第89話希望

  敵の殲滅は楽な仕事だった。

  一方的な虐殺。

 というよりは害虫駆除。

 いや、俺たちにとってはそれ以下のことだったかもしれない。

 この街にはもう守るものはないと判断して、思うさまに力を奮った。

 タイタスの薔薇はモンスターの層がいちばん厚い地点に落下し、敵勢力の四割は衝撃で粉微塵になった。

 着地寸前に噴出した二酸化炭素で、さらに三割は死ぬか行動不能に陥った。

 残りの三割も普通の街を落とせるほどの数だったが、いまの俺たちには問題ない。

 人間側へ被害が及ばないよう、俺たちは外に出て始末することにした。

 家族が目の前で襲われているとなれば、みな獰猛でスピーディーだった。

 一時間もしないあいだに俺たちのまわりで動くものはいなくなり、敗走する人間たちを追っていたものは逆襲されて命を失った。

 モンスターの群れがひしめいていたエッジブルーは一転して、俺たち人類が制圧することになった。

 戦いは終わった。

 静寂が訪れたとき、たぶんアルバだと思われる黒い装甲車とのあいだにはまだだいぶ距離があった。

 こちらの力を見て、向こうも迂闊には近づけないと考えているんだろう。

 ここにきて、俺はトークタグをまだ身につけていることを思い出した。

 タグを起動する。

「タネツケから団長へ。タネツケです、帰ってきました」

 タグから団長の声がする。

「その男は死んだ! わたしのタグに連絡できるおまえは何者だ!?」

「だからタネツケですよ。あのとき消えたみんなも一緒です。誰も欠けていません、マトイも」

 タグの向こうで団長が息を呑んだ。

 すかさずマトイも自分のタグを起動する。

「パパ! アタシ帰ってきたよ! みんなもいるから! みんな無事だから!」

 なにか返事があって、マトイは膝を落としてむせび泣いた。

 イリアンとアデーレも、トークタグで家族と連絡をとる。

 会話を続けているあいだにも、装甲車が猛烈な勢いで近づいてくるのが見えた。

「パパ!」

 マトイは翼を広げてすっ飛んでいく。

 アデーレも飛んだ。

 向こうからも青いデーモンメイルが飛んできた。

 アデーレに体当たりするように組みつき、二人は空中でくるくると回る。

 マトイと装甲車が接触すると、車両が急停車して団長が転がり出てきた。

 団長とマトイが抱き合う。

 そのおかげで装甲車はもうこっちに近づけない。

 ロシューが屋根から飛び降りるのを見て、イリアンも走り出した。

「兄さん!」

 こうして家族の再会は果たされた。

 少し間をおいて様子を見守ってから、俺は口を開いた。

「じゃ、俺たちも感動の再会に加わりに行くか。お互い少し変わっちまったようだけど」

 残っているヒサメとナムリッドがうなづいた。

 イクサは自然体で微笑みを浮かべている。

 緊張した面持ちのノーデリアに俺は言った。

「だいじょうぶだ。状況は悪いけど、みんないい人ばっかりだからな。俺たちが帰ってきたからには世界が変わる」

「そう……、そうよね……」

 ノーデリアは力を取り戻したように笑顔を作った。

 そして俺たちは、死屍累々とした血の臭いのなかで喜びの涙を流した。

 やはり俺の帰るべき場所はここだった。


 ☆☆☆

 

