第54話購買棟・献花台

 けっきょく武器が第一優先。

 値段の相場がわからないので、金が余ったら部室の備品を整える。

 そういう話に決まった。


 部室棟を出て、全員で購買棟へ向かう。

 陽射しは爽やかで、離れた場所から重機の動く音が聞える。

 空気に煙の匂いが混じっていなければ、大戦闘があったなどとは思えない穏やかさだった。

 俺たちのほかには誰もいない陸上トラックを通り過ぎ、校庭の端にさしかかる。

 校庭ではガタゴトと重機が動き回っていた。

 二本腕で背部に積まれた円筒をあちこちに設置している。

 昇降口の前では、十数人の女の子たちがその作業を見守っていた。


 崩れて止まった噴水の横を通ったとき、ヒサメが俺に顔を向けて口を開く。

「イリアンにはどんな武器を持たせるんだ? 決まってるのか?」

「ああ……」

 あたりはつけてある。

 この世界にやってきた初日、サリーの部下である女の子はサブマシンガンを持っていた。

 銃の素人であるイリアンにサブマシンガンは危険だが、そんなものがあるのなら、もっと小型の拳銃があってもおかしくない。

 俺は答えた。

「イリアンには銃がいいと思うんだ」

 マトイが驚いて振り返る。

「銃も取り回しに慣れるまで大変だよ。イリアンに使えないとは言わないけど」

 マトイの言い分ももっともだが、見当違いでもある。

 俺は説明した。

「マトイの持っているような長い銃じゃないんだ。片手に収まる小型のもので、火薬を使って弾を撃ち出す。この世界なら、そういう種類の銃がある可能性が高い」

 イリアンが不安そうな声を出す。

「そんな未知の武器がわたくしに扱えるでしょうか……?」

「扱いは、できるだけ簡単そうなものを選ぶよ。俺もそんなに詳しいわけじゃないけど、無知でもない」

「よ、よろしくおねがいします」

「任せとけって」


 それから俺たちは魔法棟の前、吹き飛んでえぐられた芝生と道を迂回する。

 回り込んだ先が購買棟だった。

 俺は初めて目にするが、すぐにそれとわかる。

 俺から見て現代的な、ショッピングモールにそっくりな建物だった。

 ガラスドアを開けて中に入ると通路が広く、かなり余裕をもった造りだった。

 こんなところもショッピングモールによく似ている。


 入ってすぐのところは衣料品と日用品が並んでいた。

 あたりまえだが、女物ばかりだ。

 先頭のヒサメがキョロキョロと辺りを見回す。

「武器はどこだろうな。この前来たときは見なかったんだ」

 店内の奥に、色調の黒っぽいコーナーが見えた。

 俺はそこを指差す。

「向こうだ。槍が立てかけてある」

 俺たちは生徒のまばらな店内を進んで、武器が陳列されている一角に入っていった。

 剣、槍、鉾に弓が並ぶ。

 行き止まりには長いカウンターがあり、そのカウンターの上には、思惑通り銃器が並べられていた。

 ハンドガンが多い。

 黒のレザーファッションに身を包んだ店員さんが、カウンターの向こうに立っている。

 髪の毛を逆立て、首と手首には鋲のついたバンドを巻いていた。

 穏やかでない格好の店員さんは、俺とシャルロッテに興味を引かれているようだった。

 俺は男だし、シャルロッテにはボディステッチのような首の傷がある。

 そのせいだろう。


 俺たちの中から、アデーレが一歩先に飛び出して店員さんに声をかけた。

「鎧は? 体全体を覆うフルプレートはありませんか……!」

 店員さんは腕組みをして小首をかしげた。

「ないねぇ。防具の類はないんだよ。その制服は半端な防具より優秀だし、それ以上を望むなら、防護法を技として身につけてもらうためにね」

「そうなんですか……」

 アデーレは肩を落としてうなだれた。

 その隣で、マトイが青い瞳を丸くして声をあげる。

「これが全部銃なの!? すごーい! 確かに銃っぽいけど、どうしてこんなにちっちゃいの?」

 俺は思いつきを言ってみた。

「アルコータスの世界じゃ、マナ・ファクツで弾丸を発射していたろ。その機構をコンパクトにできなかったんだ。こっちの銃は火薬で弾丸を撃ち出す」

 店員さんが身を乗り出してきた。

「ウチではマナ・ファクツで動作する武器も用意できるけど、そっちに実績がなければ出せないね」

 それから俺に好奇の目を向けてくる。

「あんたが噂の男子か。ここにはドリフティング・ウェポンよりいいものなんてないよ」

「ああ、俺は間にあってる」

 俺は親指でイリアンを示して続ける。

「彼女の武器が欲しいんだ。小柄だから銃にしようと思って」

「どんなものがいいんだい? フィーリングで言ってかまわないよ」

 俺は銃に関する浅い知識を総動員して、イリアンの有利になるよう考えた。

「リボルバー、銃身は短くて小型のもの。反動も少なくて扱いやすく、メンテナンスも簡単なものがいい」

「わかった」

 店員さんは二三歩移動し、銀色のハンドガンを手に取って戻ってきた。

 それをカウンターの上へ置く。

 日本の警官が使っている銃に似たものだった。


