第75話太陽の仮面

『イレギュラー発生! 2―A、魔人級二体と接触! 生還率ほぼゼロに低下! 3―C、緊急出撃してください!』

 異例の緊急放送。

 学園内の雰囲気が、ざわめきたったような気がした。


 ちょうどそのとき、俺たち3―Cはミッションシップに乗り込んでいるところだった。

 ハッチの脇に立ったサリーが、腕を振って声を張りあげる。

「これはホントにマズイよ! みんな早く! すぐ出るから!」

 校内放送がさらに続けられた。

『3―Bもただちに出撃体勢を整えてください! 準備ができしだい出撃! 許可が下りています!』

 俺の脳にアドレナリンが溢れた。

 こんなの、ただごとじゃない!

 本物の死の危険が切迫している証だった。

 2―Aにいるのはマトイ、ヒサメ、アデーレの三人。

 マザー・アカバムのネストを下っていく戦闘も、日常のルーチンに組み込まれたものだった。

 ただ、体力を使い、戻ってくる。

 体育の延長のような授業と思い違いしてきた面も、確かにあった。

 死の危険など忘れていた。

 それが突然迫ってきたのだった。

 魔人が二体ともなれば、俺たちだって勝てるかわからない。

 2―Aではひとたまりもないだろう。

 だが、簡単に死ぬようなやつらじゃない。

 最大限に急げば!


「通してくれ!」

 俺はステップを駆けあがり、サリーの横を抜けた。

 乗員室をダッシュで通過し、まっすぐ操縦席に向かう。

 操縦席にはシフォラナが着いて、発進準備を進めていた。

 その肩をつかんで大声で訴える。

「シフォラナ、俺に操縦させてくれ!」

「ちょ、なにすんのさ!」

 シフォラナが俺の腕をつかんで、ひねり投げしようとしてきた。

 俺はそれを体全体で返し、逆に投げを決める。

 シフォラナの身体が宙を舞う。

 俺たちはお互い、すでに達人の領域にあった。

 先に動いたほうが負ける。

 シフォラナは乗員室の床で受け身をとり、素早く立ちあがった。

「操縦者は決まってるんだよ!」

 怪我はしなかったようだ。

「すまない」

 俺は短く答えて操縦席に座る。

 走行に必要なスイッチはほとんど入れてあった。

 だが、俺はさらにスイッチをオンオフし、操縦系統を切り替える。

 左手でインカムをつけながら言う。

「こちら3―Cミッションシップ、飛行許可を!」

 応えを待たずにハッチを閉めた。

 飛行用ジェットを点火し、翼を広げる。

 続いて安否を確かめるためにトークタグを起動した。

「タネツケからマトイへ! どういう状況だ!」

 返事はなかった。

 通信が途絶えている感触だった。

「くそ! シャルロッテ、俺のかわりに呼び出し続けてくれ!」

「かしこまりました」

 シャルロッテの返事を聞き、手順をすすめる。 

 もう邪魔をする者もなく、サリーが隣の席に座った。

「タネツケくん、確か実機の操縦は……」

「初めてだ」

 レバーを引いて機体を上昇させる。

 引き方が急だったのか、ミッションシップは大きく傾いた。

 乗員室から悲鳴があがる。

「きゃっ!」

「おい!」

「やるならしっかりしてよ!」

 俺は背後をちらりと振り返った。

 みな口々に非難してくるが、転んでいるやつさえ一人としていない。

 ここにいるのはみな超人だ。

 飛行機が墜落したって生き残る。

「いくぞ!」

 俺はタイヤを収納しながら、推進装置のスロットルを倒した。

 爆発的な加速度で、周囲の景色が流れる。

 ミッションシップはまっすぐ飛びながら、ぐるぐる回転した。

 イクサの声が聞える。

「おおおおいっ! いい加減にしろぉ!」

 シャルロッテの声も心配していた。

「タネツケさん、落ちついてください」

「……」

 俺は機体を安定させるのに必死で、口をきくこともできない。

 隣からサリーが肩に手を置いてきた。

「タネツケくん、キミには無理だよ。飛ぶからわたしに替わって!」 

 俺は従うつもりもなかった。

 心のなかで叫ぶ。

 おまえたちのやり方じゃダメだッ!

 けっきょく、誰に任せても安全を優先するだろう。

 俺は安全を度外視して、最速を優先するッ!

 こんなところで仲間を失うわけにはいかないッ!

