第51話脅威の侵入

「いくぞペルチオーネ! 対物質粒子は出すな! 傷つけない力があるならそれを使うんだ!」

俺はペルチオーネを引き抜いた。

 ソードリングのほうは消える。

「なめてると死ぬよ!」

 一声叫んでモーサッドが突っ込んできた。

 武器の間合いに入る。

 モーサッドは一撃を見舞うかにフェイントをかけ、素早い回転で本命を撃ちだしてきた。

 左からの一撃だった。

 俺はなんとか反応し、ペルチオーネで直撃を防ぐ。

 しかし九節鞭は、その名の通り節がある武器だ。

 剣で受けたのより先の節が折れ曲がって、襲い来る。


 九節鞭の先端は、一瞬停止したように見えた。

 ペルチオーネの空間防御が働いた!

 だが、停止したのは一刹那に過ぎなかった。

 ペルチオーネの空間防御を突き破り、九節鞭の先端が俺の頬を横殴りにする。

「ぶっ!」

 衝撃で首が横を向く。

 鋭い痛みが走った。

 幸いにも、当たったのは頬骨だ。

 弱点である目でもあごでもない。


 まだまだこれからッ!


 俺は次の攻撃に備えて体勢を立てなお……そうとしたが、足に力が入らずよろめいてしまう。

 焦ってあがいても無駄だった。

 そのまま数歩千鳥足を踏んで膝をつく。

「ど、どうなってるんだ……?」

 俺の疑問に、ペルチオーネの声が答えた。

『ごめーん、マスター! あたち、ドリフティング・ウェポンと戦うの初めてでー。ただいま体内急速リフレッシュちゅうー』

「くっ!」

 腕を上げてもいられなくなり、ペルチオーネを地面に突き立てる。

 頬から血が一滴、二滴と落ちた。


 やられてしまったッ!


 たった一撃でッ!


 こちらの力を奪われたか、体内のバランスを乱す力を入れられたか……。

 とにかく動けない。


 モーサッドは余裕の表情で見下ろしてくる。

 九節鞭をくるくると回しながら言う。

「予想をはるかに下回る貧弱さねぇ。男だからしょうがないのかしら」

 その目が光る。

「もう逆らう気力も湧かないように、少し顔の形を変えてあげるわ」

 俺は冷や汗を浮かべながら、つぶやくことしかできなかった。

「ペルチオーネ、早くしろ……」

「ソードリング頼みっていうのが、もう未熟の証なのよ」

 モーサッドが冷たい笑いを浮かべながら近づいてくる。

 その顔から感情が消えた。

 やられるのかと思ったが、モーサッドは動きを止め、上を見上げる。

 直後、地響きを立てて、俺の横に黒い鉄球が落ちてきた。

 続いて二本の足が着地する音。


 首を巡らせると、そこには足に鉄球をつけた同級生、イクサが立っていた。

 ボサボサの黒髪が目を隠しているため、表情はつかめない。

 イクサは、かすれた笑いを漏らしながら言った。

「キシシシシ、アタイが手助けしてやろぅかぁー、お・と・こ?」

 なんとも不思議な展開だが、俺としてはその言葉に甘えたい。

「俺に言ってるんなら遠慮はしない。助っ人ウェルカムってところなんだ」

 しだいに力が蘇ってきてはいたが、助力が得られるなら、それに越したことはないだろう。

 だが、モーサッドはやる気をなくしたようだった。

 九節鞭をたたんで手のなかに収めながら言う。

「わたし、女の子に対してあげる手は持ってないの。こんなヤツでよければ好きにしていいよ」

 モーサッドの隣に、黒いドレスを着た背の高い女が姿を現した。

 緑色の髪をしたその女は、蔑んだ目つきで俺を見下してすぐに消える。

 九節鞭のソードリング、ベルトレインだろう。

 高慢そうなあたりは、主人と相性が良さそうだ。


 ともかく、戦いが終わりならそれでいい。

 一息つくあいだに、俺は回復した。

 立ち上がりながら、イクサに礼を言う。

「助かったよ、イクサ。危ないところだった」

 並んで立つと、イクサは俺の胸ぐらいしか身長がない。

 その小さい女の子が、意外な言葉を口にした。

「じゃあオマエ、アタイの舎弟な」

「えっ……?」

「タダで助けてやるわけねぇだろ。オマエ、この世界で一人だけの男なんだってな? そういう手下が欲しかったんだ」

「いや、それはちょっと……」


 様子を見ていたモーサッドが高笑いをあげる。

「アハハハハッ! 痛い目を見たくなければ、いうこと聞きなさいよ! アンタなんか犬がお似合いだわ!」

 イクサも軋むように笑う。

「キシシシシ、なんなら身体でわからせてやろぅかぁー?」

 鉄球がふわりと浮かび上がったかと思うと、赤い和服姿の少女が姿を現し、その胸に持ち上げていた。

 こいつも……!?

