第7話腕試し

 鎧の女、アデーレに田舎者呼ばわりされてしまった。

 実際には田舎者どころじゃない。

 俺はよその世界から来たのだから。


 みなの顔を見回したあと、ごまかしを言ってみた。

「うん、まあ……都会に来るのは初めてかな……? ははははっ」


 トゥリーが言う。

「今どき獣肉を食うのは、未開人か山賊くらいだぞ」


 ナムリッドも続いた。

「培養肉を知らない魔道士なんて、いるとは思わなかったわ」

 人差し指をほおに当て、戸惑っている。

 俺は率直に聞いた。

「培養肉って?」

「その名の通り、魔力で培養して増やしてるのよ。マナ・ファクツを使って。専用の工場で」


 ネコミミのイリアンが、にっこりして言う。

「本当に初めてなら、ちょっと一口召し上がってみてください。冷めないうちに」

「ああ、うん」

 俺はみなが見守るなかで肉を一口分切り取った。

 見た目は美味そうなので、躊躇なく口にいれ、噛みしめる。

「う、うまい!」

 牛肉だ。

 ジューシーで柔らかく、コクが深い。

 向こうの世界では食べたこともない上物だった。


 イリアンが得意気に言った。

「でしょう? 現在世界に流通している培養肉のイブたちは、当時の世界最高品質だった動物たちなんですよ。問題なければ、食事をお楽しみください」

 そう言うとイリアンはキッチンに戻っていった。


「どんなに美味くても、じきにそれが当たり前になっちまうけどな」

 トゥリーが食事を終え、口を拭きながら言った。


 鎧のアデーレがくぐもった声で続く。

「培養肉が普及したおかげで、無駄な殺生をしなくてよくなった。楽しみのために賢い動物の首を落として切り刻むなんて、ぞっとする話だ。そんな時代がわたしの生まれる前に終わっていて良かった」


 俺は思わずつぶやいてしまっていた。

「へー、じゃあこの世界に家畜はいないんだ?」

 言ってしまってから、ぎょっとする。

 冷や汗が吹き出てきた。

『この世界に』家畜はいないのか……と、聞いてしまった……。


 トゥリーが呆れ声を出す。

「まったく、おまえはどんな世界の果てからきたんだよ」


 俺の隣では、ナムリッドが妖艶な微笑みを浮かべていた。

 まるでなにかを悟ったような表情だ。

 勘づかれたかもしれない。

 彼女は赤い瞳を輝かせて、諭すように説明してくれる。

「依然として家畜は存在するわ。牛からはミルクを採るし、羊からはウールを採る。養鶏も盛んよ。卵も産ませたほうが早いから」

 俺は開き直って聞いてみた。

「オスの鶏はどうするんだ?」

「現代では、基本的にメスしか生まれないのよ。ふふふっ」

 ナムリッドは楽しそうに言い終えた。


 代わりにトゥリーが椅子の背にもたれながら言う。

「豚は完全に家畜から開放された。そのおかげで原野に野豚が多くなり、そいつらがマイアズマに侵されてオークが増えた。そして俺たちは、豚どもが動物のわりに知能が高かったってことを思い知らされてるわけだ」


 周りのみなが、俺の出自についてあまり気にしてないようので、俺はリラックスして食事を続けた。

 ヤングコーンをほおばりながら尋ねる。

「魚は? 魚肉も培養?」


 ナムリッドが答える。

「培養してる種類もあるけど、海のあるところでは漁業も盛んよ。やっぱり漁をしたほうが早いから。でも、昔は命がけだったみたい。どこに水棲モンスターが潜んでいるかわからなかったから。マイアズマ・デポのシステムが発明されてから、海のモンスターの数が激減したの」

