第8話入団?

 俺はナムリッド自慢の魔力障壁を打ち破り、粉々にしてやった。


 ガッシャンと騒々しい音が響く。

 目を向けると、クラウパーが腰を抜かして尻もちをついていた。

 アデーレは無言で棒立ちだ。


 次は右側で、カランと乾いた音がする。

 ナムリッドがスタッフを取り落としていた。

 呆然とした表情でつぶやく。

「う、うそ……!?」

「たまげたね!」

 トゥリーが感嘆したような声を上げる。

「ナムリッドの魔力障壁を吹き飛ばした!ギルティプレジャーだって、もっと時間がかかるぞ!」


 マトイがもぐもぐ食べながら言う。

「ね? アタシの目に狂いはなかったでしょ?」

「ああ、済まなかったな、マトイ。疑ったりして」

 トゥリーはコップの水を一気飲みした。


 俺は俺で、みんなの反応に満足感を覚えた。

 剣を鞘に収め、得意満面で言う。

「ま、こんなもんだ」


 鎧女アデーレのこもった叫びが上がった。

「クラウパー! いつまで座ってるつもりだッ、この腑抜けめ!」

 鉄靴でガシガシと弟を蹴りつける。

「わ、わかったよ、姉さん、すぐ立つから」

 クラウパーがよろよろ立ち上がると、アデーレはそのヘルメットをひと殴りして言った。

「訓練センターへ行くぞ! 午後は動けなくなるまで鍛錬だッ!」

 見守るうちにもきびすを返し、出入口へ向かう。

 背筋を伸ばし、肩を張って。

 妙に威張った歩き方だ。

 その上、俺のそばを通るときには、

「フンッ!」

 と、わざわざ頭を逸らした。


 鎧の双子はそろって出て行った。

 アデーレはたぶん、相当負けん気の強いヤツなんだろう。


 鎧のガサついた音が消えると、今度は悲鳴が上がった。

 ネコミミメイドのイリアンだ。

「キャァアアアアアッ!!!!」

 魔力障壁のあったあたりの床を指さして、非難のこもった口調で言う。

「ここの床、焦げてるじゃないですかぁ!」


 さっき魔力障壁を破壊したとき、かなり豪快な火花が散った。

 そのせいだろう。

 とりあえず、俺が謝るべきか。

「ああ、ごめん。威力の調整ができなくて……」

「いくらお客さまといえど、おイタの度が過ぎますっ!」


 トゥリーが立ちあがり、割って入ってきた。

「すまん、イリアン。俺のせいだ。団長には俺から言っておく。それと、コイツを客扱いするのはもうヤメだ」

 トゥリーは腕組みをして、俺を見据えた。

「行くあてが無いならここに居ろ。自警団の仕事についてはあとで教えてやるが、おまえなら務まる。どうだ?」


 横からナムリッドも言い添えてきた。

「そうしなさいな。それが一番よ。わたしもいろいろ力になれると思うし」


 ここに居れば食うのには困らないだろう。

 どのみち行くあてもないのが本音だ。 

 願ったり叶ったり。

 俺はあまり物欲しそうな様子を出さないよう努めながら返事した。

「じゃ、しばらくご厄介になろうかな……」


 トゥリーが指を鳴らす。

「よし! イリアン、部屋を用意してやれ。一部屋空いていただろ」


 マトイが青い瞳で俺を見上げた。

 にっこりと微笑む。

「アタシの計画どおり。よかったね、タネツケ!」

 俺もニッと笑い返した。

「タケツネだって言ってんだろ」


 ☆☆☆


 用意された部屋はがらんとしていた。

 いまのところ机とベッドしかない。 

 ベッドは台だけで、マットレスもシーツもまだ無い。

 広さは六畳間といったところか。

 二階だ。

 大きな窓があり、明るさは十分。

 とりあえずの落ち着き場所はここか。

 荷物のひとつもない俺としては、特にやるべきことも無かった。

 剣はみんなと同じ場所に置いてきた。

 胸甲をつけている理由もないので外してみるか。

 そう思って少し躊躇する。

 ゲーム知識では、こういう鎧って一人では付け外しできないんじゃなかったか。

 鎧を検分してみると、両脇にワンタッチの留め金が付いている。

 俺は左右それぞれ、外してみた。

 すると、肩の部分が蝶番になっていて、あとは首を抜くだけだ。

 これなら一人で着脱できる。

 見かけは似ていても、中世の武具とは違った。

 胸甲を床に置くと、ゴットリと重い音がした。

 着けていたときには気にならない重さだったが、外してみるとやっぱり清々しい。


 軽く伸びをしたところで、背後のドアが開かれた。

 振り返ってみると、背の高い男が立っている。

 藍色の短髪の上には……ネコミミ!

