第76話地獄の釜

「みんな怯まないで! ともかく、もう一体が出てくる前にアイツを始末するよ!」

 サリーが腕を振って檄を飛ばした。


 照明弾の明かりに照らされた岩肌の大空洞。

 凍りついたミッションシップ。

 その傍らで、太陽を模した頭部を持つ、宝石の目をした魔人が、感情を見せずにゆらりと立ちあがる。

 対峙する俺たち3―Cは、最強級の攻撃でワンダウンを食らわしたに過ぎなかった。

 この大空洞で、俺たちの生存を賭けた気迫と、魔人の邪悪な殺意が拮抗する。

 濃密な敵対心が凝縮した瞬間。

 魔人が動いた。

 鎖の巻きついた骨の左腕を掲げる。

 頭のなかで、ペルチオーネが警告した。

『左前に逃げて! ダッシュ!』

「くそっ!」

 指示に従って回避に入る。

 間髪を入れずに、背後で大音響と振動があった。

 まるで巨大な質量が降ってきたかのようだった。

 背後を振り返ってその通りだったと知る。

 岩の床が砕けてクレーターになっていた。

 広範囲を巻き込む魔法攻撃だった。

 俺たちの乗ってきたミッションシップの前半分が圧縮されて潰れている。

 鋼鉄以上の強度をもつ装甲材なのに、まるでケーキのようだった。

 この身に受けていたら無事で済まないほどのエネルギーだったのだろう。

 幸いにも、この攻撃に巻き込まれた者はいなかった。

 サリーとシャルロッテは襲い来る魔力が見えただろうし、シフォラナはシャルロッテが担いで跳んでいた。

 ほかのメンバーはドリフティング・ウェポン使いだった。

 ソードリングが警告しただろう。


 ただ、サレニアの姿は見えない。

 魔人が第二波を放つ前に、サリーが攻撃した。

 バイザーからの光線を受けて、太陽の仮面が煩わしそうに傾く。

 俺も魔法を放とうとペルチオーネを構えたとき、魔人の背後からサレニアが飛びかかった。

 サレニアは唸り声をあげ、放射状に伸びた太陽の炎の部分をかじりとった。

 反撃される前に、素早く飛び退く。

 かじりとられた部分から、白いガスが吹き出した。

 魔人はダメージを受けている。

 それだけじゃない。

 サレニアが組みつき、打撃をを与えられた。

 つまり、この魔人の知覚と身体能力は、思っていたほど高くないということだった。


 それならばッ!


 接近戦で切り刻むのみッ!


