第52話獣狩り

 サイレンとともに、緊迫した声のアナウンスが学園に響き渡る。

『敵性生体侵入! マーカーを表示します、教員と三年生は対処! 一、二年生と作業従事者はマーカーの近くから退避!』


 俺たちの頭上、十メートルの空中に輝く光点が現れた。

 マーカーだ。

 直後、俺のトークタグが音を立てる。

 マトイの声が聞こえた。

「タネツケ! いまどこにいるの!? だいじょうぶ!?」

 俺は迫り来る怪物を見据えながら答える。

「いまから一戦交えるところだ。受け答えできなくなる」

 まずは試しておかなきゃならないことがあった。


 先手必勝ッ!!!


 俺はペルチオーネを振りあげて、心のなかで唱えた。

『緊急魔法陣展開!』

 俺の右手首に赤い光の輪が生まれた。

 マトイがなにか言っていたが、いまの俺にはもう聞き取れない。

 時間の流れが緩慢になった中を、次の手順に進む。

『ブルート・ファクツ収束』

 周囲から右腕に、金色の靄が集まってくる。

『破壊力量錬成』

 右手からペルチオーネの刃に、細かい電流が走った。

 破壊の力が凝縮されていくの感じる。

 俺はゆっくりと剣を振りおろしてゆく。

 スローモーションの視界の中で、左からモーサッドが、右からイクサが怪物へ向かって突進していた。

 怪物は俺の真正面。

 射線は開けている。

『限界突破ッ!!!』

 時間の流れが元に戻った。

 俺はペルチオーネの切っ先を怪物に向けて叫ぶ。

「剣・ビィィィムッ!」

 剣先から咆哮をあげて光の奔流がほとばしる。

 ペルチオーネの力で増幅されたビームは、怪物を真正面から撃った。


 だが、怪物の表皮は水流のように光線を弾く。

 大した影響も受けていない様子で突っ込んでくる。

 飛び散った火花がこぼれて土を焼くばかりだ。

「くそ、楽にはいかないか!」

 俺は剣をあげて次の手に頭を巡らせた。


「見かけだおしもいいとこね!」

 俺に向かって言うと、モーサッドは急加速し、疾風のように怪物の横を走り抜ける。

 次の瞬間、怪物の首から黄色い体液が吹き出していた。

 三つあるうちの一番右側だ。

 傷は開いているが、致命傷には遠い浅さに見える。

 怪物は一声吠えて、走り抜けたモーサッドのほうへ振り向いた。

 そこへイクサの鉄球が襲いかかる。

 イクサは回し蹴りの要領で、右足に鎖でつながった鉄球をぶち込んでいた。

 その衝撃で怪物が怯む。


 ここが攻め時だッ!