 全身の感覚を集中して操縦桿を微調整する。

 努力が実って、機体が安定した。

 街を抜け、森の上空を飛び、円錐形の不自然な山が迫る。

 目的地であるマザー・アカバムのネストだ。


 誰かが言った。

「やっぱ飛ぶとあっという間だな。着地のほうが難しいぞ、だいじょうぶかー?」

 暢気なもんだ。

 俺は速度を落とさない。

 まっすぐ洞窟へ突っ込んでいく。

 背後のみんなが息を飲んだ。

 サリーが叫んだ。

「やめなさい! 着地するのよ、タネツケくん!」

「触るな、手元がブレる!」

 俺は構わず、口を開けた大空洞へ突入した。

 数秒で次の階層への斜路が見えた。

 俺は神経を研ぎ澄ませて操縦桿を握った。

 ここまでくると、全員俺の意図を察したらしい。

 船内に固い緊張がみなぎった。

 俺は上下左右も数メートルしか余裕のない斜路へ、飛行状態のまま入った。

 空を飛ぶ速度で針の穴を通すようなこと、できるわけがない。

 ミッションシップの屋根が斜路の天井をこすり、反動で今度は床をこする。

 機体はバウンドしながら斜路を下っていった。

 外を映していた乗務員室のモニターがひび割れ、砕ける。

 操縦席は一気にアラートサインが点滅して真っ赤になった。

 何十もの警告音が響く。

 ミッションシップは翼も失っていた。

 だが、俺はひっかかって止まらないように、さらに推進装置のスロットルを引く。

 ミッションシップは砲弾のように跳ね飛びながら進んだ。

 乗員のみなは諦め、戦闘態勢で手近なものにしがみつき、超人的な身体能力で怪我を免れていた。

 激しい揺れのなかで、サリーが落ちついた口調で言う。

「もうこのミッションシップ、使えないね」

「着くまで保てばいいんだ。帰りはみなで歩けばいい!」

 ミッションシップは、階層を次々と飛び抜けた。


 そして……。


 四本目の斜路を抜けたとき、それが目に入った。

 大空洞を照らす照明弾の下で輝く、青白い塊。

 それは水晶のようなものに封じられたかのような、2―Aのミッションシップだった。

 俺は推進装置を止め、自分たちのミッションシップを墜落させた。

 衝撃とともに、岩床をえぐってミッションシップが止まる。

 機体が歪んでしまったため、ハッチを爆破して開き、自分はペルチオーネを抜いて、ウィンドウを三角に切り抜いた。

 切り抜いた部分を足で押し出して、外へ飛び出す。

 サリーも続いた。



 外は静寂に包まれていた。

 広大な空間に、氷の塊のようなミッションシップがあるだけ。

 背後で、自分たちの乗ってきたミッションシップがしゅうしゅうと音をたてていた。

 それがよく聞える。


 俺は絶望へ落ち込みそうになりながら、隣のサリーに向けて口を開いた。

「ダメだったのか……、みんなは……?」

 サリーは腰に手を当て、誇らしげに言った。

「誰か、切れ者の指揮官がいたみたい」

「なに? どういうことだ……?」

「戦うのを諦めて、最初から守りに徹することにしたんだよ」

 サリーはバイザーを触りながら続けた。

「ミッションシップを包んでいるのは、おそらく、全員分の力を合わせた魔力障壁だよ」

 俺の胸に安堵が広がった。

「じゃ、じゃあみんなは……」

「戦闘の痕跡はないし、きっと全員無事。と、なると……」

「問題の魔人はどこか、だな」


 そのとき、ペルチオーネの声が頭に響いた。

『一体だけなら、すぐそばにいるよ』

 モーサッドとネサベルが同時に言う。

「いる!」

「シップの向こう側だ!」

 二人ともドリフティング・ウェポンを持っている。

 ソードリングからの警告があったのだろう。

 サリーも声をあげた。

「捕捉! 出てくるよ! 散開!」

 俺たちは素早くお互いの距離をとる。

 イマジナリー・ミサイルを構えたシフォラナが中心で、グール化したサレニアが一番敵に近い。


 待ち構えていると、ミッションシップの向こうから、細い人影が姿を現した。

 悠然とした態度で障壁の端を回りこんでくる。

 太陽をかたどった金色の仮面が、そのまま頭部だった。

 身長は二メートルほど。

 細い体は青く輝くローブに包まれている。

 骨の右手に大きな鈎が握られていた。

 鈎から続く鎖を左腕に巻いている。

 魔人は鈎でミッションシップの魔力障壁をこすりながら、俺たちの前に全貌をさらす。

 仮面についた宝石の目は、感情を見せない。

 しかし、その物腰には圧倒的強者の余裕があった。

 空間に緊張がみなぎる。

 でもたぶん、緊張しているのはこっち側だけだ。

 サリーが動きかけた。

「攻撃……」

 魔人の仮面が輝く。

 顔から無数の、火山弾のようなものが飛び出してきた。

 俺たちの周囲で火山弾が爆発する。

 ある者は跳んで避け、ある者はバリアーに守られた。

 俺はペルチオーネの空間防御を頼って身を固くする。

 爆発が周囲の地面をえぐるが、こっちは無事だ。


「くらえぇッ!」

 魔人の攻撃を避けなかったシフォラナが、額から血を流しながらミサイルを発射する。

 そのミサイルを追って、地面に伏せていたサレニアが突進した。

「ウォオオオオオッ!」

 さらにサリーのバイザーから放たれた光線が、魔人の顔面をとらえた。

 太陽の仮面が弾かれたように向きを変えるが、傷はついてない。

 シフォラナのミサイルが肉薄した。

 だが、魔人が左手を振ると、ミサイルは大きくそれて、爆発した。

 その爆風にもダメージを受けた様子がない。

 ただ、青いローブがはためいただけだった。

 サレニアが突っ込んでいく。

 その後ろには、モーサッド、ネサベル、イクサのドリフティング・ウェポン組が続いた。

 俺はすでに試す手を決めていた。

 サリーの隣へ行き、左手を伸ばす。

「あれを使って、素早く決めちまおう!」

「わかった!」

 サリーが右手で握り返してくる。

 これで俺たちはつながった。

 ペルチオーネの切っ先を向け、緊急魔法陣を開いて魔力を集中する。

「剣・ビィィムッ!」

「コンビネーターッ!」

 サリーもバイザーから光線を発射した。

 二つの光条が絡み合い、数倍もの太さになる。

 先行組は俺の声にタイミングを合わせて、射線から逃れていた。

 それは魔人の目を欺くフェイントになった。

 俺とサリーのエネルギーが、真正面から魔人を打ち据える。

 光線は貫通しなかったが、魔人はもんどり打って倒れた。

 しかし、青いローブは煙をたてただけで、焦げもしない。


 嫌な予感がした。


 果たして、魔人が無傷の様子でゆっくりと起きあがる。


 くそ、戦いはまだ始まったばかりだ……。

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