第91話将軍
かくして、エンゲレ山のマイアズマ・デポは開放された。
俺たちの戦力なら造作もないこと。
デポの内部に竜人はいなかった。
普通の人間にとっては強敵となっただろう守衛デーモン数十体と、ひしめくモンスターの群れだけだった。
いまや、そいつらもすべてトリファクツ結晶となった。
ナムリッドとヒサメが護衛について、テガッツァが調査のために内部に入っている。
俺と残りは外で待機だ。
そびえる塔を見上げながらマトイに聞く。
「今回の戦い、どうだった?」
「ちょろかった」
「そうだな、ちょろかった。いまのところ手こずったのは巨大な赤龍だけだ。この調子なら都市も次々と奪取できるぜ」
「でも人が追いついてこないと意味ないじゃん」
「そこだよな。悩みどころだ。しばらくエッジブルーを拠点にして防備を固めるか」
「アタシたち昨日帰ってきたばかりなのよ。そんなに急がなくてもいいよ」
「人類側が切羽詰まってるようだったからさ、急いだほうがいいかなって」
「もう少しパパたちと過ごさせて」
「わかった」
トークタグが鳴ってナムリッドの声がした。
「テガッツアの言うにはデポはすぐにも起動できる状態だって。どうするの?」
「起動だ。団長もできるだけ早く起動したいって言ってた」
「デポを起動すれば当然モンスターが発生するけど?」
「団長もわかった上ですぐだって言ったんだろう。起動してくれ」
「テガッツア、デポを起動して!」
そこで通信は切れた。
俺の横からイクサがもじもじしながら話しかけてきた。
「ア、アタイもずっとついてってい、いいのか?」
「当たり前だ。来てもらわなくちゃ困る。どこか行きたいところがあるなら考えるけど」
「あ、あるわけねえだろ、そんなの……。ア、アタイ、離れんから……、ぐ、ぐふふ……」
今日はずっと黙っていたシャルロッテも口を開く。
「行きたい場所といえば、お話ししたいことがあります。ジュレールとも相談したのですが……」
ジュレールというのはアルバの新顔のひとりで、彼は夜の種族だった。
シャルロッテが続ける。
「わたくし、厳密には夜の種族ではなくなってしまいましたが、この世界に帰ってきたからには一度は長とお会いしておくべきだと思うのです。長の居所はジュレールが知っているので、しばらく二人でアルバを留守にすることになるかもしれませんが」
「わかった。そういうことならしかたない。俺たちはやっぱりしばらくエッジブルーに留まることにするよ。やることはいくらでもある。そのあいだに帰ってきてくれると助かる」
「わかりました。行きはジュレールに合わせますが、帰りはひとりで素早く帰還します」
「頼むよ」
そうこうしてると、地鳴りのような震動が始まった。
マイアズマ・デポの塔全体が低い音を立てている。
見ていると、基部から先端に向かって閃光が走った。
次の瞬間には塔が輝く魔法陣に包まれる。
マイアズマ・デポが無事に起動したのだった。
これで魔法を使ったさいの副産物、マイアズマがこの地に集まる。
そうすれば、町で人が生活していて突然発生したモンスターに襲われるということがなくなるはずだった。
生活の基盤が安定し、都市機能も復活させられる。
この場所はモンスターの一大繁殖地となってしまうが、昨日と今日の戦いで周囲のモンスターは一掃してある。
人々が不便を感じるほどモンスターの密度が高まるまでには、けっこう余裕があるだろう。
光に包まれたマイアズマ・デポの起動。
これが人類反撃の狼煙だった。
ナムリッドから連絡が入った。
「デポ、起動したけど、外からもわかる?」
「ああ。近くで見ると迫力あってキレイだよ。
もう少しテガッツアのそばにいてくれ。ディレットと護衛の兵力がもうすぐ来るから」
☆☆☆
それから平穏で忙しい日々が続いた。
敵は俺たちの存在に混乱しているにちがいない。攻めてこなかった。
敵の頭のひとつがザッカラントとなれば、俺たちを知っているだけに、混乱はより深くなっているだろう。いい気味だ。
