第63話イリアンの武勇伝

 戦闘の朝がきた。

 いつも通りイクサ、シャルロッテと同じテーブルで朝食をとる。

 二人とも落ち着いているようだった。

 他の三年生たちも浮足立ったところはない。


 俺のほうはといえば、そうもいかなかった。

 朝食が終われば、イリアンたち1―Cが出撃する。

 最低限の準備はしてやったものの、正直なところ心配だった。

 なにしろ全員素人だらけのなかでの初陣だ。

 大きな怪我をしないで帰ってきてくれればいいが。


 授業が始まっても集中できない。

 クシナダ先生の事象学ならなおさらだ。

 時間がゆっくりと過ぎる。

 二時限目、おばあちゃん先生の集団指揮が終わったあと、トークタグが鳴った。

「イリアンです! 無事に帰ってきました! 詳しい話はお昼休みに!」

「お疲れさま、イリアン! 心配だったよ!」

 俺はそう答えたが、トークタグでつながったみんなが同様の声をあげたので、

イリアンには聞き取れなかったかもしれない。

 でも、これで一安心だ。

 隣からシャルロッテが微笑みかけてきた。

「ご無事でなによりです。イリアンさんはしっかりしたかたですから、わたくしなどは心配しておりませんでした」

「ま、俺がちょっと心配性すぎたかな?」

「そうですよ、フフフ……」

 シャルロッテが心配していなかったのは知っている。

 コイツは授業中、ずっと寝てた……。


 イリアンの無事を確認できたので、次の授業には集中できた。

 茶色い髪をしたメルリープ先生の基礎工学だ。

 俺たちの希望、マイアズマ・リアクターにつながる大事な授業だった。

 俺は集中し、出来る限りを吸収した。

 少なくとも、そう思うくらいには努力した。


 ☆☆☆


 午前の授業が終わり、昼休みになった。

 メシ時になるとペルチオーネも姿を現す。

 イクサのソードリング、リキハは出ずっぱりだ。

 このごろずっと、イクサも一緒に昼食をとっている。

 シャルロッテもイクサと仲良くなった。

 だらしないイクサの服装を、シャルロッテが直してやったりしている。

 俺とシャルロッテ、イクサ、二人のソードリングは、いつもの小集団を成してカフェテリアに向かった。


 カフェテリアに着くと、中はすでに女の子たちで賑わっていた。

 リボンの色はみんなふちなしの青。

 今日、戦闘を終えた一年生たちだ。

 軽傷を負っている子も何人かいるが、みな活気に満ちて、興奮気味におしゃべりしている。

 マトイたち二年生は、まだ一人も来ていないようだった。

 席を確保しようと見回し、イリアンの姿も探す。

 いた。

 ネコミミのついた藍色のショートボブが、こちらに背を向けている。

 向き合って座っているのは、金髪縦ロールの元お姫さま、ノーデリアだ。

 二人のまわりをたくさんの一年生が取り巻いて食事していた。

 ノーデリアが顔をあげ、俺と目が合う。

 その口が動いたかと思うと、イリアンがこちらを振り返った。

 俺は片手をあげて挨拶した。

 イリアンが席を立つ。

 まわりにぺこぺこお辞儀をしたあと、こちらへ向かってくる。


 俺たちの前まで来ると、イリアンは明るい笑顔でガッツポーズをとった。

「タネツケさん! タネツケさんやみなさんのおかげで怪我もせずに戻って来られました!」

「じゃ、積もる話もあるだろうから、いろいろ聞かせてもらおうか」

 俺は答え、みんなで席の準備を始めた。

 テーブルをくっつけていると、マトイたちもやってきた。

 それぞれ食事の用意をして席につくと、ヒサメがコッペパンをちぎりながら話を促した。

「で、どんな具合だったんだ? 最初から話してくれ」


 イリアンは話し始めた。

 1―C全員でミッションシップに乗り、巨大な洞窟へ向かったという。

 洞窟の入口は大空洞になっていた。

 そこまで上がってきたモンスターの群れを掃討するのが任務だった。

 大空洞のなかは比較的に平坦で、入り口が広いため光が入っていて明るかったようだ。

 戦闘には適した場所だったというが……。

「敵はこの前の遠征で倒したモンスターと同じタイプでした。それほど大きくもなく、積極的にこちらを襲ってくるのでも無いのですが……。そんな相手に迫っていってナイフで殺すのはすごく難しいです。特に女の子にとっては」

「そうだな……」

 俺が相槌を打つと、イリアンは続けた。

「みんな怖気づいてしまって二の足を踏んでいました。こうなったら一人だけ銃を持っているわたくしがすべてやっつけてやろうと勇気を奮い起こしたんですが……」

 イリアンは顔を上げ、離れた席のノーデリアに目を向けながら言った。

「ノーデリアさんがわたくしの剣をとって一緒に戦ってくれたんです。こちらが攻撃を始めると向こうも襲ってきたんですが、至近距離で撃ち漏らした敵を倒してくれたり、リロードの最中を守ってくれました! あとは訓練でやった通り、冷静に狙いをつけて撃って撃って撃ちまくりました。それで……」