 店員さんが言う。

「これで合ってると思うよ。名前はプチ・プライベート。初心者向きだ」

 俺は銃を手に取り、重みを確かめながら聞いてみた。

「これは役に立つかな……? その、授業っていうか戦闘っていうか、出会う敵に対して……?」

「一、二年生のうちなら十分だ。多数の敵に取り囲まれたりしなければな」

 俺は手のひらを開いて、握った銃をイリアンに見せる。

「これでいいか、イリアン? プロのお勧めだ」

 イリアンはごくりと喉を鳴らしてから答える。

「よ、よくわかりませんから、タネツケさんの判断に任せます」

 俺は店員さんに向き直って言った。

「じゃあ、これにしたいけど、値段は……?」

「五万クレジット」

「そんなに安いのか! 弾は?」

「その銃なら一発五十クレジット」

「それなら、とりあえず百発欲しい」

「他にメンテナンスキットとホルスターが要るだろう? ヒップか、ショルダー、どっちにする?」


 腰につけるか、脇の下につけるか、か。

 あやふやな知識で聞いてみる。

「確か、ショルダーのほうが安全なんだっけ?」

 店員さんは肩をすくめて答えた。

「自分の足を撃たずに済むが、後ろの仲間を撃つかもしれないぞ。だいたい集団戦闘になるからな。それにショルダーも、制服の上につけないと危険だ。ショートボレロの下につけた場合、抜くときに暴発したらショートボレロの内側が弾をはじくから、跳ね返った弾で自分がケガをする可能性が高い。気をつけてくれ」

「それは……ご丁寧に……どうも」


 マトイの持っているアルコータスの銃なら暴発することはない。

 やっぱり火薬の銃には、ある程度の危険がつきまとうな……。

 それでも敵に対して頼りになるのは間違いない。

 この世界では銃を隠して持つ必要もないし、ここは完全に好みの問題だ。


 俺は身振りで示しながら、イリアンに聞いた。

「左の脇の下につけるのと、右の腰につけるのとどっちにする?」

 イリアンは眉根を寄せて答える。

「う~ん、武器ですから、やっぱり腰でしょうか……?」

 それを聞いた店員さんが言う。

「じゃあヒップだな。メンテナンスについては応用工学の教科書を読め。載ってる」

 店員さんはさらに続けた。

「銃五万、ホルスター一万、メンテナンスキット一万、弾五千。しめて七万五千クレジットだ。校則で、まけたりおまけを付けたりしてやることはできない。武器はな。金は十分か?」

「余裕だね」

 俺が答えたところへ、黙って話を聞いていたマトイが口を挟んでくる。

「それなら! アタシもひとつ欲しい! 小さな銃!」

「いいとも。マトイならすぐ慣れるだろうから、好きなものを選べばいいよ」

「やったーっ! さすが、ぶちょー!」

 マトイはショートの黒髪を弾ませて喜ぶ。


 俺は全員に向けて言った。

「みんなも必要なものがあったら、いま買ってしまおう。アデーレは自分の武器の他に、イリアンに合う剣も探してやってくれ。六発込めのハンドガンだけじゃ不安がある」

 返事をして、みんなが店内に散らばる。

 もともと戦うことを仕事としていた女性陣だ。

 武器の物色は楽しそうだった。

 一時間くらい、あっという間に過ぎた。

 けっきょく買ったものは……。


 イリアンが最初の銃と、細身の剣。


 マトイはイーグル・アイという大型自動拳銃。


 ヒサメは弓の弦だけだ。

 前の世界から持ってきた矢が、まだたくさんある。


 鎧のないことに気落ちしながら、アデーレが選んだのは二つ。

 モーニングスターと、頑丈そうな片手剣だ。


 シャルロッテは手ぶらだった。


「いいのか?」と聞いたとき、えらいものを見せられた。

「わたくしには……」と、指先を上にして、右手の甲を俺に向ける。

 なにをするのかと思ったら、その爪が瞬時に鋭く伸びた。

 長さは三十センチ以上。

 爪を元へ戻して、「……これがありますから」と言う。

 俺は納得した。

 すべての品物が、それぞれの紙袋に詰め込まれた。

 支払いのために学生証を差し出しながら、俺は疑問を店員さんに聞いてみた。

「こういうものはどこで作ってるんだ?」

 店員さんは隠すこともなく教えてくれた。

「ほとんどは他次元からの輸入さ。もっとグレードの高い特殊な武器は、退学者の街で作っている。ドリフティング・ウェポン級となると……」


『ドリフティング・ウェポン』という言葉を聞いて、はしゃいでいたみんなが注意を集中する。

 店員さんは皮肉っぽく口を歪めて続けた。

「マザー・アカバムの産み出す、魔人の身体にくっついていたりする」

「どういうことだ……?」

「マザー・アカバムも無から怪物を生み出してるわけじゃない。次元間物質から元素を吸いあげてるのさ。そのときに、漂流しているドリフティング・ウェポンを巻き込むといわれている。ドリフティング・ウェポンが含まれていれば、その力で怪物は強力なものになる。だから、魔人クラスが身につけていたり、その身体の中に入っていたりするのさ」

