第三部 第一シーズン

第88話帰郷

輝く翼のミスズが、闇の空間で俺たちを導いていく。

 次元間の旅は思っていたほど長くはなかった。

 行く手に星が見えたと思ったら、それが一気に拡大し、俺たち、タイタスの薔薇は光に突入する。

 次の瞬間には、なんの衝撃もなく、俺たちは太陽の輝く青空に包みこまれていた。

 タイタスの薔薇の外で、ミスズが身振りを交えて言った。

「ここがちょうどアルコータスの上です」

 後ろでマトイが息を飲む。

 続いてヒサメもアデーレも、全員がだ。

 無理もない。

 下を映すパネルの一つには、腐敗したような大都市の死骸が見えていた。

 白亜の街並みは完全に破壊され、美しい公園と市庁舎のあった小山もすべて、薄汚い色をしたモンスターに埋め尽くされいる。

 毒毒しい汚染は都市を包む丘陵地帯にも広がり、まるで虫の巣をつついたようなありさまだった。

 ナムリッドが目をみはってわなないた。

「こんなことって……。みんなはどこに……」

 ん、なにかの気配か……。

 俺が違和感を覚えた直後、巨大な赤龍がミスズを噛み砕いた。

「なにッ!」

 驚きで身が固まったあいだにも、ミスズは咀嚼されて飲み下されてしまった。

 その瞳に浮かんだ絶望を俺は忘れない。

 ミスズは死んだ。間違いなく。

 赤龍の残忍な目が光り、左腕がタイタスの薔薇に振りおろされる。

 金属の引き裂かれる音と強烈な衝撃。タイタスの薔薇が空中を弾かれる。

「イリアン、ノーデリアつかまれ!」

 俺は空中に投げ出されたイリアンとノーデリアを抱え込む。

 ぐるぐる回転する艦内で、みなは素早く体勢を整えた。

 もう昔の俺たちとは違う。

 イリアンとノーデリアを除いては超人の軍団だ。

「安定させろ! 攻撃準備!」

 俺の命令にみんなが機敏に反応する。

 ヒサメが言った。

「ミスズは!? どうなった!?」

「食われちまったよ!」

「飲み込まれただけか!?」

「いや! 身体をズタズタにされて飲み込まれた! もう生きちゃいない!」

 外部モニタの中で、タイタスの薔薇より巨大な赤龍が迫る。

 俺は指示した。

「超重質量砲!」

 ナムリッドが素早く操作する。

 装甲の花弁が開き、短い砲身が現れた。

「発射!」

 質量砲の黒い砲弾は赤龍のあごをまともにとらえた。

 赤龍がのけぞり落下する。

 だが少し落ちただけで、赤龍は再び迫ってきた。

 無傷ではないとはいえ、あごが少しえぐれているだけだ。

 赤龍は空中で留まり、両腕をあげて咆哮した。

 シャルロッテが警告の声をあげる。

「アルコータスから黒い竜の群れが飛び出してきました! 赤龍に比べれば小型ですが、みなこちらへ向かってきます!」

 赤龍のほうは、こちらを警戒して距離をとっている。

 そいつがニヤリと笑ったような気がした。

 女神ともいえる存在のミスズを、抵抗すら許さず一撃で殺した。

 こんな巨体でありながら、俺たちに気配を感じられることもなく接近したような相手だ。

 見た目以上に強大な力を秘めているに違いない。

 だが、いまの俺たちにとっては戦えない相手じゃないはずだ。

 もし、もし俺たちでさえ歯がたたなかったとしたら、この世界のいったい誰がこいつと戦えるのか。

 すでに輝く花嫁衣装に身を包んだイクサが言った。

「じかに相手してやったほうが早いんじゃないのー?」

「俺もそう思ったところだ。行くぞ、ペルチオーネ!」

 マトイが異議をはさむ。

「待って! いま全力で戦ったらイリアンとノーデリアが危ないよ!」

 そうだった。

 二人も強いが常人レベルでの話だ。

 イリアンは緊張した面持ちだが毅然としている。

 ノーデリアは青ざめて震えていた。

 確かに二人が危険だ。

 アデーレが言う。

「ここは一端引こう。引ければな」

「人に会えれば情報も得られるか」

 俺は答えて指示を変えた。

「質量砲四門、外部の花弁、展開。艦を回転させながら西へ向かう。砲は赤龍を狙って連射、花弁をカッターに使って小さい竜を追い払う。全速!」

 シャルロッテとナムリッドが操作する。