 その男は物静かな口調で言った。

「俺はロシューだ」

 黒いシャツに白いエプロンをつけ、ジーンズらしきものをはいている。

 コックでイリアンの兄貴だったはずだ。

 それならネコミミも当たり前だ。


 ロシューは無表情に続けた。

「おまえが出かけてるあいだに部屋を整えておく。身の回りの品でも買ってこい」

 そう言われても、俺は金を持ってない。

 店も知らない。

 そう告げようとしたとき、銀色のカードを差し出された。

 ロシューは言った。

「十万クレジット入っている。支度金だ。全部使ってもいい。おまえの金だ」

「いいのか? ありがとう」

 俺は素直に受け取った。

「それともうひとつ」

 ロシューはポケットから、細かい鎖のついた物を取り出した。

 米軍のドッグタグに似ているが、二回りほど大きい。

「トークタグだ。これをつけていれば、他のメンバーと連絡がとれる。詳しい使い方はマトイに聞いてくれ。それじゃ」

 俺にトークタグを渡すと、ロシューは去っていった。


 イケメンだが、ちょっと根暗だな。


 俺はベッドに腰かける。

 クレジットカードらしい金属のカードとトークタグを見つめた。

 さて、どうしたものか。

 出かけるにしても。


 そこへ勢いよくマトイがやってきた。

「用意できた、タネツケ? 買い物に行くよ!」

「マトイ、ちょうどよかった。何を買いに行けばいいかな?」

「なにをって、荷物なにも無いんでしょ?」

「ああ」

「だったらまず服がいるじゃない。下着に靴下も。それに歯ブラシ」

「ああ、歯ブラシね……」


 確かに、この異郷で歯科治療を受けることになったら大変だ。

 俺はいつだかにテレビで見たドキュメンタリーを思い出した。

 どこか、砂漠の国の話だ。

 歯医者というのはバザーのときにしか出会えない。

 その流れの歯医者に屋外で治療してもらうしか、選択肢のない国がある。

 ドリルは人力の足踏み式。

 もちろん麻酔なんて無い。

 治療法は、ドリルで悪いところを削ったあとに、銀を被せるだけだ。

 このアルコータスの歯科治療が、そこまでだとは思わないが、必要になるときまで聞かないでおきたい。


 俺は確信して、もう一度言った。

「歯ブラシは必要だ」

「納得したなら行きましょ。今日はヒマだけど、もうすぐ忙しくなると思うし」

「どういうこと?」

「いま、パパは仕事の話をしに行ってるの」

「なるほど。俺も役に立てるといいな」

 自警団というからには、それなりの荒仕事だと思われる。

 他の仲間も頼りになりそうだし、やれるだけはやろう。


「ほら、早く立って」

 マトイに促されて立ち上がる。

 俺は脱いだ鎧を一瞥した。

「鎧はつけていったほうがいいのかな? 身だしなみみたいな意味で。いま脱いだところなんだけど」

 マトイは首を横に振った。

「ううん、つけなくても大丈夫。アルコータスは治安がいいし。武装してる人も多いけど、だいたい旅人か、歳をとった人ばかり。ウチの連中は特殊なほう」

「あと、トークタグの使い方も教えてもらいたい」

「簡単よ。まず首にかけて」


 俺は言われた通り、鎖に頭を通す。


「アタシみたいに服の下にいれても大丈夫。触る必要もないわ」

 そう言ってマトイは襟元をぐっと広げて見せる。

 首筋に鎖が光る。

 マトイの白い鎖骨が見えて、ちょっとドキリとした。


「じゃ、そのまま待ってて」

 マトイは背を向けて、俺の部屋を出て行った。

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