第3話マトイ

 なんだか、すごいことになったが。

 まぁ、やってしまったことは仕方ない。

 人助けできたんだし。

 俺は気を落ち着かせつつ、敵に触れることすらなかった剣を鞘に収める。


 足元から涙声が上がってきた。

「ありがとうございますぅ~、助かりましたぁ~」


 目を向ければ、さっきの女の子がまだ尻もちをついたままで、俺を見上げていた。

 さらさらの黒髪に青い瞳。

 ちょっと凛々しさも感じる幼い顔つき。

 ほっそりしているが、柔らかそうな体躯。

 白い太もも。

 まちがいなく、かなりの美少女だ。

 十四歳くらいに見える。


 女の子は、俺の足にすがりついて続けた。

「だってここ、マイアズマ・デポから八十キロも離れてるじゃないですかぁ~。まさかオークがいるなんて。アタシ、すっかり油断してましたぁ~」

「……ああ、そうだな……」

 俺は適当に相槌を打ってみた。

 もちろん意味がわからない。

 マイアズマ・デポってなんだよ?


 俺は一瞬だけ躊躇したものの、思い切って聞いてみた。

「マイアズマ・デポってなに?」

「は?」

 女の子はきょとんとした顔をした。

 それから破顔して、ころころと笑い始める。

「またまたご冗談を~」

 土埃を払いながら立ち上がり、続けた。

「命の恩人が面白い人でよかったぁ。怖い人だったらどうしようかと思いましたぁー」

 彼女は座っていた印象よりも背が低かった。

 百五十センチくらいか。

 立っても俺を見上げてくる。


「は、はははははッ」

 俺は彼女に合わせて笑ってみたが、ヤバかったのかもしれない。

 どうやら、超常識的なことだったらしい。

 だが、無駄でもなかったようだ。

 女の子はずいぶん打ち解けたような雰囲気になった。

 にっこりと微笑みを俺に向ける。

「旅人さんですか? アルコータスへ? 剣士みたいなカッコウですけど、魔道士さんなんですよね? さっきのブルート・ファクツだったもん」

「えっ? う、うぅ~ん……」

 一気に質問攻めをされて戸惑う。

 なにしろ俺は、さきほど自分が使った言葉である『ブルート・ファクツ』ですら、どういうものかも正確には知らない。

 たぶん魔法のことだろうと思うけど。

 さらに。

 ここで、彼女とはいサヨナラってわけにはいかなかった。

 俺は水すら持っていないのだから。

 命を助けた義理もあるわけだし、彼女にはしばらく手助けしてもらわねばならない。

 ついていっても都合のいい理屈はないだろうか?


