第62話アデーレとの戦い
「おらぁッ!!!」
「ぶふっ!」
俺はアデーレの頭突きを食らって地面に倒れた。
キツイ一撃だった。
左目の視力がなかなか元に戻らなかった。
普通の人間なら死んでいるかもしれない。
俺は最初、この勝負を素早くスマートに決めてやろうと考えていた。
簡単なことだと。
それは甘い考えだった。
戦いが始まってすぐ、アデーレの右胸にあるデーモンメイルの中枢を貫いてやろうと、ペルチオーネで突きを繰り出した。
それは簡単にかわされ、懐に突進してきたアデーレに頭突きを食らった。
デーモンメイルを我がものとしている今のアデーレは、素早く、強靭だった。
全身に赤い装甲をまとったアデーレが、倒れた俺を見おろして言う。
「本気を出せッ! わたしは容赦しない、三秒で殺すぞ!」
「く、くそ、調子に乗るな」
俺はペルチオーネを杖にして立ち上がった。
「俺が本気になれば、おまえこそ三秒で即死だ! フルブーストッ!」
俺の関節に赤い輪が出現し、世界から抽出した魔力を身体中に注ぎ込んでくる。
魔法が連射可能になった。
それにドリフティング・ウェポン、ペルチオーネもある。
「対物質粒子展開!」
ペルチオーネのリーチが二倍になった。
俺が負けるわけはない。
「それでもおまえは不死身じゃないッ!」
そう叫んで、アデーレが光の刃を振りおろしてきた。
ペルチオーネで受ける。
『デーモンエナジー吸収!』
ペルチオーネがデーモンメイルの活力を吸う。
この優位性のおかげで、俺はまだ油断していた。
アデーレの刃が短くなる。
それを視認したとき、横腹に衝撃を受けた。
俺はアデーレに蹴り飛ばされ、身体は宙を飛んでいた。
ごつごつした地面に落下する。
「ぐっ……!」
デーモンメイルから奪った活力が流れこんできて、なんとか痛みに耐えられた。
「そんなもの虚仮威しだ!」
アデーレが追撃しようと迫ってくる。
確かにアデーレはこの仕組を知っていた。
ペルチオーネに触れれば力が奪われることを計算済みなら、驚かせることもできない。
それならば、魔法を連射し、怯んだところに一撃をおみまいするッ!
まずは距離をとらなきゃならない。
「デクリーザー!」
反重力の魔法を自分に使う。
突っ込んでくるアデーレを避け、一気に後ろへ飛び退いた。
『空間防御が……!』と、ペルチオーネの声がする。
なにを焦っているのか、俺にはわからない。
着地体勢をとろうと身体を回転させたとき、俺は驚きに息を呑んだ。
俺の眼前で、アデーレが利き腕を引いていた。
俺を突き刺すために。
まだ空中だった。
アデーレが空を飛べるなんて、考えもしなかった!
俺の反応は間に合わない。
ペルチオーネを振ろうにも、俺の右腕はアデーレの左腕に抑えられていた。
「くらえぇぇッ!!!」
アデーレが叫び、デーモンメイルの刃が、俺の胸へ突き入れられる。
「ぐぉおお……」
経験したことのない痛みに、俺の身体が痙攣した。
俺たちはもつれながら落ちていく。
アデーレは宣言通り容赦なかった。
さらに背中のブースターを吹かして、俺を地面へ叩きつける。
強烈な衝撃に意識が遠のいたものの、俺はまだ死ななかった。
俺の上に馬乗りになっているアデーレが、勝ち誇ったように言った。
「わたしの勝ちだ……」
「確かに、見事だよ、アデーレ……」
俺は喉にせり上がってくる血を飲み下しながら言った。
「だが、おまえは……、魔道士との戦いを知らない……、その……」
俺は左手でアデーレの腰をつかんだ。
「最期の一撃をッッッ!!!」
「なにをッ?!」
アデーレが身を離そうとする。
だがもう遅い。
「ヘルバウンド・エクスッ!」
俺に残ったすべての力を凝縮し、身体の触れ合っている部分から、アデーレの中へ流し込む。
魔力が弾け、デーモンメイルが爆発した。
その爆風を受けて、俺も死ぬ。
☆☆☆
俺はゆったりしたソファーの上で目を覚ました。
目の前には台座に載った透明な球体がある。
その向こうには、デーモンメイルを身につけたアデーレが、やはりソファーに座っていた。
俺たちは、この球体のなかで戦っていた。
これは高度なシミュレーターだった。
三年生が予約を入れた上でなければ使えないもので、俺はさっき初めてその存在を教えてもらったばかりだ。
次元点穴の調査に協力した見返りに、「いますぐなら使えるけど」と、サリーが勧めてくれたのだった。
ここは体育館の最上階にあるシミュレーター室だ。
アデーレがどうしても俺と戦ってみたいと言うので、俺たちは部室へ戻らず、ここへ直行してきた。
アデーレも目を覚ましたらしい。
吐息をついて、短く言う。
「引き分けか……」
「そうだな……、ま、ケンカしないようにしよう。ダメージが大きすぎる。死んじゃうからな」
ペルチオーネが俺の隣に姿を現した。
銀色のウサミミリボンを揺らし、頭の後ろで手を組みながら唇を尖らせる。
「マスターが、あたちを使いこなせてないのよ!」
アデーレが身を乗り出す。
「それは負け惜しみだな。わたしはおまえの空間防御を突破するためにほとんどの力を集中していたんだ。タネツケの動きなんてだいたい予想がついていたからな」