「今でも昔からの生き残りだっていう大物に遭遇する危険はあるようだ」

 トゥリーが補足する。


 俺はこの世界に対する認識を改めた。

 どうせ剣と魔法の世界、などと侮っていた。

 ところが一部では、元いた世界よりずっと進んでいる。

 遅れていると見える部分もあるだろうが、やはり世界が違うということだろう。


 そこへマトイが元気よく戻ってきた。

「あー、おなか減ったぁー」

 短い黒髪はいくぶん湿っていたが、さきほどと同じ服装のままだった。

「これアタシのでしょ?」

 そう確認しながら、手のついてない食事の前に座る。

 食器をカチャカチャやり始めたところへ、トゥリーが話しかけた。

「マトイ、こいつホントに魔道士か? 何にも知らないぞ。まるでボケ老人だ」

「だから言ったでしょ、記憶喪失だって。常識がすっぽり抜け落ちてるみたい」

 マトイは平然と言ってのけた。

 ちょっと大物の雰囲気を感じる。


 向かい側で、アデーレが含み笑いを漏らした。

 鎧を鳴らしながら立ち上がる。

「マトイ、拾ってくるなら、せめて犬猫にとどめておけ」


 鎧の弟、クラウパーも立ち上がった。

「手厳しいね、姉さんは」


 対して、マトイが頬を膨らませる。

「失礼な双子ね! ホントにすごいのよ、タネツケは!」

「じゃあ、ちょっと腕前を見せてもらいましょうよ! どんな力でもいいから!」

 ナムリッドがいい機会を得たとばかりに、嬉しそうに提案してきた。


 俺はもごもごと言い訳がましく言った。

「うーん、見せるのはいいけど、ほら、記憶喪失で、まだひとつの技しか使えない上に、それがかなりの破壊力だから、ここで使って大丈夫か、少し心配なんだけど……」


 トゥリーが値踏みするような視線を向けてくる。

「気をつけろタネツケ、まるで詐欺師みたいな言い方だ」


 アデーレが背中を向けながら言った。

「乞食にメシを恵んでやるのは一度きりだ」


 これにはカチンときた。

 食事も終わったし。

 俺は椅子を鳴らして立ち上がった。

「いいだろう、見せてやるぜ。そのかわり、この建物が真っ二つになって、アンタらの寝場所が無くなっても知らないからな」


「ヒュー」と、クラウパーが口笛を鳴らす。


 マトイは食べながら喋った。

「タネツケって、意外と短気ね」

「大丈夫よ、タケツネ」

 ナムリッドは俺の名前を正確に言い、壁際へ向かっていった。

 立てかけてあった白いスッタフを手に取る。

「わたしがいま、魔力障壁を出してあげるから」

 さっきマトイが出て行ったドアの方向へ向き直ると、スタッフを掲げる。

 澄んだ音とともに霧が生まれ、氷のように透明な美しい壁が出現した。


 ナムリッドが得意げに言う。

「わたし特製の魔力障壁。おもいっきりやってもいいわよ。大丈夫だから」


 俺が力を持っていることは疑ってない様子だが、取りようによっては挑戦的な言い方だ。


 トゥリーは椅子の上でふんぞり返った。

「お手並み拝見といこうか?」

「時間の無駄だ」

 アデーレは歩み去ろうとする。


 お膳立ては整った。

 うまくいくか自信は無い。

 だが、ここでできないとなると大恥をかく。

 それだけじゃない。

 マトイにまで恥をかかせてしまう。

 やるしかない。

 俺は透明な壁に向き直り、前にやったことを必死に思い出して剣の柄を握りしめた。


 確か、こうだった……。

『緊急魔法陣展開!』

 途端に、時間の流れがゆっくりとなった。

 右手首に赤い輪が生まれ、まわり始める

 イケる!


 次は……

『ブルート・ファクツ収束』

 周囲から右腕に、金色の靄が集まってくる。


 そして……

『破壊力量錬成』

 右手から剣の刃に、細かい放電が走る。


 俺は、ゆっくりと剣を引き抜いていった。

『限界突破、確認』

 時間の流れが元に戻った。


 俺は剣の切っ先を魔力障壁へ向けて叫ぶ。

「剣・ビィィィィィムッッッ!」


 バチリッと、まばゆい光条が走る。

 光線は壁にあたると、光のシャワーのように火花を滴らせた。

 次の瞬間、爆音が轟く。

 魔力障壁はあっけなく砕け散った。

 霧散してしまい、欠片も残ってない。

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