 タイタスの薔薇は指示どおりに武装を展開し、西へ進路をとった。

 追いすがる赤龍を砲弾が牽制し、まといついてくる黒い竜は花弁が引き裂く。

 ペルチオーネは不満げにぶつくさ言っていたが気にしていられない。

 タイタスの薔薇は速度をあげて飛んだ。

 竜たちはしつこかったが、アルコータスから遠ざかると追撃も終わった。

 もうすでにアルコータスの隣国都市国家サイラスも過ぎてしまった。

 サイラスもアルコータスと同様のありさまだった。人の気配はない。

 俺たちは速度を落とさず飛び続けた。

 あちらこちらへ、都市国家の様子をうかがいながら移動したが、どこも同じだった。

 破壊の痕跡とモンスターの群れ。

 だが、少しずつモンスターの密度が下がってきていた。竜の姿もない。

 俺は指示した。

「速度を落として人の姿を探そう」

 タイタスの薔薇は飛行速度を落とし、センサー類も使って周囲の様子を探った。

 しかし人のいた場所は荒れ果てているばかりだった。

 さすがに平然とはしていられない状況だった。

 俺たちは超人になったとはいえ、心はまだ人に等しい。

 艦内は鋭い不安と張り詰めた緊張感に包まれていた。

 マトイがぽつりと言った。

「もう誰もいないの? この世界には……」

 イリアンが口を開く。

「でもミスズさんはわたくしたちをここへ導きました。なんの希望もない世界へ連れてくるとは思えません」

 シャルロッテがうつむきがちに言った。

「夜の種族の紐帯を感じられないのです。わたくしが夜の種族ではなくなっただけならいいのですが……」

 鎧姿のアデーレが意見を述べる。

「ここらあたりは敵の支配地域、それだけのことだ。うろたえるほどじゃない」

 ヒサメもその意見に賛成のようだった。

「たしかザッカラントはエッジワンにこだわりがあったはずだ。エッジワンが敵の中枢だっとしたら、わたしたちは中枢近くに出現したことになる。敵だらけでも不思議じゃない」

「何人かで外に出て細かく探してみるか。洞窟とかに生き残りがいるかもしれない」

 俺がそう提案したとき、ナムリッドが言った。

「エンゲレ山のマイアズマ・デポが見えてきたわ。機能してない」

「そうだろうな……」

 マイズマ・デポの近くにはモンスターを狩るための城塞都市があるはずだが……。

 ナムリッドが緊迫した声を出す。

「爆発! マナファクツとブルートファクツ、両方の反応! 人が戦ってる! エッジブルーで!」

「急げ!」

 希望の波が俺たちを包み込んだ。

 タイタスの薔薇は速度をあげて城塞都市エッジブルーへ接近する。

 望遠映像で様子をとらえることができた。

 炎と爆発、混乱。兵士とモンスターの群れ。

 人間側の負け戦だった。

 大勢の武装した人間が、エッジブルーを脱出しようとしている。

 その主流が退却しているしんがりで、いちばん激しい戦いが起きていた。

 黒く大きな装甲車両のようなものが蛇行して、モンスターの流れを断ち切ろうと奮闘している。

 この世界では見たことのないタイプの車両だった。

 だが、マトイがわななきながら口する。

「アレ! アレ、パパの設計した装甲車そっくり!」

 装甲車の屋根には三人の人影があった。

 魔法を連発する知らない二人の後ろには……!!!

 猫耳ヘルメットをかぶったロシューがいた!!!

 ロシューは疲れた顔で迫撃砲をあちこちに向けて撃っている。

 イリアンが涙を溢れさせた。

「ロシュー! 兄さん!」

 装甲車の周りを飛び回っている青いデーモンメイルもいた。

 アデーレが叫ぶ。

「あの体捌き! あのデーモンメイルはクラウパーだ! あいつ生きてやがった!」

 俺たちの士気は一気にあがった。

「あの装甲車はアルバだ! 間違いない! 敵を蹴散らすぞ!」

 俺の号令に勇ましく応じる戦いの花嫁たち。

 俺は指示を出した。

「モンスターの群れ中央に、タイタスの薔薇を自然落下させる。着地寸前に高濃度二酸化炭素を噴射、それでも動けるやつを全滅する!」

 

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