 イリアンはすまなそうに、上目遣いで俺を見て言った。

「ノーデリアさんがいたく剣を気に入って。是非欲しいというので。タネツケさんに買ってもらった剣をお譲りしてしまいました。そのほうが、わたくしが持っているよりも剣も喜ぶかと思って……」

「そうか。ま、それはいいんじゃないか。共闘の記念にあげちゃって」

「タネツケさんならそう言ってくれると思ってました!」

 イリアンは小首をかしげて笑った。


 ふと視線を感じて目を向けると、イリアンの背後、離れた席からノーデリアがこっちを見ていた。

 左手に学生証を持ち、優雅な仕草でひらひらと振っている。

 俺はイリアンに伝えた。

「イリアン、後ろでノーデリアがなんか言ってるぞ」

「えっ?」

 イリアンは振り返り、前に向き直ると眉根を寄せた。

「学生証がどうしたんでしょうか……?」

 ショートボレロの内側を探って、学生証を取り出す。

 それを見て、イリアンは「あっ!」と声をあげた。

 興奮した面持ちで学生証を掲げる。

「クラスが! 1―Bに進級しましたっ!」

「おめでとう、さすがイリアン!」

 マトイがイリアンの肩を抱き、ヒサメも続いた。

「早く追いついてくれよ。イリアンならできる!」

 制服姿で弱気モードのアデーレも、おずおずと祝いの言葉を述べる。

「イ、イリアンもプロですから……、ほ、本気になればす、すぐですよ……!」

 落ち着いた口調でシャルロッテも加わった。

「アルバのみなさんは、全員スジがいいですよ。普段の立ち居振る舞いを見ていればわかります」

 スパゲッティーをかっこんでいたイクサが、もごもごと飲み下して口を開く。

「残った1―Cの連中は大変だな。もうモンスターを倒してくれるヤツはいないんだべ?」

 俺は希望的観測を言った。

「それもそうだけど、いざとなったらやるだろ。みんなこの世界に来たって時点であるていど選別を受けてるわけだし」

 イリアンに顔を向けて続ける。

「おめでとう、イリアン。あの様子だと、ノーデリアも進級したみたいだな。最強コンビ、継続ってわけだ」

 イリアンは顔を赤くした。

「そんな、わたくしなんて、ノーデリアさんに助けてもらってばかりで……」

「もしかしたら、向こうもイリアンに助けてもらってばかりって思ってるかもな」

「エヘヘ、そうだったら嬉しいですっ!」


 ☆☆☆


 午後からは2―C、2―Bが出撃した。

 マトイとヒサメも夕食前に帰ってきた。

 それももう数時間前のことだ。


「ちゅっちゅー」

 マトイは今、俺のベッドの中、俺の身体の上に寝そべって、くちびるを伸ばしている。

 左の二の腕には、大きめの傷パッドが貼られていた。

 マトイは軽傷を負っていた。

 キスを返してから俺は言った。

「それにしてもマトイが怪我するなんてな……」

「もう、何度めよ。アタシだってちょっと運が悪けりゃ怪我もするわ」

「何度も聞かずにいられないくらいショックってことだよ、俺には」

 マトイが胸に頭を乗せてくる。

 髪の毛が俺のあごをくすぐった。

「強靭で素早かったのよねー、アタシたちの敵。一発二発じゃ死なないし、接近戦が得意な子たちの壁を抜けられちゃって。銃で殴るのなんて久しぶりにしたよ。壊れちゃって修理に出してる」

「それは初めて聞いたぞ。元通りになるかな?」

「どうだろう? 少し不安。魔法でもなんでも、もっと強力な力をつけないとキツイかも。実績があれば銃を直すついでに強化してくれるって言ってたけど。肝心の実績がどうだか……」

「ふーん……」

 マトイが青い瞳で見つめてくる。

「ネストの奥に行くほど、桁違いに強力な怪物が出てくるって。タネツケも油断するとやられちゃうかもよ?」

 マトイの髪を撫でながら答える。

「ああ、油断はしない。アデーレとのシミュレーションは勉強になったよ。短時間で殺されちゃったからな。それに一人で戦うわけじゃないし」


 シャルロッテやイクサ、サリーは頼りになるだろう。

 しかし、具体的な名前は挙げない。

 この場ではマトイの不興を買いかねなかった。


 マトイが首に腕をまわしてきて、妖しく体勢を整えながら言った。

「無事に帰ってきてね」

「ああ、帰ってきたらバイクを注文しにいかなきゃな!」

「あっ! 死んでも帰ってきて! お金だけはなくさないで!」

「むむ……?」

 ちょっと気に障ったのでマトイを懲らしめてやろうとしたが、反対にとても喜ばれることになってしまった。

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