 魔人は身をよじって、サレニアに向けて鎖のついた鈎を放った。

 その隙をついて俺、モーサッド、ネサベルが突っ込む。

 目の端に、イクサが回りこんでいくのも見えた。

 モーサッドは走りぬけ、九節鞭の対物質粒子でローブを切り裂いた。

 ネサベルも槍の光る刃で連撃を繰り出した。

 骨とローブの身体に、浅いが確実な傷がついていく。

 魔人が体勢を立て直したところで、ネサベルが離れる。

 代わりに俺が入った。

「うぉおおおおおッ!!!」

 対物質粒子の刃を放つペルチオーネを縦横に振るう。

 しかし魔人は鈎と巻いた鎖を使って、最小限のダメージで受け流した。

 太陽の仮面にはめこまれた宝石の目がぎらりと輝く。

 魔人の顔面から無数の火山弾が吹き出した。

「くっ!」

 その爆発力に弾き飛ばされる。

 空間防御の薄い部分を貫く弾もあった。

 制服が破れ、鋭い痛みが走る。

 サリーからの援護射撃で助かる。

 魔人は動きを封じられ、追撃はできない。

 さらに魔人の背後からイクサの鉄球が襲う。

 サレニアも飛びかかって、仮面の傷を増やした。

 それでも倒れはしない。

 魔人というだけあって、確かに手強い。

 だが、少しずつダメージを与えられている。

 諦めなければ勝てる相手だった。


 ネサベルが叫んだ。

「フルブーストッ!」

 ネサベルの関節すべてに赤い輪が回る。

 魔法連射状態になったネサベルは、身体強化系をいくつも重ねがけした。

 目にも止まらぬ速さで魔人に肉薄し、ガーリーの連撃を突きこむ。

 魔人は完全に防御一辺倒になり、その守りも破られかけている。

 モーサッドが声をあげた。

「魔人はもう一体いるはずなのに、いまフルブーストを使ったら……!」

 モーサッドの言うことにも一理ある。

 フルブーストには、使用者本人にも定かではない使用時間のリミットがある。

 次の魔人が出てくるころには、ネサベルは動けなくなってしまうかもしれない。

 でも俺はネサベルの考えに賛成だった。

 二体と同時に戦うことになるよりは、戦力低下があっても、こいつを先に倒したほうがいい。

 俺も意識を集中して、力を開放した。

「フルブーストッ!」

 関節のすべてに赤く輝く魔法陣が回り、俺に力を注ぎ込んでくる。

 ブルート・ファクツを貯める隙を作ることなく、魔法が連射できる状態になった。

「ドミニオンカバー!」

「ラピッドラン!」

「ブルズアイ!」

 この世界で覚えた強化系の魔法を重ねがけする。

「うぉおおおおッ!!!」

 体の芯から燃えあがるような力に満ちた。

 俺は超人と化した。

 ネサベルと相対している魔人のもとへ突っ込んでいく。


 モーサッドが非難がましく言った。

「タネツケまで! よしてよ!」

 俺は魔人の背後へ回り込みながら応えた。

「援護で力を温存してくれ! コイツは俺とネサベルで倒す!」

 身体強化をした俺たち二人が相手では、魔人も対応しきれない様子だった。

 俺はペルチオーネを振るい、隙のある場所へ斬りつける。

 刃が少しでも食い込めば、そこへヘルバウンド・エクスも注入する。

 タイミングがずれれば、自分が爆風に吹き飛ばされてしまう。

 危険は承知の上。

「ペルチオーネ、細かい制御はおまえに任せる。俺は撃ち続けるからな!」

『まかせてー、燃えるぅー』

 魔人の唐突な反撃も、身体強化のおかげで避けられる。

 俺とネサベルは油断することなく、魔人に連打を食らわせた。

 刃では浅い傷しかつけられない。

 しかし爆発の魔法が、魔人の身体を少しずつ砕いていった。


 そして!


 会心の一撃が魔人の頭部を捉える!


 俺は容赦なくヘルバウンドを送り込んだ。

 太陽の仮面が大きく裂けて、炎と白いガスを吹き出す。

 魔人が膝をつく。

 勝負がついた!

 俺とネサベルは目配せして、トドメを振りかぶった。


 そのとき、魔法で強化された知覚が危機を察知した。

 俺とネサベルは半ば本能的に飛び退る。

『下からくる!』

 ペルチオーネの警告のほうが遅かった。

 岩床の中から、巨大な二本の腕が現れて、俺とネサベルに殴りかかってきた。

 かろうじて避けたものの、ぶよぶよとした腕の動きは速かった。

 その巨大な腕のあいだから、水面に顔を覗かせるように赤ん坊の頭が出てきた。

 でかい!

 額のあたりから、奇怪な雄叫びが響き渡る。

 俺たちが傷つけた魔人は、赤ん坊の頭の上でゆらゆらと踊っていた。

 これがコイツの本体か!

 触手のようにうごめく腕と、赤ん坊の頭半分が、水面を滑るように動く。

「くそっ!」

 俺とネサベルは腕の攻撃をかいくぐって切りつけた。

 ヘルバウンドも叩き込むが、肉が分厚い分、効き目が薄い。

 サリーの声が聞える。

「的が大きくなったよ! 総攻撃!」

 その号令はすぐ撤回された。

「いや、だめ! 二体目出現!」


 俺は横目で見た。

 もう一体の巨体を。

 天井から染み出すように現れて、巨大な質量が落下した。

 二体目の魔人は四本足を生やしたチョウチンアンコウのような姿だった。

 丘ほどもある頭頂部には長い誘引突起が伸び、その先に灰色の肌をした人型がぶら下がっている。

 誘引突起に頭からつながっている魔人が赤い口を開けて喚いた。

「オボチャッス、ザリカデント、アッアッアツアッ!」

 まったく意味がわからない。

 意思の疎通ができないのは、この世界に来てから初めてだった。

 それほど異質な存在だということだろう。

 骨の魔人からの攻撃をかいくぐりながら、俺は用心深く新たなほうにも注意した。

 灰色の魔人が、2―Aのミッションシップを指さす。

 アンコウの口から何発もの火の玉が発射された。

 火の玉はミッションシップに当たると爆発し、機体を吹き飛ばす。

 俺たちは息をのんだが、すぐに安心した。

 ミッションシップは宙を舞ったものの、機体を覆った魔力障壁はそのままだった。

 中はひどい衝撃に襲われただろうが、このイシュタルテアの生徒が死ぬほどじゃないはずだ。

 ミッションシップは形を保ったまま岩肌に落下した。

 その結果が不満だったのか、アンコウの魔人は奇声をあげて無差別攻撃を始めた。

 アンコウの口から火の玉、目から直線に伸びる熱線。

 一方では巨大な赤ん坊腕が地面を叩き、見えない重力波で俺たちを潰そうとしている。

 まるで地獄の釜が開いたような苛烈さだった。

 俺たちは攻撃するチャンスを窺って駆けまわる。

 サリーの指揮が頼りだった。

「タネツケくんとシャルロッテ、わたしの三人でアンコウの相手をするよ! あとはネサベルを攻撃の中心に、全員で太陽の仮面に集中して! とにかく波状攻撃をやめさせるから!」


 サリー、シャルロッテと目配せして、俺たちはアンコウのほうへ向かっていった。

 強化されている俺の足が一番早い。

 アンコウの濁った瞳が向けられた。

 来るッ!

 ステップを踏む。

 直感で、発射された熱線を避けた。

 熱線が空間防御の縁を焼いて、軽やかな音を立てる。

 大丈夫だ。

 いまの俺は、先読みすることで光の速さも避けられた。

「くらえぇぇっ!」

 俺は肉薄し、巨大な柱のような前足にペルチオーネを叩き込んだ。

 肉片を飛散させながら、傷口からヘルバウンドの炎が吹き出す。


 強力な魔人が二体といえども……。


 俺はすぐに離れ、次に攻撃できるチャンスを狙った。


 冷静に対処すれば……。


 俺は突進して刃を突き刺してやった。


 そうだ……、きっと勝てるッ!

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