第53話褒賞

 死亡者の発表なんかするから、急に心配になってきた。

 ゆっくり歩きながら、トークタグでナムリッドとシャルロッテに連絡をとる。

 二人とも無事だった。

 ナムリッドのほうはだいぶ忙しいらしい。

 戦闘には加わらず、管制室で補佐の仕事をしているという。

 シャルロッテのほうは、ちょうどこちらへ向かっている途中だと言っていた。

 残ったアルバのメンツはカフェテリアにいるはずだ。

 他に知り合いといえば、サリーのことが気にかかるが、いまは安否の確認をする術がない。


 庭園の終わりに近づき、カフェテリアが目に入ったとき、ちょうどその出入口が大きく開放された。

 女の子たちが溢れるように出てくる。

 一、 二年生たちだ。

 トークタグが起動し、マトイの声が耳に入った。

「タネツケ、いまどこっ! 無事なのっ?」

「いまはもうカフェテリアの前だよ。顔を出せばすぐ見つかるさ」

 俺は教科棟のほうへ向かう一、二年生の流れに逆行して歩いていく。

 出入口にマトイたちが顔を出し、走り寄ってきた。

 俺たちはカフェテリアの出入口へ続く階段の下で合流した。

 マトイ、ヒサメ、アデーレ、イリアンの四人はみんな、いくぶん動揺しているようだった。


 俺の頬を見て、マトイが眉をひそめる。

「ケガしたの?」

「どうってことないさ。かすり傷だよ」

 実のところ、鬼っ子のモーサッドにつけられた傷であることは言わなくてもいいだろう。

 ネコミミを震わせ、不安な目の色でイリアンが聞いてきた。

「いったいなにが、どうなってしまったんですかぁ……?」

「みんなは見てないのか。初日に教えられたボンゼン・ブードーってのがやってきたんだ。山のように巨大なヤツだった。そいつはすぐ消えたんだけど、置き土産を残していってね……」

 俺はそこから始めて、戦闘のあらましを話して聞かせた。

「……というわけで校庭は戦場のようにボロボロだ。じっさい戦場だったんだけど」

 俺の隣で、ペルチオーネがまだ得意そうしてつけ加えた。

「まあ、あたちがついているからには、勝利は確実なのよ」

 ヒサメが腕組みしながら眉根を寄せる。

「しかし、タネツケでそんな調子なら、わたしたちじゃまったく手足が出ない相手だな……」

「あの、すいません、ごめんなさい、ひとつわからないことがあるんですけど……」

 と、アデーレが申しわけなさそうに口を開く。

「……そもそも、タネツケくんはなんで体育館の裏なんかにいたんですか、食事の時間に?」


 うッ、それを聞くのかッ?!


 鋭いヤツだ、アデーレッ!


 真実を……、ニセの手紙で呼びだされてイジメを受けかけていたとは、とても言えたもんじゃないッ!


