第55話新しい友達?

 沈んだ雰囲気のなかで夕食を済ます。


 空気が重いというだけじゃなかった。

 人数も少なくなっていた。

 三分の一は減っていたし、イクサとモーサッドもいなかった。

 夕食に顔を出さなかった生徒は、たぶん負傷して治療中なのだろう。


 部屋に戻るとペルチオーネを引き抜き、ソードリングを消してからゆっくりとシャワーを浴びる。

 頬に貼った傷パッドはすでに皮膚と同化していて、水も入らなかった。

 風呂から出ると、買ったばかりのボクサーパンツにはきかえ、俺はすぐに寝た。

 この晩は訪れる者もなく、ぐっすりと眠れた。


 ☆☆☆


 朝になって食堂に行ってみると、もうだいぶ活気を取り戻していた。

 割り切りの早い女の子たちだ。

 女神にもなろうかという戦士たちなのだから、当然のことかもしれない。

 昨日の夕食に来なかった子たちも戻ってきていた。

 見る限り負傷者らしい子はいない。

 俺を無視していたが、モーサッドもいる。

 みんな一晩で傷を癒してしまったようだ。


 俺は例のごとく、空いているテーブルにシャルロッテと向いあって座った。

 左隣はペルチオーネだ。

 少しして、ボサボサ髪のイクサも姿を現した。

 驚いたことに、赤い和服を着たソードリング、リキハも一緒だ。

 もう隠すつもりはないのか、それともいままでなんらかの理由があって、ソードリングを出せないでいたのか。

 どちらにしろ、イクサの足首につながった鉄球はいま、おかっぱ頭のリキハが抱えて歩いていた。

 イクサは両手で食事の載ったトレイを持ち、俺たちと同じテーブルに来た。

 前と同様、俺たちとは離れた端に腰かけるかと思いきや、俺のほうへ近づいてくる。

 無表情なリキハも滑るように続く。

 俺に用があるのかと待ち受ける。

 だが、イクサは手の届く距離に入ったとたん、踵を返して離れていった。

 そのまま向こうの端まで行ったかと思うと、またこちらへ戻ってくる。

 うろうろと往復を繰り返す。


 シャルロッテが表情を変えずに、くすりと笑った。

 イクサが何度めかに近づいてきたとき、俺は右隣の椅子を引いて声をかけた。

「ここに座れよ、イクサ。一緒に食べよう」

「へ、へへっ」

 イクサは短く笑って応え、俺の隣にトレイを置くとリキハの分の椅子を引いてから腰をおろした。

 ソードリング・リキハは鉄球を持ったまま、背筋を伸ばして椅子に座る。

 俺は聞いてみた。

「俺のペルチオーネみたいに、リキハは食べたり飲んだりしないのか?」

 クロワッサンに手を伸ばしながら、イクサが答える。

「ぐふふ、フツーは食わねぇよ。アンタのソードリングが変わってんだよ」

「みんなそう言うな……」

 目を向けると、ペルチオーネはまったく気にする様子もなく、食事に夢中だ。

 俺は続けて質問してみた。

「イクサはいくつなんだ? 歳」

「じゅ、十五……」

「ふーん、まぁ見た目通りか。最初のときはなんであんなにヒドイ身なりだったんだ? どこかに閉じ込められていたのか……?」

「アタイにも色々あるんさぁ」

「そうかもな。ところで、まだ俺を子分にするつもりなのか?」

「ぐふふ……」

 イクサはまともに答えず、スープの皿を取ってかっこみはじめた。

 コイツも変わったヤツだ……。

 地球を離れて以来、周りが変わってるヤツばかりなので、標準がわからなくなってきている。

 俺はふと思いついて、シャルロッテにも聞いてみた。

「そういえば、シャルロッテの歳も知らなかったな。いくつ?」

「フフフ、若いですよ。夜の種族のなかでは」

「ふーん、何歳?」

「フフフフフフフフフフフフフ」

 口もとは微笑んでいるが、目は笑っていなかった。

 これ以上詮索するのは、よしておこう。


 ☆☆☆


 支度を整えて教科棟へ向かう。

 出入口で待ち構えていたイクサも一緒だ。

 俺とシャルロッテとイクサ。

 それにペルチオーネとリキハも入れて、総勢五人。

 こうなるとちょっとした一団だ。

 教科棟に入ると、昨日までとは質の異なる注目を浴びた。

 尊敬と羨望の混ざった眼差しというか……。

 俺たちが進んでいくと、下級生たちはわざわざ立ち止まって見送ってくれる。

 みんなが端で立ち止まるものだから、俺たちは廊下の真ん中を歩くしかない。

 なんなんだろう……。


 俺たち、すっごく偉そうな一団と化しているッ!


