第74話勝敗のゆくえ

「みんなをネサベルの進路へ誘導する。指示に従ってくれ」

 俺はアルバ部のみんなに指示を出した。


 廃墟の街をシミュレートした空間。

 そのなかで、3―Cとアルバ部の戦いが続いている。

 アルバ部のメンバーは首尾よく、3―C最強クラスのサレニアを倒した。

 しかし、戦いはまだ始まったばかりと言ってもよかった。

 残りは四人。

 ネサベル、モーサッド、シフォラナ、それにサリー。

 油断できない敵ばかりだ。

 俺としてはアルバ部の誰一人として犠牲者を出さずに、完全勝利を目指していた。

 みんななら、きっとできる。

 みんなと俺が力を合わせれば。


 簡略表示の全体スクリーンを見あげながら、俺は指示を続けた。

「いま、シャルロッテの立っている方向へ、みんなで進んでくれ。合図をしたら右側へ方向転換してもらう」

 みんなが返事をして移動し始めた。

 シャルロッテが先頭に立って、廃墟のなかをまっすぐ進む。

 3―C側、ネサベルの動きもチェックした。

 ネサベルは集まりの端を、一人で突出して接近しつつあった。

 うまい具合だ。

 モーサッドが近くにいるのが懸念だった。

 ドリフティング・ウェポン使いと連戦になる可能性が高い。

 それはしかたないこととしても、こっちとしては一人ずつ戦うのが重要なことだった。


 俺は作戦を説明する。

「歩きながら聞いてくれ。今度の主役はアデーレだ。できるだけ傲慢な調子で、ネサベルに決闘を申し込んでくれ。一対一の戦いをしようってな」

 アデーレが聞いてくる。

「乗ってくると思うか? 向こうだって罠だと見抜くだろう」

 俺は答えた。

「そこだ。ネサベルは罠だと勘づく。その上で乗せることができるかどうかだ。きっとネサベルは先行したサレニアがどうなったのか気にする。アデーレ、おまえが一人で倒したことにしろ。その上で挑戦するんだ」

「うん? まあ、いいか……」

 俺は続けた。

「乗ってきたとして、ネサベルはシャルロッテを警戒するだろう。シャルロッテは触手の射程ギリギリまで後方に下がって待機だ。そこへ残ったみんなも集まってもらう。アデーレとネサベルが戦い始めたら、ネサベルの背後へ回りこむように移動だ」

 ヒサメが異を唱えた。

「そんなに固まったら、一網打尽じゃないか。一撃でやられてしまうぞ」

「ああ、そうだな」

 そう言ってから続ける。

「だからといって散開したら、それこそ一人ずつ潰される。ネサベルが決闘に乗ってきたとしても、本当に一対一の戦いをするはずがない。こっちもそのつもりじゃないしな。一人ずつ潰されるよりは、ネサベルの攻撃対象を二つに絞ったほうが、守りもしやすい。みんなの固まりか、アデーレ一人か、どちらかに『ガーリーのスクリュー』を使わせるしかないんだ」

 マトイが疑問を口にする。

「どういうこと……?」

 俺の代わりにシャルロッテが言った。

「ネサベルさんのドリフティング・ウェポン、『ガーリー』のソードリングを放つ『ガーリーのスクリュー』は広範囲に絶大な攻撃力を及ぼします。でも、その技を放つ瞬間、彼女のドリフティング・ウェポンのなかから、ソードリングが消えます。つまり、ほとんどただの槍です」

 俺が後を続ける。

「つまり、ネサベルがもっとも簡単な最強の技を放ったとき、アイツは無防備になるんだ。そこを一気に叩く」

 ヒサメが口を開いた。

「その大技を使ってこなかったら?」

 俺はこの作戦の弱点を認めた。

「キツイ戦いになるだろう。一対四だけどな。ここでもまた、向こうがこっちを舐めてくるのに期待しなきゃならないな。戦いの音が聞える範囲にモーサッドもいる。できるだけ素早く決めなきゃならない」

 ヒサメがため息をつく。

「綱渡りになるのはしょうがないか……」


 それからしばらく進んで、俺はみんなへ方向転換の指示を出した。

 アデーレを先行させて、残ったみんなが後方に続く。

 俺は全体スクリーンを見て、ネサベルのマーカーに注意しながら言う。

「みんな、しばらくまっすぐ進んでくれ」

 一分もしないうちに動きが変わった。

 直進してネサベルが右側へ回り込み始める。

 俺は警告を発した。

「ネサベルがこっちに気づいた! アデーレ、注意しろ、おまえから見て左前方に移動している」

「わかった」

 俺はさらに加えた。

「シャルロッテ、遠距離攻撃の魔法が飛んでくる可能性もある。防御の準備を整えておいてくれ」

「かしこまりました」


 スクリーンでは、ネサベルのマーカーが接近してくる。

 もう声の届く距離だった。

 俺はアデーレに指示を出す。

「アデーレ、ストップ! 左前方十時、崩れた建物の陰にネサベルがいる! 口上を切り出すならいまだ!」

 アデーレは足を止めた。

 ヘルメットに包まれた頭を少し左に向けて、声を張りあげる。

「ネサベル! そこにいるのはわかってるぞ!」

 ネサベルは姿を現さずに、左へ移動した。

 俺はそのことをアデーレに教えた。

「アデーレ、ネサベルは向かって右に歩く早さで移動している」

 見えているとは思えないが、アデーレはゆっくり首を巡らせた。

 まるでネサベルの動きを追うように。

 ネサベルの動きが止まる。

 自分の動きが捉えられていることに気づいたようだった。

 果たして、崩れた石壁の後ろから、ネサベルが姿を現した。

 猫と同じ目には警戒の色がある。

 ネサベルはまだ槍の穂先を下に向けたまま、アデーレに話しかけた。

「サレニアを見なかったか? いまごろ、おまえたちをボロ雑巾にしているはずだったんだが……」

 アデーレが平然とした調子で答える。

「あの化け物なら、わたしが始末した。一人でな」

 ネサベルは探るような目つきで言った。

「全員、無傷のままサレニアを倒せたっていうのか」

「ああ。簡単だった」

 アデーレの答えを聞いて、ネサベルは不敵に笑った。

「フフフ、そりゃおもしろい話だね……」

 直後、ネサベルの足元に黒い魔法陣が広がった。

 ネサベルの身体が、弾かれるように空へ飛翔する。

 アルバ部のメンバーから距離を離す方向へ。


 ネサベルが逃げたッ!