 俺は駆け出しながら緊急魔法陣を展開した。

 反重力の魔法・デクリーザーを発動し、空中高く跳躍して一気に間合いを詰める。

 俺は落下しながら、怪物の頭に剣を振りおろした。

 予想以上に硬い手応え。

 振りぬくことはできずに弾かれた。

 傷はつけられたが、当てただけという感じだ。

 着地した俺を捕らえようと、何本もの腕が迫る。

 俺はペルチオーネで下から切りあげながら、とんぼ返りで飛び退った。

 黄色い体液まみれの怪物から距離を取り、ペルチオーネに文句を言う。

「対物質粒子とかいって、スッパリ切れたためしがないじゃないか!」

 慌てたような声が答える。

『相手が悪いの! いつも! ホントなら鋼鉄だってバッサリなんだから!』


 モーサッドとイクサが動きまわって怪物の相手をしていた。

 モーサッドは手から魔力の弾丸を撃ちだして浴びせていた。

 やはり怪物にダメージを与えられた様子はない。

 怪物がモーサッドへ向かおうとすると、反対からイクサが鉄球を打ち込む。

 息の合ったコンビネーションだった。

 しかし、決定打にはならない。


 俺はペルチオーネと戦略を練る。

「魔法は効かないし、斬るのもうまくいかないんじゃ骨が折れる。なにかないのか?」

『あたち、切りつけてみてわかったんだけど、身体の内側には魔法が効くわ、たぶん!』

「そんなのどうすればいいんだ?」

『あたちの刀身を通して、マスターの最強魔法、ヘルバウンド・エクスを撃ちこめば、きっと勝てるよ!』

「きっと、ね……」

 とりあえず試してみる価値はあるだろう。


 モーサッドとイクサが相手をしてくれているあいだに、攻撃の手順を組み立てる。

 まずフルブーストを使って魔法を連打する準備を整え、デクリーザーで一気に近づき、ペルチオーネを突きたててヘルバウンドを撃つ。

 効果がなければ、もう一度デクリーザーを使って迅速に離脱。


 よし、これでいこう。


 考えがまとまったとき、怪物が三つのあぎとから同時に雄叫びをあげ、その動きが素早さを増した。

 怪物の多腕がイクサの鉄球をがっちりと受け止める。

 イクサはそれでも怯まなかった。

 空中に飛び上がって叫ぶ。

「スラッシャー・アンカーッ!」

 イクサの身体が赤い光に包まれて、怪物めがけて飛び蹴りを食らわす形になる。

 その赤い光をまとった急降下攻撃は、腕の一本を吹き飛ばし、怪物の身体を深くえぐった。

 俺の出る幕はないんじゃないかとも思ったが、そううまくもいかなかった。

 怪物はダメージをものともせず、着地したイクサを多腕で捕らえてしまった。


 これはヤバイッ!


「フルブースト!」

 俺は焦ってフルブースト状態を展開する。

 関節のすべてに赤い輪がまわり、すべての輪がブルート・ファクツを収束して俺に魔力を注ぎこんでくる。

 俺は間髪をいれずにデクリーザーを放ち、怪物へ向かって跳躍した。


 モーサッドが、イクサを救おうと一撃を繰り出す。

 だが、その一撃も怪物のあぎとに捕らえられてしまった。

 腕の一本が九節鞭を手繰り寄せ、もう一本の腕が貫手の構えでモーサッドの胸を狙う。

 バランスを崩したモーサッドは、回避が間に合わない。


 俺が怪物の前に着地したとき、イクサは身体を引き裂かれようとされ、モーサッドは胸を貫かれる寸前だった。

「うぉおおおおおッ!!!!」

 俺は出来うる限りの速さで剣を繰り出した。


 ちぎられようとしているイクサの肩がゴキリと鳴る。


 多腕の一本がモーサッドの胸に伸び、爪が制服を貫通していた。


 あと一刹那で、二人は死ぬ。


 その瞬間、ペルチオーネの切っ先が怪物の胸に入った!


 俺は魔法を構成し、力を解き放つ!

『ヘルバウンド・エクスッ!』


 本来不可視の力が、目に見える渦を巻いて俺の腕からペルチオーネの刃を伝わり、

怪物の体内に侵入した。

 内部で爆発を起こす。

 湿った音を立てて、怪物の身体が気球のように膨らんだ。

 俺たち三人はその膨張に弾き飛ばされた。

 俺は背中から倒れたが、すぐに膝立ちに起きて状況を確認する。

 怪物は皮だけになってぺちゃんこに潰れ、紫色の炎とどす黒い煙をあげて燻っていた。

 こうなってはもう、なにをすることもできないだろう。

 倒した!