 あまりの突飛さに、俺たちは言葉を失ってしまった。


 気を取り直す調子でマトイが口を開く。

「これから体育館の二階へ行って試し撃ちしない? 部活よ、部活」

 俺は知らないが、体育館の二階は射撃場になっているらしい。

 店員さんに礼を言って、ここを後にしようとしたとき、夕食の時間を告げる放送が流れた。

「時間切れだな。備品購入と試し撃ちは明日の部活だ」

 などと落ち着いた口調で言いながら、俺はハッとした。

 俺にも入り用のものがあったんだ!

 あれはできるだけ早く入手したいッ!

 俺は焦りながら言った。

「みんな! 衣料品のコーナーだ、急げ! パンツを探してくれ!」


 ☆☆☆


 慌てて衣料品コーナーに駆け込んだものの、あるのは女物ばかりだ。

 早くしないと夕食を食いそびれてしまう。


 マトイが諦め顔で、ハンガーにかかった一枚を掲げる。

「もうこれで手を打っといたら? かわいいし」

 青と白の縞パンだった。

「いや、それはどうだろう」

 俺もここは引かない。


 そこへヒサメが、なんかヒラヒラしたものを持ってくる。

「これならどうだ! 男女の区別はあるまいッ!」

 それは黒のTバックだった。

 前の布地が少なすぎる。

「それ、前がはみ出しちゃうだろ……」

 俺は納得できない。


 アデーレがもじもじしながらつぶやいた。

「わたし、タネツケくんがこういうのつけててもいいと思います……」

 手にしているのは、縁をピンクのフリルに囲まれ、股間のまんなかに赤いバラの刺繍がしてある黒いビキニだった。

 突っ込まずにはいられない。

「どっから見つけてきたんだよ、そんなの」


 やはり女物しかないのか。

 俺は危機感に捕らわれた。

 男の下着が、もらった分の白ブリーフしかないとしたら……。

 そのうち黄ばんでしまーうッ!


 救いの手はイリアンから差し出された。

「ありましたっ! これなら間違いありません!」

 イリアンが見つけてきたのは、グレーのボクサーパンツだった。

「いいぞ、イリアン! それだッ!」

 俺はやっと、安堵の吐息をつくことができた。

 俺はその、女の子用にしては大きめサイズのボクサーパンツを十枚、あるだけ買った。


 買い物終えて、購買棟を後にする。

 みんなは昇降口の武器ロッカーに、荷物を置きに行った。

 俺とシャルロッテは寮へ直行する。

 夕暮れの庭園を通りぬけ、寮の前まで来たとき、中から三人の女の子が出てきた。

 まんなかの女の子は嗚咽を漏らしてしゃくりあげ、両脇の二人が慰め、支えて歩いてくる。

 三人とも涙を流していた。

 リボンの色からして二年生だ。

 なにがあったのか……?

 俺とシャルロッテは立ち止まって三人を見送ったあと、寮のロビーへ入っていった。

 ロビーの様子が違う。

 入ってすぐ左側に、白い献花台が設えられていた。

 台の上には、赤、黄色、青、紫のバラがたくさん供えられている。

 花々を見おろすようにして、壁に二人の少女の写真が掲げられていた。

 その二人のはにかんだような笑顔には、見覚えがある。

 同じクラスだった。

 今日死んだという、セルネガとルイームだろう。

 さっきの女の子たちは、直接交流のあった後輩に違いない。

 死が急に間近へと迫ってきた。

 これもこの世界の現実だ。

 気分が沈む。


 傍らの壺から青いバラを抜き取りながら、俺は言った。

「これで終わりだとすると、ドライなもんだな……」

 この学園はパッと見の明るさとは裏腹に、死と隣り合わせだ。

 死者の出るたびに、盛大な葬儀もしていられないだろう。

 騒ぐ遺族もいない。

 心が折れて退学することになる者が出るのもわかる。

 シャルロッテは紫のバラを選びとりながら、口を開いた。

「噂を聞いたのですが、この世界で死んだ者は、もと来た世界に帰るのだそうですよ」

「それは本当か……?」

「試してみるには危険が大きすぎますね」

「そうだな……」


 俺は献花台にそっとバラを供え、静かに一礼した。

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