第4話常識について

「パイを焼こうと思ってパープル・ベリーを採りにきたの。そしたらあのオークと出くわしちゃって。こんなところにモンスターがいるなんて思わないから、アタシ武器も持ってなかったし、心の準備もしてなくて……」

 マトイは歩きながらよく喋った。

 俺は提案してみる。

「じゃあ、今から採りに行くか? そのパープル・ベリー」

「ううん、もういいの。そんな気分じゃなくなっちゃった」

「そうか」

「でもタネツケにちょっと食べてもらいたかったかも。アタシのパイ」

「やっぱり行くか? どうせすぐだろ?」


 それでもマトイはかぶりを振った。

「だって……、いまは早くシャワー浴びたいし……」

 そう言うと、マトイは真っ赤になって黙りこんでしまった。

 こっちまで赤面してくる。

 俺も早く落ち着ける場所へ行きたくなってきたので、この話題を打ち切った。

 黙りこくってしばらく歩を進める。


 もう森の外れだ。

 茂みを迂回すると、立てかけてあるバイクが目に入った。

 カーキ色で、ゴツゴツした頑丈そうなフォルム。

 タイヤが太い。

 スクーターがあるとも思っていなかったが、まるで軍用車両だ。


「あれがマトイのバイク?」

「うん! 最高の愛車」


 近寄るほどに戦闘用の趣を増してくる。

 しかし、マトイのような可憐な少女が、このゴツいバイクを運転するというのも、ある意味サマになるだろう。

 遠目からは不思議なシルエットがあった。

 車体の右側に長い棒がくっついているように見えるものがある。

 目の前まで来てみると、それはホルスターに収まった銃だった。

 車体の右側、シートの後ろに取り付けられている。

 長い銃身に金属の浮き彫りが施されていて高価そうだ。

 古い映画で見た、マスケット銃に似ている。


 俺はいちおう聞いてみた。

「これは銃か?」

「そう、初めて見た? アタシの銃」

 マトイはこともなげに頷いた。

 俺は頭をひねる。

 剣士、魔道士、銃士が混在する世界か。

 銃が圧倒的に普遍的な武器でないとするならば、なんらかの理由があるはずだ。

 例えばその大きさ。

 または連射性能。

 バイクのような乗り物があっても拳銃がないとすれば、まだ剣士も活躍できるだろう。

 マスケット銃にしろ火縄銃にしろ、弾込めからして大変だったはずだ。


 俺の表情を見て、マトイは何か誤解したらしい。

「一発、撃ってみせてあげる!」

 そう言うと慣れた手つきで銃をホルスターから引き抜いた。

 銃を右手で持つと、腰の左にあるポーチから丸い弾丸らしきものを取り出す。

 マトイは銃の左側面を開いて弾を入れ、両手で構えた。

「あの枝、見てて」

 どの枝かはわからないが、俺は銃口の先とマトイを交互に見続けた。

 マトイが頭を傾けて狙いをつける。

「……すっ」

 と、呼吸を整えた瞬間、銃口の先から弾を入れた箇所まで、光が走る。

 パスッという発射音がしたかと思うと、銃口のはるか先にある小枝がはじけ飛ぶ。

 三十メートルは先だ。

 その細い木の枝に、マトイは一発で当てた。


「すごい! 大した腕前なんだな、マトイって!」

「でしょぉ」

 にこにこしながら、マトイは銃を下ろした。

 俺は当然の疑問を口にした。

「ところで、火薬は?」

「カヤクってなに?」

 俺はちょっと考えてから説明した。

「火をつけると燃えたり爆発したりする粉。黒いのが一般的かな?」

 マトイは左手の人差し指を額に当てて、眉根を寄せた。

「うぅ~ん、子供のころ、お祭りでそんなの見たかもしれないけどー?」


 俺は驚きつつも、質問の仕方を変えてみた。

「その銃、いったいどんな力で弾を飛ばすんだ?」

「魔法に決まってるじゃない。マナ・ファクツ」

「えっ? マトイも魔法使いなの?」

「魔法使いじゃないけど……、魔法が使えなかったら生活に困るじゃない。たまにそういう人もいるみたいだけど」

 ん、話が込み入ってきたぞ。

 ここは自分にこの世界の常識を取り入れるためにも、整理しながら会話しなくては。


 まずは……。

「えっと、魔法使いと魔道士って、なにか違ってたりする?」

 マトイは呆れたように答える。

「同じよ」

「俺って魔道士なんだよね?」

「そうでしょ? 自分で言ってたじゃない、ブルート・ファクツを使えるって」

「でも、マトイも魔法を使えるんだよね?」