 ペルチオーネのはしゃいだ声がする。

『ほら、あたちの言った通り! すごいでしょ!』

「頼りにしてるさ……」

 俺はほっとしながら立ちあがり、剣を鞘に納めた。

 同時にソードリング・ペルチオーネが姿を現す。

 得意満面で頭の後ろに手を組み、鼻歌混じりだ。


 モーサッドが九節鞭を納めながら、鼻を鳴らした。

「フン! 最初から大したことなかったわよ、こんなヤツ。倒せても自慢にならないわ」

 制服のベストに穴が開き、血が滲んでいたが、モーサッドは気丈に手も当てはしない。

 取り巻きの女の子たちが駆け寄って、口々にモーサッドの労をねぎらい、傷口にハンカチを当てた。


 イクサは俺より後ろにいた。

 膝立ちになり、「ヒッヒヒヒッ」とひきつった笑い声を出している。

 和服姿のソードリングが、イクサの左肩と腕を押さえこんでいる。

 どうもソードリングに外れた肩を入れてもらっているようだった。


 ボンゼン・ブードーの分身である怪物は手強い相手だったが、なんとか死者を出さずに退治することができた。

 だが、まだ終わりじゃない。

 他のマーカーはどこだろうと空へ目をむけたとき、黒服の教師と三年生の一団がやってきた。

 まだ名前を知らない、赤髪ポニーテールの先生が声をかけてくる。

「軽傷のみで倒したか。よくやった。次の場所へ向かうぞ、こられるものはついてこい!」

 俺はペルチオーネに言った。

「獲物はまだいるぞ。いまの調子でいくか」

「ちょろいもんよ」

「そうでもなかったけどな」

 イクサとモーサッドを後に残し、俺とペルチオーネは移動する一団についていった。


 ☆☆☆


 今度こそ俺の出る幕はなかった。

 女戦士たちは空を飛んだり、光線を出したり、周囲ごと爆発に巻き込んだり。

 その結果。

 ある一体は、教師たちが数人がかりで見えない力を使って動きを封じたあと、

一人の手刀によって真っ二つにされた。

 またある一体は、三年の生徒が槍で突き、そこになんらかの力を流し込んで、俺と同じように内部から爆発させた。

 残る一体はどうなったのか、わからない。

 倒されたことは確かなようだ。

 学園内からすべてのマーカーが消えた。

 怪我人はたくさん出た。

 しかし、一方的に襲われた者はいなかったようだ。


 襲撃当初、ほとんどの生徒や教師はカフェテラスで食事をとっていた。

 だから力の弱い者はその場にとどまっているはずで、手傷を負った者はみな、立ち向かっていく力のある者だけだった。

 戦闘が終わると、俺も医務室へ行くのを勧められた。

 俺の怪我はモーサッドにつけられたものだったけど。

 医務室は混んでいたが、俺は軽傷だったのでかえって待たされることはなかった。

 救急箱を片手に回ってきた看護師さんが、頬にパッドを貼ってくれた。

 それで終わりだ。

 貼ったままにしておくと、そのまま皮膚になってしまうという優れものらしい。

 治療も済んでしまうと腹が減った。

 考えてみれば、モーサッドのおかげで俺は昼飯も食べていない。

 メシを出してくれるといいがと思いながら、俺とペルチオーネは喧騒のなかをカフェテラスに向かった。


 庭園を通り過ぎる途中で、放送がかかった。

『学園長です』

 この学園の長にしては、びっくりするほど声が若い。

 張りのある思春期の少女のような声だった。

 声は続けた。

『事態は終息しました。討伐隊からの報告によると、わずかな隙を突かれて、ボンゼン・ブードーにこの次元への接近を許してしまったようです。現在は状況をコントロールしています』

 声のトーンが落ちる。

『悲しいことですが、二名の戦死者が出ました。3―Cセルネガ、3―Cルイームの二人です』

 俺は愕然として立ち止まった。

 誰なのかはわからないが、二人とも俺のクラスメイトじゃないか!

 知り合う間もなくて、良かったのか悪かったのか……。

『二人のために黙祷を捧げましょう……』


 俺はいまになって戦慄していた。

 ペルチオーネがきょとんとした顔で見あげてくる。

 俺と同程度の力を持っているはずの人間が二人も死んだ。

 俺は自分で思っていたよりも、ずっと危ない橋を渡りきったのかもしれない。

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