「ペルチオーネ、あんまり食うなよ。食糧難なんだから」

「まあいいわ。あたち成長期過ぎたし」

 ほっとしたことに、ペルチオーネは小皿一枚で満足してくれた。

 まあ本来は食べる必要がないんだから、当然といえば当然だが。

 このごろはこの小皿一枚がれっきとした一人前らしい。

 この世界の食料の多くは魔法を使った食料工房で作られていたし、食料工房を機能させるには都市が必要だった。

 その都市の多くは失われている。

 農地も甚大な被害を受けていた。

 食べ物が慢性的に足りなくなっているという。

 俺と花嫁たちは飲み食いをしていない。

 いまのところ必要性を感じなかった。

 俺たちは学園の制服に戻って、貧相な食卓についていた。

 この世界ではこれ以上上等な衣服もないだろう。

 かなりみすぼらしくなってしまったアルバのメンツとは対照的だ。

「モンスターが食えりゃまた事情が違ってくるんだが、調理のあいだにトリファクツになっちまうし。ま、いまの俺はほとんどモンスター食って生きてるようなもんだけどな」

 トゥリーが面白くもなさそうに言った。

「嫁も死んじまったし、人間をやめることになっても悔いはねえ」

 トゥリーはだいぶ変わってしまった。

 性格ではなく外見がだ。

 肌の部分は血色もいいし健康そうだが、身体の半分が鋼になっていた。

 腕が刃に変形し、それで殺すと敵の生命力を奪えるのだという。

 物足りなそうに口をもごもごさせながら、クラウパーが言う。

「俺のデーモンメイルはベクター将軍からもらったものだけど、アルコータスが大群に囲まれたとき、アームズファンタズマの秘宝庫が開放されたんだ。でもトゥリーの寄生鋼は敵から奪ったものなんだぜ。あのときトゥリーは死にかけでホントに危なかったんだけどさ……」

 ペルチオーネが割って入った。

「どのみち、そこのポンコツよりは役に立つんじゃないの?」

 その当てつけに、非人間的で抑揚のない声が返した。

「お嬢さま、口は災いのもとといいますよ。人の形を模した我々ソードリングにも当てはまります」

 女性的なシルエットの鎧が喋っている。

 彼女はなんと、ソードリング・ギルティープレジャーなのだった。

 アルバ本部がザッカラントに襲われたとき、魔導剣ギルティープレジャーは俺たちと一緒に次元のはざまに消えたはずだった。

 だがその後、ギルティープレジャーは何者のかの手によってドリフティングウェポンに改造され、ある日突然、団長の手元に戻ってきたらしい。

 ソードリングが人間に近いほど、そのドリフティングウェポンは高性能であるといわれている。

 ギルティープレジャーはほぼ機械人形であり、ペルチオーネほど高性能とは思えなかった。

 しかし、魔導剣とドリフティングウェポンでは攻撃力以外にも雲泥の差がある。

 いまアルバのメンバーが生き残っているのも、ドリフティングウェポンギルティープレジャーあってのことだという。

 団長自身はあまり変わっていなかった。生傷が増えていることくらいだろう。

 ロシューもあまり変わっていない。痩せただけだといってもいい。

 防御に関する魔法の品をいくつか身につけているという。

 俺たちの身の上についてはもう説明した。

 別の世界で超人的な力をつけて帰ってきたということを。

 そこで出会ってついてくることになったイクサとノーデリアのことも。

 にわかには信じがたい話だったと思うけど、俺たちはすでに持てる力を見せている。納得してもらえただろう。

 団長が重々しく口を開いた。

「おまえたちの推測どおり、現在敵の中枢はエッジワンだ。そこに曙竜の帝国がまるごと出現した。おまえたちが遭遇した赤龍はおそらくモードルガスクだろう。我々は帝国のナンバー2だと認識している。人の姿もとる獰猛な将軍だ。帝国の竜人は一人ひとりが強力な上に、ザッカラントが知恵をつけている。各地のマイアズマ・デポを優先的に攻め落としているのはやつの差金にちがいない」

 ロシューが口を挟んだ。

「マイアズマ・デポが機能しないとなると、町なかに突然モンスターが発生することになる。戦いで疲弊したところへ、生活基盤も危うくなっているというわけだ。戦いが起これば魔法を多く使い、大量のマイアズマが発生する。それが生物のモンスター化誘発率を高める」

 トゥリーが言葉を続けた。

「竜人にはモンスターを操れるデーモンがいる。自分たちは煩わされることもなく、それどころかほっとくだけで兵力が増えるんだからな」

 団長の目が光る。

「マイアズマ・デポの死守と奪取。それが我々の急務だ」

 なるほど。

 事情はだいたい飲み込めた。

 俺とナムリッドは目を合わせる。ナムリッドがうなづいた。

 俺はかねてよりのプランを口にする。

「じつはマイズマ・デポより優れたものがあるんです。イシュタルテアでそれを知りました。マイアズマ・リアクターをね」

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