 と、それを思いつく。

 通じるかどうか怪しいが、やってみる価値はある。

 俺の答えを待ち、微笑んだまま小首を傾げる彼女。

 俺は言ってみた。

「じ、実は俺、記憶喪失になっちゃったみたいで……」

「あはははははっ! 今度は記憶そーしつだってー!」

 彼女は腹を押さえて笑い声を上げる。


 俺は真顔で直立。


 数秒後、笑いがピタリと止まる。

 女の子は青い瞳に真剣な輝きを宿して俺を見る。

「マジですか?」

「マジで」

 女の子は、つと視線をそらし、それから再び俺を見上げて言った。

「マジですか?」

「そ、それはもう、異世界から迷い込んだかのように、常識、記憶がすっぽりと……」

「どこから来たんですか?」

「さあ、ちょっとわからない……」

「どこへ行くんですか?」

「そいつもさっぱり」

「知り合いは?」

「まるでいないみたいだ……」

「ブルート・ファクツは使えるのに?」

「まぁ、少々な」

「でも……」

 彼女はつぶやきながら一歩後ずさり、腕を組んだ。

 難しい顔つきをして言う。

「……もしかしたら、ちょっと困ってる?」

「実際のところ、かなりな……」

「わかりましたっ!」

 小さい胸を叩きながら、彼女が言う。

「アタシに任せてください! 命の恩人ですもの、お世話します!」

「そうか! 助かる!」

 彼女はさらに、優しげな笑みを俺に向ける。

「もし記憶が戻らなかったとしても、がっかりしないでください。あなたほどの腕なら、衣食住完備の立派な仕事を紹介できます」

「頼りにさせてもらうよ」


 ほっと一息だ。


 彼女が頬を上気させて自己紹介を始める。

「アタシはアルコータスのマトイです。しばらくのあいだ、なんなりと申し付けてください!」

 俺も名を名乗った。

「タケツネだ」


 途端にマトイの顔が真っ赤になる。

「そそそそそそそそんな、『なんなりと』とは言いましたけど、いきなりそそそそそんな……」


 いかん。


 マトイはいけない聞き違いをしている。


 俺ははっきりと言い直した。

「タケツネだって言ってるだろ!」

 マトイは弾かれたように背筋を伸ばす。

 真っ赤な顔のまま、目をうるませて、真顔で俺の目を見つめる。

「わ、わかりました。そこまで言うのなら仕方ありません。タネツケ、了解しました」

 止める間もなく、くてっと崩れるように草の上へ寝転び、

「や、優しくしてくださいね……」

 と、ゆっくりスカートを持ち上げ、ほっそりした足を開いていく。


 俺はごくりとつばを飲み込んだ。

 マトイの初々しい縞パンの真ん中、 太ももと太もものあいだには、じっとりと色の濃くなった滲みが!


 こ、これはッ!!!


 伝説のッ!!!


『準備完了』やないかァァァッ!


 俺は慌ただしくベルトを緩めながら、マトイの柔らかい身体に覆いかぶさっていった。


 ☆ ☆☆


 マトイが俺の横に座ったまま、再び青いベストを身に着けようとしている。

 俺に背中を向けたまま、小さい声で言った。

「アタシ、こういうこと初めてで……、なにか失敗してたらごめんなさい……」

 マトイが初めてであることは、すでにわかっていた。

 彼女はサイコーだ。

 彼女の小さい背中に向けて、寝転んだまま俺は言った。

 久方ぶりの真実を。

「実は俺も初めてで……」

「えっ、ヤダ、ホント……?」

 目を潤ませて、マトイが俺の顔を見下ろす。

 俺は再び肯った。

「ああ、本当だ」

 マトイの顔が天使のように輝いた。

「なんか、そういうのって嬉しいっ!」

「俺も嬉しいな」


 俺たちはしばらくのあいだ、くすくすと笑いあった。


 その後、マトイが真顔に戻って聞いてきた。

「それで名前はなんていうの?」

「だから、タケツネ……」

「本当にぃ~……?」

「本当だって!」

「えっちな名前……」

「だからタネツケだって言ってんだろ!」


 あ、自分が間違えちゃった。


 まあいいや。


 こんなにしつこく聞き違いするような人間もマトイだけだろう。

 特に問題ない。

 十分休んだので、俺は立ち上がった。

 マトイの手を取って、彼女も立たせる。

 マトイは服についた草きれを払いながら聞いてくる。

「で、これからどうするの? タ、タネツケさんは……?」

「嘘はついてない……」

 ついてるけど。

「……困ってるのは本当なんだ。マトイについて行きたい」

 マトイは飛び上がって喜んだ。

「アタシ、タネツケさんのこと信じてた! じゃあ、一緒にアルコータスへ行きましょう!」

 そう言うと、先に立って歩き始める。

「こっちにバイクが停めてあるの。二人乗れるから」

 バイクなんて物があるのか。

 文明レベルが押し測りがたいな……。

 だが、それもじきにわかる。

 もっと気になることを聞いておかなければ。

「なぁ、マトイってトシいくつ?」

「えっ、十八歳……」

 小柄な体躯も相まって、もっと幼く見えるな。

 俺も自分の年齢を明かした。

「俺も十八歳なんだ。同い年か」

 マトイは驚いた顔をする。

「えーっ、もっと大人かと思ってたぁ」

「そんなこと初めて言われたよ」

「それなら呼び捨てでいいよね、タネツケ!」


 ふむ。


 ちょっと背徳感は薄れたな……

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