「マナ・ファクツをね」


 ここで一勝負してみるしかない。

「ブルート・ファクツとマナ・ファクツってどう違うの?」

 マトイは一瞬固まった。

 それから大喫驚して大声を上げる。

「えぇ~~~~~ッ! どうしてそんな常識まで忘れちゃうのーっ!?」

 俺は頭をかきながら言う。

「忘れちゃったものはしょうがないじゃないか。説明をしてみてくれないか?」

「そんなこと、人に説明するの恥ずかしいぃっ!」

「試しに頼むよ」

「からかってるなら、怒るからね!」


 そう前置きしてから、マトイは説明を始めた。

「マナ・ファクツは、この世界に普遍的に充満する力そのものと、その力を使った行為のこと。小学校で使い方を教われば誰でも使えるわ。それ用に作られた道具に、人間を通して活力を与えるの。あかりを灯したり、銃を撃ったり、バイクを動かしたり」

 マトイはそこで一区切りし、俺の顔を見た。

 俺が真剣な表情であることを確かめてから、先を続ける。

「ブルート・ファクツは、この世の深奥から取り出す、大いなる力。使える人は限られてる。そもそも道具を必要としないし、専用の道具を使えば、さらに強力な魔法が使えるわ。それによって、いろんな、まだマナ・ファクツに転化できていない、不思議な行為を行うことができる。これでいい?」

 マトイはあごを上げ、腰に手を当てながら説明を終えた。


「なるほど」

 ブルート・ファクツは、元いた世界からそのままの魔法使いのイメージだ。

 マナ・ファクツを例えるならば……、人間が発電機のようにいつでも道具に動力を与えられるということだろうか。

 どうも、この世界に電力会社は無さそうだ。

 マトイにはずいぶんと驚かれたけど、記憶喪失という理由は通じてるように思える。

 この際、もうひとつ聞いておこう。

「ついでにマイアズマ・デポについても教えてくれないか」

「そんなことまで忘れちゃったの? ちょっとかわいそう……。仕事を紹介する代わりに小学校の入学手続きしてあげよっか……?」

「憐れみついでに教えてくれよ」

「わかりましたぁ。えー、コホン」

 マトイは咳払いをひとつしてから始めた。

「マイアズマ・デポは、アタシたちの生活と切っても切れない関係よ。ファクツの使用で生じたマイアズマを一箇所に集めるための施設で、一人から数人の魔道士が管理しているわ」

「マイアズマって?」

「……。マイアズマは瘴気よ。ファクツをエネルギーへ変換するとマイアズマに変質するとも、ファクツを消費した分の世界のスキマに、他の世界から染み込んでくるとも言われてるわ。正確なところは世界中の魔道士が研究中。マイアズマは、生物や無生物を攻撃的なモンスターへ変えてしまう性質があるの。だから一箇所へ集めて、モンスターの巣窟を作ってしまうために、マイアズマ・デポが発明された。どこからともなく発生したモンスターに不意をつかれるより管理しやすくなるから。アタシたちのアルコータスに一番近いマイアズマ・デポが、八十キロ先にあるダンブリン山よ」

「そういうことか……」

「そういうことかって……いまさら」

 マトイがあきれ果てたような顔をする。


 だが、おかげのこの世界の大枠をつかめた。

 魔法で文明的な生活を送っているが、その魔法を使うことでモンスターの素を生み出してしまう。

 これではモンスターを絶滅できはしない。

 だったら一箇所に集めてしまおう、というわけだ。

 それでもたまに、はぐれものが人の世界に近づく。

 だから、武装がかかせない。


 俺はだいたい得心がいった。

「ありがとう。マトイのおかげでだいぶ思い出したよ」

「全部アタシからの聞きかじりじゃないっ!」

「まあな」

 マトイは軽く溜息をつく。

「なんだか大変な人をす……」

 そこで言いよどむ。

「ん? なんだ?」

 俺の問いに、マトイは顔を赤くしてかぶりを振った。

「なんでもないっ! 帰るわよ!」

 マトイは右手首にはめていたブレスレットの一部をひねった。

 バイクがうなるような駆動音をたてる。

 モーターで動いているような音だ。

 よくみれば、このバイクにはマフラーが無かった。


 マトイはカーキ色のゴツいバイクにまたがり、後ろの荷台をぽんぽんと叩く。

「乗って」

 銃がちょっと邪魔だったが、俺は素直に従った。

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