俺は言い返さなかったが、この言葉にだいぶショックを受けた。
俺の戦い方など、ほとんどお見通しだったらしい。
「フ、フーン、そっちこそ負け惜しみじゃないのー? バラバラに吹き飛ばされちゃってー」
ペルチオーネが頬をふくらませてそっぽを向く。
アデーレはそれ以上構わず、俺に向き直った。
「貴重な体験ができた。愛してるぞ、タネツケ」
「お、おう……」
アデーレこわい。
余裕の態度だ……。
強力なものとはいえ、まさか魔法の武具ひとつ手に入れただけで、俺と対等になってしまうとは。
いや、まだスペック的には俺のほうが上のはずだ。
その証拠に、クラスが違う。
アデーレは俺の手の内を知っていて、俺は戦い方がまだ素人。
それゆえの結果だろう。
それに女の子相手だと、容赦ない酷い手も考えつきにくい。
俺の弱点だ。
例えばモーサッドのような女の子が、俺の行く手に現れなければいいが……。
シミュレーター室のドアが開き、黒髪の女の子が入ってきた。
「タネツケくん、終わったのなら早く部屋を開けて!」
「あ、ああ、ごめん……」
俺のほうはまだ名前を知らないが、顔は毎朝見ている。
三年生だった。
俺たちはその子と入れ替わりに部屋を出て、部室へ向かった。
アデーレはデーモンメイルのまま歩く。
サリーに注意されたことなど無視しているようだ。
部室へ戻ると、ナムリッド以外の全員がそろっていた。
マトイが椅子を鳴らして立ちあがる。
「タネツケ、おそーい! アデーレとなにしてたの! バイク買ってくれるんでしょ!」
「あ、ああ、そうだったっけ」
悪いがすっかり忘れていた。
アデーレが俺の横をすり抜けて、席につきながら言う。
「タネツケ、それよりマイアズマ・リアクターの話をしてくれ」
「そのつもりだ」
俺はみんなに向かって言った。
「マトイ、悪いけど聞いてくれ。まず、みんなに重要な話があるんだ……」
俺はラターニア先生から聞いたマイアズマ・リアクターの話をし、みんなで教科書の該当項目を読んだ。
一通り読み終えると、マトイが目を丸くした。
「読むことはできるけど、よく意味がわからないよ」
それもそうだ、俺たちは専門家から程遠い。
せめてナムリッドがいなければ。
シャルロッテも口を開く。
「知識を持って帰ることができれば、夜の種族の知識を頼りにもできますが、ここでも多くを学ばなければなりませんね」
髪を撫でつけながら、ヒサメが続く。
「素晴らしい情報だったが、まずは生き残らないとな。明日は待ちに待った戦闘だ」
明日、マザー・アカバムのネストへ対する攻撃をすることになっていた。
戦闘は朝から始まり、最初は一―Cがマザー・アカバムのネストに派遣される。
そこから一―B、一―Aと続いて、徐々にネストの奥深くへ向かうことになっていた。
先鋒になるイリアンを励まそうと、話しかける。
「気をつけてくれ、イリアン。生き残ることを第一に考えて」
「はい! タネツケさんに買ってもらった銃、決して無駄にはしません!」
イリアンは緊張した顔だったが、しっかりとした口調でそう答えた。
☆☆☆
その晩は、ナムリッドが俺の部屋に来た。
例のあとは、当然、マイアズマ・リアクターのことが話題になる。
裸のままベッドに横たわり、教科書を指でなぞりながら、ナムリッドが口を開く。
「わたしもマイアズマ・デポなら構造をざっと一通り知ってるけど、これはどうかしら?」
俺は椅子から話しかける。
「そっちの地球で作れそうか、リアクター?」
「いくつか知らない素材と、今までの概念を覆すような装置が混ざってるわ。向こうの専門家にこれを見せて、そのあとどう転がるか……。ここでどこまで勉強できるのか……」
ナムリッドは赤い瞳をきらめかせて続けた。
「でも、こういうものが存在すると知っていれば、それを目標に研究することができる。これは希望よ……」
俺たちをこの世界に飛ばした張本人、凶人ザッカラント。
ザッカラントは世界を征服し、魔法の使用を制限することで、世界からモンスターを駆逐すると話した。
俺はもちろん、そんな言葉を信じていない。
あの男が世界平和を望むとは思えなかった。
大義名分を得るためだけの口実に過ぎないだろう。
しかし、この大義名分のおかげで、ザッカラントの野望に協力する者も現れるかもしれない。
俺が一気に皆殺しにしてしまったが、実際、アイツには多くの仲間だか部下だかがいた。
その力を使って、未曾有の大戦争を起こしかけた。
だが、マイアズマ・リアクターが作れれば、ザッカラントの正当性は失われるだろう。
アイツの野望に加担する理由はなくなる。
もっと平和で建設的な方法で、あの世界からモンスターを駆逐できるのだから。
俺はナムリッドの目を見ながら言った。
「そうだな。必ず帰ろう、みんな一緒に。もうザッカラントなんて雑魚だ」
「フフフ、頼もしいわね」
とはいえ、その帰る方法がわからない。
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