 俺はどもりながら答えることになった。

「あ、う、えっとー、ボランティア……?」

「なんか怪しいっ!」

 そうマトイが突っかかってきたとき、放送が流れた。

『午後の授業はすべて休講となります。今から三十分後に、体育館一階で今回の戦闘の説明会を行います。出席は任意です。くりかえします……』

 イリアンが声をあげた。

「これは出席いたしませんと!」

 マトイが俺に顔を寄せてきた。

「じゃあ、道すがら、真実を詳細に語ってもらいましょうか?」

 そこへペルチオーネが腰に手を当てて言い返す。

「あたちたち、これからごはん食べるの」

 俺も続いた。

「俺たち、だいたいのことは知ってるからいいよ。それより昼飯食べてないから腹減っちゃってさ」

「そ、じゃ、あとで聞くから!」

 マトイがぷいっとそっぽを向いて歩き出す。

 ヒサメがそれに続きながら、俺を指さした。

「逃げるなよ」

 ぺこぺこしながらアデーレが通り過ぎる。

「すいません、ごめんなさい、余計なこと聞いちゃったみたいで……」

「わたくしは、プライベートなことをあまり詮索しちゃいけないと思います」

 最後尾についたイリアンは、ちょっとだけ俺の肩を持ってくれた。


 四人が行ってしまうと、俺はため息をつきながらカフェテリアに入っていった。

 店内は他に客もいない。

 みんなさっき出て行ったところだ。

「ペルチオーネ、おまえはなんにする?」

 元気な声が返ってくる。

「カツどーん!」

「そうだな、やっぱりかつ丼だな」

 昨日のカウンターまで行くと、まったく落ち着いた様子のお姉さんが立っていた。

 少々違和感を覚えながら、カツ丼を二人分注文する。

 お姉さんは裏へ行き、三十秒ほどで戻ってきた。

「はい、どうぞ」と、ほかほかのカツ丼二人前とフォークの載ったトレイをカウンターに置く。

 俺は財布代わりの学生証を差し出しながら、つい聞いてしまう。

「落ちついてますね、外では大戦闘があったのに」

 お姉さんは学生証をカードリーダーに通して、にこやかに言った。

「わたしたちも元はここの生徒だから、少々のことには動じないわ。いざとなったら、自分の身を守るくらいのことはできるし」

「なるほど、そういうことか」

 学生証が返される。

 俺はそれに目を落としてぎょっとした。

 残高の部分に、九が並んでいる!