 そんな振る舞いをするつもりは、まったくないのだが……。

 この状況に気づいて、俺は歩きながらツバを飲み込んだ。

 教室に着くとほっとするばかりだった。

 ペルチオーネはあくびとともに姿を消したが、リキハは残った。

 昨日と同じ席に着くイクサの隣に座って身動ぎひとつしない。

 俺とシャルロッテも昨日と同じ席に着いた。

 授業が始まる直前になって、クラスの人数が四人も減っていることに気づいた。

 休み時間にサリーに聞いたところ、死んだ二人の他に、別な二人が三―Bに進級したのだという。

 昨日の戦いの功績によるものだとすると、俺が進級できないのがちょっと不思議だ。


 基礎工学、戦術地理、生存戦略と座学が三時間続いて昼休みとなった。

 またイクサも一緒だ。

 これではまるで俺を手下にしようとしていたイクサのほうが、俺の配下になってみたいだ。

 俺たちは今朝同様、気まずい偉そうな一団と化して教科棟を抜け、カフェテリアに向かった。

 カフェテリアに着き、店内に入ると、すぐにマトイの声が聞こえた。

「タネツケ、シャルロッテ! こっちこっち!」

 見ると、テーブルをくっつけて広い面積を確保した席で、アルバの全員がそろっていた。

 スーツ姿のナムリッドも手を振っている。


 昼食はバイキング形式だった。

 ソーセージにスクランブルエッグと、食べたいものを選べる。

 食べ物を皿に取っていると、ペルチオーネが目を輝かせた。

「すてき!」と声をあげて、ソーセージの載った大皿をまるごと持ちあげる。

 俺は焦った。

「バカ、やめろ! 皿に取れ! 全部はダメだ!」

「えー」

 給仕係のお姉さんが困ったように笑う。

「全部食べられるなら、別に持っていってもいいわよ?」

「す、すいません……」

「いえーいっ!」

 俺が頭を下げているあいだにも、ペルチオーネは口にフォークをくわえ、両手に大皿を持って席のほうへ行ってしまった。


 ため息をつきながら、俺も続く。

 イクサとシャルロッテも食べ物を持って席に着いた。

 俺はイクサをみんなに紹介する。

「新しい友だちの……、で、いいのかイクサ?」

「キシシシシ……」

 イクサは肯定するでも否定するでもなく、照れ隠しのように笑う。

 俺は続けた。

「まあ、イクサだ。初日に衝撃的な登場をしたから、みんな覚えてるだろ」

「そっちの子は?」

 マトイが目で示して聞いてくる。

 鉄球を抱えて無表情で座るリキハのことだ。

 俺は答えた。

「ソードリング・リキハだ。抱えている鉄球がドリフティング・ウェポンで、本体ということになるな」

 みなが感心したような声をあげる。

 その後、みなはイクサに対して各々自己紹介をした。

 最後にナムリッドが身を乗り出してきた。

「昨日は大変だったわね、タネツケもイクサちゃんも。タネツケが戦っていた場に、イクサちゃんもいたのよね」

 俺の斜め前で、納得したような顔をしてヒサメが口を開く。

「なるほど。戦いでいいところを見せて、たらしこんだか。いつも通りの手口だな、タネツケ」

「ぶふっ?!」

 吹き出してしまったが、言い返す。

「そんなこというなよ、周りに女の子しかいないんだから、友達ができるとすれば女の子になるだけだろ」

「そういうことにしておくか」

 ヒサメは涼しげな顔でそう答え、緑色のゼリーを口に運び始める。


 俺たちはおしゃべりを交えながら、昼食をとった。

 食事をしながら周囲を見回してみると、ほとんどの教師や生徒は、だいたい三、四人のグループでひとつの席を囲んでいた。

 だが、もっと大人数のグループもいくつかあった。

 モーサッドが率いているらしい、二年生中心のグループ。

 サリーが混ざっている、二年、三年混合グループが一番人数が多いかもしれない。

 一年中心でも、目立つグループがあった。

 縦ロールの金髪をした、ノーデリアが中心に座っている。

 同じクラスのイリアンによると、ノーデリアは本当に一国のお姫さまだったらしい。

 気は強いが努力家で、気風もよく、見た目通りの人気は本物、ということだった。


 そして、俺たちのグループも、けっこうな大所帯となっていた。

 新たに加わったイクサは、過去のことは話したがらないものの、それ以外についてはたどたどしく会話に混ざる。

 仲良くしていこうというつもりはあるらしい。

 マトイがイクサに聞いた。

「イクサちゃん先輩も入る? アルバ部」

 イクサが年下と判明したので、そんな呼び方になっていた。

 イクサのほうは、まんざらでもない様子で答える。

「考えとくわぁー」

 イクサが入ればかなりの戦力アップになるが、俺たちには別に試合をする相手がいるわけでもないし。

 好きにすればいい。

「気が向いたらいつでも言ってくれ」

 と、俺は付け足した。

 それから俺たちは放課後に行う部活の内容を話し合い、昼食を終えた。


 午後からは、とうとう身体を動かす授業が始まる。

 体育館での、近接戦闘と徒手格闘の二時間だ。

 俺とシャルロッテ、イクサの三年生組は、直接体育館へ向かう。

 そこでは、ずいぶんバッキリと、プライドをへし折られることになった。

 先生による技術指導のあと、生徒同士で組手を行う。

 女の子たちはみな素早く、力も強かった。

 近接戦闘は木剣を使っての剣術だった。

 剣術なんてものは、けっきょくのところ頭脳戦だと思い知ることになる。

 なんでもありの実戦ならともかく、整然としたルールのなかでの技術勝負では、まったく敵わない。

 徒手格闘も同様だ。

 組手の相手はサリーだった。

 俺は華奢なサリーに、ごろごろと転がされるばかりだった。

 シャルロッテとイクサはけっこう様になっていた様子だったけど、俺はてんでダメだ。

 姿を現して応援してくれるペルチオーネの声援も虚しい。

 初体験のことなんて、こんなものだろう。


 やれやれ……。

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