーネを鞘に戻した。
ソードリングペルチオーネが腰に手を当てる。
「はい、ざんねーん」
周囲で見守っていた観衆からどよめきが漂う。
トークタグが団長の声を届けた。
「どうした、駄目なのか?」
「ダメです。うまくいきませんでした。でも、これで終わりじゃありません」
俺はペルチオーネとともに団長の元へ向かっていった。
ナムリッドやマトイたちもそこにいる。
俺はみんなに言い訳がましく説明した。
「イシュタルテアと違って元素が少ないんだ。無から生み出すような魔法はほぼ無効だ。俺の鎧やみんなのドレス、それにタイタスの薔薇も……一度壊れたらそれまでだと思っといたほうがいいな」
タイタスの薔薇の装甲、花弁の一枚にはモードルガスクの深い爪痕が刻まれていた。
それを直す方法はなさそうだった。
俺の話を聞いて団長が口を開く。
団長はさすがに強かった。
落胆の色をまったく見せずに言う。
「これで終わりじゃないと言ったな。ほかの方法を聞こう」
「はい。ナムリッド、アレを」
「待ってました!」
ナムリッドは持っていた三つの教科書を掲げた。
「この装置には様々な知識が詰めこまれています。そこにはマイアズマ・リアクターの知識と設計図も含まれているんです!」
ナムリッドは長い耳をピクピクさせながら続けた。
「わたしの見たところ、まだ技術的に難しい部分や原理が不明な部分もところどころあります。でも形や機能、材質ははっきりしてるんです。この世界の知恵者が力をあわせれば、きっとマイアズマ・リアクターを完成させることができます!」
観衆がざわめく。
団長はあごをなでた。
「なるほど、素晴らしい。それは世界全体に公開すべき知識だろう。だが」
口元を引き締めて続ける。
「わたしの印象ではマイアズマ・リアクターの完成まで何年もかかるように感じられたが。はっきり言うと、いまの状況を五年続ける余裕はない。人類には」
俺は頭をかいた。
「ま、そうですよね。やっぱりまずはマイアズマ・デポの奪取から始めましょう。いまの俺たちなら難しくはないと思うんです」
団長が続ける。
「じつは他にも問題がある。デポを取り戻せても管理者がほとんど残っていないのだ。護衛の問題もある。おまえたちクラスの力を持った者がひとりは要る」
「うーん……」
これには俺も頭を抱える。
曙竜の帝国はまだ全貌がしれない。
ザッカラントのこともある。
二つの懸念を合わせると、まだどれだけの力があるかわからなかった。
俺は花嫁たち全員と一丸になってひとつひとつのことに当たりたかった。
いくら俺たちが強いからって、ひとりずつバラバラにしてしまうのは避けたほうがいい。 そこへ若い女の声があがる。
「それならあたしが! あたしがデポに常駐して護衛します! タネツケさんたちには及ばないけど普通よりはずっと強いし!」
ディレットというアルバの新入りだった。
団長が説明する。
「言い忘れていたがディレットはタネツケ、おまえと同じように異世界から来た者で、昔のおまえぐらいには強い。彼女に任せるのもいいかもしれん」
「へえ!」
俺は驚いたが、そういえば前にミズズが俺みたいに特殊な力を与えられて異世界から連れてこられた人間が何人もいると言っていたっけ。
ディレットに聞く。
「じゃあさ、ミスズを知ってる?」
「もちろん。とらえどころのない、人形みたいな人だった」
「ミスズは死んだよ。モードルガスクに食われてね。一撃だった」
「うそ! モードルガスクってそんなに強いの?!」
それから憂い顔で続ける。
「この世界、本格的にヤバイのかもね……。あたしのんきに暮らせてればそれでよかったんだけど……」
団長が言う。
「ディレットと通常兵力で竜人の小隊までは防げるだろう。モンスターは問題ない。となればあとは管理者か……」
と、あたりを見回して、なにかを見つける。
そこには片腕の男が見物人に混ざって立っていた。
男が大声を出す。
「やめろ、そんな目で俺を見るな! デポなんて危険な場所はこりごりだ!」
俺はその男に見覚えがあった。
かつてタンブリン山のマイアズマ・デポを管理していた男、テガッツァだった。
まさかこの男と再会する日が来るとは思わなかった。
団長が俺を見る。
「テガッツァしかいない。しかし、マイアズマ・デポを取り戻せるとしたなら、管理者はもっと多く要る。ほとんど殺されてしまったので、テガッツァには新しい管理者を教育してもらいたいという思いもある。とにかく人数が足りんのだ」
テガッツアが不平を喚いているが気にしない。
この男は文句は多いがやるときにはやる男だ。
そこで俺は新しいアイデアを提案した。
「テガッツァにはエンゲレ山のデポの管理者になってもらい、ついでにデポを管理者を要請する学校にしてしまいましょう。兵力を置き、敷地を広げ、何十人かが生活できるようにするんです」
団長の目が輝き、周囲から賛同の歓声があがった。
これでまずやるべきことが決まった。
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