 九百九十九万に端数……。

 一瞬、なにかバグ的なものかと焦ったが、すぐに思いなおした。

 これは、ボンゼン・ブードーの分身を倒したことに対する褒賞だ。

 ツケの分が引かれているが、一千万クレジット加算されたらしい。

 これがあの怪物の値段だ。

 この学園でこんな金額の使い道があるのかは知らないが、ないよりはいい。

 学生証をポケットに納めると、お姉さんが少し悲しげに言った。

「あなたほどの力はないかもしれないけど、ね」

「俺も運がよかっただけですよ」

 そう答えて、トレイを手近なテーブルに持っていって食事を始めた。


 俺とペルチオーネが丼をかっこんでいると、ちらほらと三年生の客がやってきはじめた。

 俺同様、一息つくためだろう。

 俺と目が合うと、みな静かに会釈してくれた。

 俺も食べながら、頷き返す。

 今朝までとは違って、俺に対する認識が変わったようだ。

 食べ終わってしまうと、強烈な眠気が襲ってきた。

 たぶん、フルブーストを使ったせいだ。

 耐え切れず、テーブルに突っ伏してしまう。

 横でペルチオーネの声がする。

「あたちもねむねむ……」

 俺はいつのまにか本気寝に入っていた。


 ☆☆☆


 肩を揺すられて起こされる。

 マトイの声がした。

「すごいじゃない、タネツケ!」

「んあ?」

 顔をあげてみると、ペルチオーネが口を大きく開けて伸びをしているところだった。

 向かいの席には、いつのまにかシャルロッテが座って紅茶をすすっている。

 首を巡らせると、いつもの四人が俺の席のまわりに立っていた。


 興奮冷めやらぬ様子でマトイが続けた。

「ボンゼン・ブードーのスポーンを最初に倒したって、説明会で紹介されてた」

 向かいでシャルロッテが口を開く。

「あなたのとった戦法が、『今後同様の事態になった場合、最初に試してみるべき戦術』として解説されたのです。画像つきで」

 右隣ではアデーレが目を潤ませて言った。

「女の子を助けずにおけないなんていつも通りです! さすがタネツケくん!」


 俺はやっと頭がはっきりしてきた。

 前後の時間がつながり、状況が飲み込める。

 説明会で俺のことが大きく扱われたらしい。


 ヒサメが一枚の紙切れを突き出してきた。

「おまえが英雄扱いされてるどさくさに紛れて、部室の使用許可をとったぞ! おまえの名前で!」

「なにい?」

「部長はおまえ、顧問は予定通りナムリッド。戦技向上を図るための研究会、その名も『アルバ部』だ!」

「アルバ部ね……変だけど、まあいいか」

 ヒサメが目を輝かせる。

「じゃあ、さっそく部室へ行ってみよう!」

 珍しくはしゃいだ様子のヒサメを先頭にして、俺たちは部室棟に向かった。


 庭園を通りぬけ、陸上トラックに出る。

 ここら辺は戦いの痕跡もなく綺麗だ。

 だが、右手からのぞめる校庭は無残なものだった。

 焼けた敷石の上を、見たこともないタイプの重機が何台もうろついている。

 修復作業の一環なのか、円筒の機械をあちこちに設置していた。

 部室棟は左手、トラックの奥だから無事だった。

 飾り気のない四角い三階建ての建物だ。

 そこへたどり着き、ガラスドアを開けて、ぞろぞろと中へ入る。

 ここの空気は、かすかに甘いような、すえたような匂いがした。

 青春の汗の匂いが染みついている。


 ヒサメが奥へ向かいながら言う。

「わたしたちの部室は一階右側の一番奥だ」

 みんな出払っているらしく、静かだ。

 引き戸の並んだ廊下を進んで、目的の場所についた。

 ヒサメが戸を開けて中へ入ると、俺たちも続いた。

 思ったより広い。

 正面には大きい窓。

 部屋の真ん中には長テーブルと、それを囲むパイプ椅子。

 左の壁は作りつけの棚で、右の壁際にはハイテク要素のないホワイトボードが立っている。

 奥の隅には水道の蛇口とシンクも付いていた。


 ヒサメがパイプ椅子のひとつに腰をおろしながら言った。

「すぐ隣はトイレだが、悪くないな」

 イリアンがあごに手を当てながら言う。

「水が使えるなら、なにか備品が欲しいですね。お茶をいれる道具とか……」

 アデーレが顔を赤らめながらつぶやいた。

「べ、ベッドとかあってもいいかも……」

 イリアンまで顔を赤くしてたしなめる。

「ここは神聖な部室ですよ! なにをするつもりなのアデーレ!」

 俺の隣では、ペルチオーネが口を尖らせる。

「お菓子買ってー」

 マトイが腕を組んで難しい顔をして言った。

「なにを買うにしたってお金よねー。ツケもどこまで利くんだか……」


 お。


 俺の出番か。


 俺は尻のポケットから学生証を取り出して、テーブルの上に置いた。

「金のことなら心配するな!」

 言ってやった、言ってやった!


 マトイが俺の学生証を取りあげて、残高を確認する。

「きゅうひゃくきゅうじゅうきゅう……まん? すごいよ、ぶちょー!」

「ハッハッハッ!」

 俺はふんぞり返って笑ってやった。

 ヒサメが勢い込んで立ちあがる。

「金があるなら善は急げだ! 購買棟に買い物へ行こう!」

 また移動か。

 落ち着きがないな、俺たち。

 それに『購買棟』で『買う』と聞いて、俺にはなにかが引っかかった。

 きゃあきゃあと騒ぎながら出て行く女性陣の後ろについて、何気なくイリアンの後ろ姿を目で追う。

 ショートボレロの裾の下、腰の後ろにつけられたナイフがちらっと見えた。

 それで気がつく。

 これだッ!

 俺は後ろから声をかけた。

「ちょっと待ってくれ、みんな! 部室の備品より先に必要なものがある。武器だ!」

 みんながきょとんとして振り返る。

 俺は続けた。

「今日のことでわかったけど、ここでは死に直結する戦闘があるのは確実だ! イリアンとアデーレ、シャルロッテはナイフしか持ってないじゃないか。シャルロッテには魔法があるし、アデーレは戦闘のプロだ。なんとかなるかもしれない。でもイリアンはできるだけいい装備を整えておいたほうがいい!」

 みなが目を丸くして感心したような表情になる。


 フフ、決まった!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る