「ドリフティング・ウェポン、リキハ。半端じゃないぜぇ……」

 イクサが距離を取りながら言う。

 黒髪和服姿のソードリング、リキハも滑るように動きを合わせる。

 あの鉄球がドリフティング・ウェポンだったのか!

 その力があるから、イクサと俺は同級生になったらしい。


 横からモーサッドが嬌声をあげた。

「お手並み拝見といくわ。男なんかぶちのめしちゃって!」

 腿をこすりあわせ、股間に手を当てながら目を潤ませている。

 上ずった声で続けた。

「なんなら、殺しちゃえば……?」

 その言葉に対して、ボサボサ髪の奥でイクサの目がぎらついたような気がする。

「アタイが殺さなければならなくなるほど、コイツが強いとは思えないねぇ」


 くそっ、一難去ってまた一難か!


 どいつもこいつも!


 ペルチオーネの声が頭に響く。

『あたち、今度はだいじょーぶ! もう慣れたから!』

 いままでの実績を考えて、その言葉にすがるしかない。

 ペルチオーネを両手で構えて、イクサと対峙する。

「俺も自由を愛する男なんでね。やるだけはやらせてもらおうか……」

 とはいえ、圧倒的に不利だ。

 さっきは一撃で沈められたし、イクサに対して優勢になったとしたら、間違いなくモーサッドが加勢してくる。

 最悪、二つのドリフティング・ウェポンとその使い手を、一度に相手しなければならなくなるだろう。

 イクサに目を据えつつ、モーサッドの気配にも気をつける。

 束の間の静寂が、空間を支配した。


 そして。


 イクサの小柄な身体に気合が凝縮した。


 来るッ!


 身体が動き出す寸前、甲高い警報が学園全域に鳴り響いた。

 差し迫った声のアナウンスが流れる。

『ボンゼン・ブードー、隣接!』

 続いて重低音のうなり声が空気を震わせた。

 音に圧迫されそうになりながら、空を見上げる。

 巨大な獣の姿が、学園全体にのしかかろうとしていた。

 うごめく多腕に、牙の並ぶ口だけの頭部。

 入学時に見せてもらったボンゼン・ブードーそのままだった。

 その巨体は山よりも大きかったが、密度は薄かった。

 透けている。

 まだこの世界の内部には、入ってこられないようだった。

 ボンゼン・ブードーが、腕の一本を前へ伸ばした。

 指先が黒く変色し、実体を持つ。


 アナウンスが告げた。

『入界波動検知! ボンゼン・ブードー、侵入!』

 その瞬間、一条の光線が閃いて、侵入してきた四本の指先を切り落とす。

 ボンゼン・ブードーはうめき声を轟かせて腕を引いた。

 切られた指先が飛散して、そのうちの一本が俺たちのほうへ飛んできた。

 轟音を立てて体育館の屋根にぶち当たり、俺たちの二十メートル先に落ちる。

 直径一メートル、長さ二メートルほどの黒い指先。

 俺たちが見守っていると、その物体のいたるところから黄色いガスが吹き出し、形が崩れ始める。

 それは変身だった。

 ぶよぶよと溶けたと思うと、直立し、確固とした形を取る。

 身長二メートルにはなる、黒い人型の怪物になった。

 二本の脚で立ち、六本の腕と三つの頭部を持っていた。

 突き出た三つのあごがバクバクと空気を噛むと、俺たちのほうへ身体を向けた。


 モーサッドの取り巻きの女の子たちが悲鳴をあげる。

 モーサッドは落ち着いた様子で言った。

「あなたたちは下がってなさい」

 手に収めていた九節鞭を再び垂らす。

「ベルトレイン、対物質粒子展開」

 九節鞭の先端に、十字型をした光の刃が出現した。

 その刃が、触れた土を焼いて煙を立てる。

 イクサも続いた。

「面白くなってきたわぁ。リキハ、対物質粒子、展開」

 ソードリングの持つ鉄球の表面を覆うように、光のトゲが出てくる。

 この二人、あの怪物の姿を見ても、まったく臆するところがない。

 さすがに、ドリフティング・ウェポンを持っている俺にケンカを売ってくるだけのことはある。

 こうなると、俺だって退くわけにはいかない。

 俺も続く。

「ペルチオーネ、対物質粒子展開……」

『きたきたーっ!』

 ペルチオーネの声には喜びの響きがあった。

 刀身から光の刃が伸びる。


 怪物は頭をのけぞらせて一声吠えると、俺たちに向かって突進してきた。

 

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