第5話アルコータス

「しっかりつかまって」

 マトイが言った。


 俺はちょっと躊躇したあと、マトイの細い腰を両側からつかむ。

「ひゃんっ」

 マトイは嬌声をあげて仰け反った。

 肩越しに、非難がましい視線を向けてくる。

「触り方がいやらしいぃーっ!」

「だって、つかまれったって、どこにつかまったものやら……」

「もういい。腰でいいから、しっかりつかまって」

「よし、わかった」

 俺は了承を得て、マトイの柔らかい腰をモミモミしてやった。

「ふざけてると! 舌かむからねっ!」

 マトイはバイクを発進させた。


 タイヤが勢いよく軋み、いきなりウィリーだ!

 俺は思わず悲鳴を上げる。

「うぉぉおおおおおッ! お手柔らかに!」

「疾風(かぜ)になるよ!」


 ドスンと前輪が着地する。

 マトイはさらにスピードを上げた。

 道路ではない草原で、微妙にデコボコしている。

 振動はまさに舌かみものだ。


「マトイ、もっとスピード落とさないか?」

「任せて!」

 バイクはうなり、さらにスピードを上げた。

 どうもこの子、バイクに乗ると性格が変わるらしい。

 俺たちを乗せたバイクは、小高い緑の丘を一直線に登っていく。

 頂上を越えたとき、バイクが飛んだ。

 落下の最中、眼下に都市が目に入った。

 円形で、予想よりずっと大きい。

 大都市だ。

 ぐるりを城壁に囲まれて、あまり高い建物がない。

 都市の中央に神殿と宮殿を合わせたような大型建築物があり、その前の広場から、緑色の道路が放射状に伸びている。 


 抜けるような青空の下、輝く白亜の街並み。

 それがアルコータスだった。


 サスペンションが悲鳴を上げて、バイクが着地する。

 丘を下りきると、マトイは右へと急に曲がる。

 ほぼハングオン。

 俺は振り落とされまいと、まじめにマトイへしがみつく。

 前には緑色の舗装がされた道路があった。

 道路に乗ると、街の方向、左へ曲がる。

 タイヤが軋む。

 また、ほぼハングオン。

 緑色の舗装は、アスファルトとほとんど同じで、走り心地がいい。


「一気に抜くよ!」

 マトイが叫び、バイクはさらに高くうなってスピードを上げた。

 再び、前輪が持ち上がる。

 軽くウィリーだ。

 なんとか悲鳴をかみ殺す。

 俺は童貞を捧げ、処女を奪った、初めての女に殺されかけているような気がした。


 道路は幅が広く、四車線。

 左側通行だ。

 渋滞するほど混み合ってないが、通行車両は多い。

 ほとんどは小型のトラック。

 貨物を載せていたり、人を乗せていたり。

 次に多いのは、バイクにリヤカーを付けた車両だ。

 小型の乗用車らしきものも少しいる。

 馬車も少しだけ、同じ道路の上を走っていた。

 トレーラーのような、大型車両はゼロだ。

 みんなノロノロ走っている。


 俺とマトイは、身体を左に傾け、右に傾け。

 矢の一閃のように、それらの車両を追い抜いて行った。

 白い城壁のあいだに開かれた通行門が急速に迫る。

 門の両脇には青い制服を着た人影が立っていた。

 そのうちの左側が、制止するように腕を上げ、ピーピーと笛を鳴らした。

 マトイは当然のごとくそれを無視。

 一気に門を突き抜けた。

 生きた心地がしない。


 門を抜けるとマトイはスピードを緩めた。

 広い緑色の道路の両脇には街路樹が植えられ、色とりどりの看板をつけた店が開いている。

 店の前の歩道も幅広い。

 建物はどれも白塗りされているかガラス張り。

 高くても三階建てくらいの高さしかない。


 俺たちは大きな交差点に進入し、マトイは常識的な速度で左折した。

 信号は無かった。

 道幅が二車線になる。

 小型トラック、リヤカー付きバイク、馬車がまばらに走っていた。

 必ずしも左側通行が守られているわけではない。

 しかし、このゆったりした速度なら問題ないのだろう。


 しばらく進むと、マトイは急に右へ曲がった。

 道路を横断する形だ。

 よく見たら、このバイクにはウィンカーも付いてなかった。

 道を横切った先で歩道に乗り入れる。

 マトイはタイヤを鳴らしてバイクを停めた。

 大きな三階建ての建物の前だ。


「着いた。ここで降りて待ってて。アタシ、バイク置いてくるから」

「わかった」


 俺が降りると、マトイは右側にある開けた場所へとバイクを進めていく。

 首を出して覗いてみると、奥はガレージだった。

 小型トラックが一台と、三台のバイクが収まっている。

 俺は首を戻して、建物を検分する。

 目の前には両開きのドア。

 ガラス製で、コンビニのドアに似ている。

 中は、さほど大きくないロビーに見えた。

 誰もいないようだ。

 ドアの横には青銅製の表札がついていた。

 記憶にはない文字だったが、ありがたいことに読むことができた。


『自警団・アルバ』


 ふーむ、自警団か……。

 この世界の状況から推測するならば、はぐれモンスターの討伐が仕事だろうか?

 活動資金はカンパか、税金か?

 資産家の自腹という可能性もある。

 どれにしろ、あまり貧乏所帯という雰囲気ではないので一安心だ。

 マトイがうまく言ってくれれば、二、三日メシを食わせてもらえるだろう。


 銃だけ持ってマトイが戻ってきた。

「おまたせ。中に入ろ」

 そう言うと、先に立ってガラスドアを開けて入っていく。

 俺も後ろに続いた。

 入ってすぐのロビーは無人だったが、奥から談笑する声が聞える。

 マトイは声のする方へ向かった。

 木製の両扉があった。

 それを押し開いて、マトイが大声を出す。

「ただいまーっ! お客さん連れてきたよー!」


 マトイの隣に立って、部屋の中を見渡す。

 大きな木製のテーブルに五人の人間がついて、食事をしている最中だった。

 俺は目を見張る。

 一番手前にいるのは、つややかな金髪に赤い瞳、人間離れした細長い耳をした女。

 どうみてもエルフだった。

 白いブラウスに緑色のコルセットをつけ、長いスカートも緑色だ。


 その隣には長い黒髪を後ろで束ねた、切れ長の目をした女。

 弓道部みたいなカッコウだ。

 彼女は、こちらにまったく注意を払ってない。


 エルフと弓道部の向かいには、革鎧らしきものを着込んでいる、短髪の中年男。

 この中だと、あまりにも目立たない。

 そして彼の隣に並ぶ二人は、あまりに異様だった。


 二人共、全身を板金鎧のフルプレートに覆われている。

 肩当てやガントレットをガシャガシャ鳴らしながら、ヘルメットさえつけたままで食事していた。


 最初に口を開いたのは、金髪のエルフだった。

 澄んだ声で、おどけたように言う。

「まあ大変! マトイが男を連れ込んできたわ!」


 マトイが頬を赤らめながら、俺のことを紹介してくれる。

「こちら、魔道士の……」

 少しもじもじしたあと、一気に言い切った。

「タ、タネツケさんですっ!」


 食事の席の一同が、ぶっと吹き出した。


 俺は慌てて訂正する。

「タケツネだっていってんだろ!」


 爆笑がさらに広がった……。

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