 俺はもちろん、みんなも意表を突かれて固まった。

 ネサベルは飛びながら槍の穂先を上へ向け、光の弾をいくつも発射した。

 弾はまばゆい光と大音響を発して、こちらの場所を仲間に伝えた。

 ネサベルが叫ぶ。

「モーサッド、サリーに伝えろ! なにかおかしい!」

 くっ!

 俺はくちびるを噛んだ。

 考え違いをしていた。

 3―Cの連中は自信過剰で、ただまっすぐ攻撃をしかけてくると思い込んでいた。

 実際には、向こうだって戦いについて多くを学んでいる。

 サレニアがアルバ部に倒されるということは、いったん後ろに下がることも辞さないほどの異常事態ということになるらしい。

 モーサッドは、サリーに向かって走った。

「サリー! ネサベルが退いてきた! なにかおかしいよ!」

 俺はアルバ部に指示を飛ばす。

「全員、退却! 後方に下がるんだ! 作戦を練り直す時間が必要だ!」

 みんなが慌てて移動を開始したとき、サリーの声が俺の耳を貫いた。

「タネツケくんが指揮してる!」

 俺は反射的に、サリーの映っているサブスクリーンを見てしまった。

 腰に手を当てたサリーが顔をあげ、金色のバイザーをこちらに向けていた。

 サリーが声をあげる。

「やっぱり! こっち見た! カマかけてみて正解!」

 続けて呪文のように唱えた。

「管理者コード7326557―乙、指揮官ブース閉鎖っ!」

「くっ、待てサリー!」

 俺の声など、もちろん届かない。

 目の前のスクリーンが次々と閉じていった。

 残るのは安らかに眠る女の子たちと、単なる球体だけだった。

 アルバ部のみんなは、俺の手引なしで3―Cと戦わなければならない。

 ズルの時間は終わりだ。

 くそ、もう少し慎重によく考えてことを運ぶべきだった。

 最初がうまくいったので、油断してしまった。

「ふー……」

 俺は諦めて、空いているソファの一つに身を沈めた。


 長い時間は待たなかった。

 ほんの数分で、女の子たち全員がふっと吐息をついて目覚めた。

 俺は双方の陣営に目を配る。

 アルバ部のみんなは、目覚めたばかりだというのに肩を落として疲れ果てたような顔をしている。

 3―C側はといえば、ネサベルとモーサッドが声をあげてハイタッチしているし、

ほかのメンバーも顔が明るい。


 サリーが口を開いた。

「タネツケくん、結果がわかる?」

「ああ、はっきりとな……」

 シフォラナがおどけた調子で言う。

「3―C、逆転だいしょーりーっ!」

 シャルロッテが言った。

「申しわけありません、ベストは尽くしたのですが……」

 ほかのメンバーは口も利けないといった有り様だった。

 サリーが頬を赤くしながら言った。

「じゃ、じゃあ賞品贈呈式にする……?」

 鼻血が垂れてる。

 サレニアが異を唱えた。

「いや! タネツケくん嫌いっ! ズルをしてまでわたしを殺しにきたんでしょ? もういいよ!」

 シフォラナも続いた。

「なんかこうバキッと勝負つけたら、どうでもよくなっちゃったな! タネツケの好きにすればいいよ!」

 ネサベルが口を開く。

「わたしは最初から賞品に興味はない」

 モーサッドは鼻にシワを寄せた。

「怖気が走るわ」

 鼻にティッシュを詰めたサリーが言う。

「そうなの? つまんないね。まあそれでもいいけど。それじゃあ!」

 サリーはアルバ部へ向かって両手を広げた。

「すべてを水に流すってことで、一緒にお風呂入ろっか! 三年のお風呂、ジャグジーもついてるし、すごいよ!」


 アルバ部のみんなはきょとんとして顔を見合わせた。

 マトイが立ちがる。

「アタシ、入ってみたい! お背中流します、先輩っ!」

 ヒサメは力が抜けたように微笑んだ。

「それじゃあ、ご馳走になりますか!」

 イリアンがおろおろした様子で言う。

「わ、わたくしも行っていいんですかぁ? い、一年ですけど……」

 サリーはにこやかに言った。

「もちろんよ! キミ、ガッツあったし!」

 アデーレがため息をつきながら、自分の胸を叩いた。

 デーモンメイルが解除される。

 シャルロッテが立ちあがった。

「なかなかの名案だと思います。さあ、みなさんまいりましょう」

 その言葉で、みんなが移動を開始する。

 3―Cとアルバ部は混ざり合い、キャッキャと和気藹々だ。

 シミュレーター室の出入口で、ナムリッドまで加わった。

「え? みんなでお風呂? よおし、せんせーも入る!」

 楽しげな喧騒が遠ざかっていく。


 俺を残して。


 ぽつねんと……。


 俺は一人、シミュレーター室で呆然としていた。


 女子ってなんなん……?

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