第61話世界が変わる事実
白い通路に出てすぐ右側。
そのドアの前でサリーは立ち止まった。
「あなたたちはここで待ってて」
二人の部下にそう指示して、ドアに向き直る。
「サリー以下四名到着しました」
その声に応えるように、ドアがシュッと上下に開いた。
サリーが先に中へ入り、俺とアデーレ、ペルチオーネも続く。
中は広かった。
十メートル四方はあるだろうか。
天井も床も壁も黒く、蛍光色のグリッド線が入っている。
調度品も機械類もない空間だった。
その部屋のまんなかには二人の先生が立っている。
黒いスーツを着たナムリッドと、スーツの上に白衣を着たもう一人の先生だ。
ナムリッドは、空中に浮かぶ光のキーボードや操作盤らしきものに囲まれていた。
微笑んで声をかけてくる。
「よく来たわね、二人とも。わたし、いまはいろんなことのアシスタントをしているの」
俺は率直に尋ねた。
「ナムリッド……先生、こんなところでなにをするんだ?」
「詳しいことはラターニア先生が説明するわ」
白衣を着た先生が近づいてきた。
緑の巻き毛で褐色の肌をしている。
歳は若く見えた。
白衣の先生は実直そうな声を出した。
「わたしが空間管理長のラターニアです。今日はあなたたちがデーモンメイルを手に入れたという場所を正確に教えてもらいたいのです」
俺の隣でアデーレが身を固くした。
つまらない話だと思ったのか、ペルチオーネは無言で姿を消す。
俺は部長という立場を考えて聞いてみた。
「孫受けで引き受けた討伐依頼の場所なんですが、なにか問題があったんですか?」
「問題はデーモンメイルがあったという事実です。まずは、ちょっと検査させてください」
そう言うとラターニア先生は白衣のポケットから、黒いリモコンのような装置を取り出した。
俺から見れば、スタンガンに似ている形だ。
ラターニア先生は一瞥しただけで、アデーレのデーモンメイルを見抜いた。
スタンガンのようなものをアデーレに向けて言う。
「あなた、ちょっと動かないで」
「えっ、えっ?」
アデーレが戸惑っているうちにも、その胸についたメダルへ装置を当てて、スイッチを押す。
それからナムリッドのほうへ振り返る。
「どう?」
ナムリッドは空中に浮かぶパネルを操作して答えた。
「そのデーモンメイルはこの世界に入ってから七十時間ほどしか経過していません」
「そう。じゃ、やっぱりどこかに次元点穴が開いてるようね」
ラターニア先生は俺たちに向き直って説明してくれる。
「デーモンメイルというのは、もちろんよその世界から来たデーモンです。通常ならイシュタルテアへ入ったときに入界波動が検知されます。ですが、稀に入界波動を検知できないような穴が開くことがあるのです。力の弱い存在なら、その穴を何者かが通過しても我々は発見できません。その穴のことを次元点穴と呼びます」
俺はこの前の戦いを思い出して言った。
「ボンゼン・ブードーがその穴を使ったら、こちらが気づく前に攻められてしまうんですか?」
「いえ、ボンゼン・ブードーのように強大な存在なら必ず入界波動を起こします。次元点穴を通れるのは人間やデーモンなどの力の弱い存在だけです。ただ、穴をそのままにしておくとどのように利用されるかわからないので、ただちに塞いでおく必要があります」
「なるほど」
ラターニア先生は俺たちから一歩離れて、人差し指で空中に四角を描いた。
その部分だけ、この近辺を上から見下ろした画像が浮かぶ。
「デーモンメイルを見つけた場所を指で触れて」
「ええっと……、学園がここで、街がここだから……、このあたりかな」
俺は街から離れた森の中へ、指を触れた。
途端に、部屋のなかが明るくなり、周りの黒壁が森の木々を映しだした。
右手には川も流れている。
「マップ室ってすごいな……」
俺が驚いていると、アデーレがきょろきょろしながら言った。
「もっと北のほうですよ、確か」
「指でなぞって探して」
ラターニア先生に言われて、俺は画像の上をなぞる。
指の動きに合わせて、部屋のなかの風景も、めまぐるしい速さで流れた。
俺たちの身体は、木々を突き抜けて森のなかをさまよう。
「あ、あそこ!」
アデーレが部屋の奥を指さす。
確かに洞窟の入口があった。
俺は指をそっちへ運ぶ。
「この洞窟です」
「この洞窟の前にあったの?」
「いえ、中です」
「じゃ、ここからはわたしが操作しましょう。やりかたがちょっと複雑になりますから」
ラターニア先生が手を開いたり閉じたりすると、俺たちは洞窟の中へ入った。
本来は暗いはずだが、周囲の画像は明るかった。
「洞窟の奥を下った先に、岩屋があります。魔法陣があった」
俺がそう言うと、ラターニア先生は手を複雑に動かして洞窟の奥へ進んだ。
すぐに俺たちは魔法陣のある岩屋のなかに立っていた。
俺は思いつきを言ってみた。
「この魔方陣が原因で空間に穴が開いたんですか?」
それまで黙っていたサリーが腕組みして口を開く。
「そんなはずないよ。これは魔法の儀式とも呼べないものだもの。恋愛成就のおまじないね」
「なんだって?」
「効果のほどはさておき、人目をしのんで行う必要があったんでしょ? デーモンメイルがあったのも偶然が重なっただけじゃない?」
「そうなのか、ずいぶん凝ってるな、魔法陣……」
俺が呆れていると、アデーレが奥に進んでいって指さした。
「このあたりにデーモンメイルが倒れてました」
ラターニア先生は頷いて応える。
「わかりました。ナムリッド先生、この場所をホールド、十二重に空間検知をかけてください」
「はい」
ナムリッドが返事をして、キーボードを操作する。
周囲の画像が波打ち始めた。
ラターニア先生が表情を緩めた。
「お疲れさまでした。あとはこちらで処理します。あなたたちへの用事は済みました」
俺は聞いた。
「ラターニア先生はこの世界の空間に関すること全般に詳しいんですか?」
「そうです。そうなりますね」
渡りに船だ。
俺はこの機会に、前から考えていた疑問をぶつけてみた。
「じゃあ教えてください。この世界の空間に満ちるはずのマイアズマはどうしてるんですか? 魔法を使ったさいに発生する副産物のことです」
「あなたの世界ではどうしていましたか?」
逆に質問されてしまった。
俺はもちろん、自分の生まれ育った地球ではなく、マトイやアデーレたちの地球を想定して言った。
「マイアズマ・デポという集積所を作って、マイアズマから生まれるモンスターをできるだけ一箇所に集めておこうとしていました」
「そうですか。実のところ、このイシュタルテアには、マイアズマ・リアクターというものがあります。有害なマイアズマでさえもエネルギーに変えてしまう設備です」
「マイアズマ・リアクター!?」
俺とラターニア先生の会話に、アデーレとナムリッドも耳を傾けた。
ラターニア先生は、こともなげに言う。
「マイアズマ・リアクターの原理や構造は基礎工学の教科書にも載っています。あなたがたがその知識を元の世界へ持って帰り、設備を作りあげることができれば、状況は好転するでしょう。世界が一変します」
まったくその通りだった。
世界が根底から変わる。
俺たちが生き残り、帰還することができれば。
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