都市機能の回復と、デポを基軸とした学校づくり。
俺たちは戦いに魔法を使わなくなっていたけど、土木作業などには魔法は大いに役立った。
疲れ知らずの体で急ピッチに作業を進める。
俺と花嫁たちは数日ぐらい眠らなくても平気だったが、限界がわからない不安は残った。
それで、万一の敵襲に備えて最初の三日を過ぎてからは力をセーブし、普通に寝食することにした。
マナファクツ起動製品の工房と、食肉工房を同時に復活させる。
この都市が長く最前線になることを考えて農地の手入れもされた。
破壊された都市を蘇らせるには、いくらでもやることがある。
人手が余ることはなかった。
出ていく者はわずかで、入ってくる者は後を絶たない。
必要な物資も、ほかの地域より優先的に運び込まれているそうだ。
マイアズマ・デポの学校は力をそそいだのですぐに完成した。
マイアズマ・デポの管理者という、いまでは危険な職につくため、使命感に燃える若い魔道士たちが次々とやってきた。
少々壊れているとはいえ、いまのエッジブルーはかつてより賑わっているだろう。
こんな人の集まりを奇襲されたら大きな犠牲が出る。
俺たちはタイタスの薔薇を上空に待機させ、いつでも俺と花嫁たちの誰かが必ず周囲を監視することにした。
タイタスの薔薇は街の上に滞空したままで、俺たちが空を飛んで出入りする。
タイタスの薔薇には必ず誰かがいなければならないとはいえ、二人以上がいてはいけないというルールは作らなかった。
つまりアレだ。
街の上空において!
タイタスの薔薇は!!
天空に浮かぶ愛の園!!!
そんなわけでいろいろ楽しんだが、体力に際限がないとやめどきが難しいと学んだ。
今日はアデーレと一戦交えて地上へ戻った。
団長が待ちかねたように声をかけてくる。
「タネツケ、おまえのことがアーモダン大王に届き、向こうも態度を決めたようだ。おまえに会いたいと言っている」
「人類側の総司令官ですか。確かに一度会っておくべきでしょう。でも、前線を長く留守にはできません。ひとりで行って、必要な話をしたらすぐに帰ってこようと思います」
団長はあごをなでた。
「飛んでいけば確かに早いだろうが、ひとりとなると身の証を立てる者がいない……」
考え込んでから続けた。
「いや、ひとりいるな。宮殿におまえを知っている人間が。ベクター将軍だ。ベクター将軍に話を通しておくとして、時間を厳密しておくぐらいしか方法がないな」
「なるほど、わかりました。フォーソロス宮殿までは数時間で着けます。時間の都合をつけてください」
「気をつけろ、タイミングが合わないと攻撃を受けるかもしれん」
「だいじょうぶです。怪我人を出さないように気をつけます」
団長はトークタグを起動して暗号を口にした。
それからしばらく団長は返事を待つ。
トークタグは便利だが、あまりに遠距離だと手間もかかる。
こっちに戻ってくるまで知らなかったが、トークタグでも相手が遠すぎる場合には直接話すことはできず、何人かの中継点が必要だということだった。
やりとりは伝言ゲームになってしまう。
直接会ってお互いに登録しなければならないので、俺とベクターさんがやりとりするのも不可能だった。
トークタグは、電話と比べて優れた部分も多いが劣っている部分もある。一長一短だ。
武器屋アームズファンタズマの半分隠居していたような老人が、いまや人類軍の将軍だという。
そうなるとわかっていればトークタグに登録しあっておいたのに。
しかたない。
俺は街が再建されていくのを眺めていた。
そのあいだにも団長は何事かをつぶやいて指示を飛ばす。
長いやりとりのあと、団長が俺に言った。
「ベクター将軍と連絡がついた。向こうは予定に幅をもたせてくれた。明日の昼と明後日の昼、明々後日の昼におまえを迎える準備をしておくということだ。この数日、正午ちょうどに合わせればトラブルを起こさずに済む」
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