第15話 お前の自転車、見せてくれよ


 何飲むのかと思ったら、さっきの自販機だった。コタローがわたしのお金も出そうとして慌てて断ると、そりゃそうだよな、ってあっさり引き下がった。

「さて、どこで飲む」

「‘海、見る街’の三階の長椅子は?」

「シズル、お前なあ」

 ん、何?その困った奴だなみたいな感じの笑い顔は。

「あんなの、セットに決まってるだろ。それに、あんなきれいに海が見えるわけねーだろ?ありゃ、CGだよ」

「え!?嘘!?」

「ほんとだよ」

「ショックだ・・・」

 まさか、あの高校生の日常感が素晴らしい映画の、一番いいシーンがCGって。

「あの主演の女優、なんつったっけ。ロケ中にもう20歳になってんだよ。それで女子高生ってのもなんか嘘っぽいだろ」

「えー」

「まあ、そんなもんだよ」

 うなだれるわたしの前をすたすた歩くコタローは、体育館横の日蔭のベンチに座る。

「おお、汚れてんな」

 コタロー。ハンカチとは言わないけど、せめてティッシュで拭いてくんないかな。顔の汗を拭ってぺトぺとしてる掌で拭いてもらってもあまり嬉しくない。

「さ、途中で茶々入れたりしないから、洗いざらい言ってくれ」

 コタローに促されてわたしは紙芝居のセリフでも言うような気分で話す。設定を一部調整して。大体、次の内容を話した。

① わたしはフタショー3年生。鷹井市在住。

② 本屋でコタローが乗ってるメタリックブルーの自転車を見てとてもきれいだと思った。

③ だから、思い切って自転車を買った。

④ 練習してる内に遠出したくなった。コタローの自転車に北星高校と書いてあったのを思い出し、何気なく目的地に設定した。「海、見る街」も好きだったし。

⑤ 北星高校に着いたらコタローの自転車を見つけた。通りすがりの女子に訊いたら、高瀬くんだって教えてもらった。ジムにいるとも聞いた。

⑥ 高瀬くんに会ったらそれはコタローで、こんな奴だった。


「シズル、嘘ついてるだろ」

「嘘、は、ついてない」

「じゃあ、省略してることあるだろ。特に②の部分とか」

 うー、鋭い、って、当たり前か。わたしの説明が極端に不自然なだけか。

「シズルは自転車よりも俺に興味があったんだろ」

「うう・・・」

「俺のこと、好きなのか」

「う・・・」

 なんでかわかんないけど、涙が出そうになる。泣きそうな顔になってるのを見られてると思うと余計に泣き泣きの顔になってくる。

「隠さなくていいぞ」

 こいつは・・・どうして泣きそうになってる顔の初対面の女子を見てこんなセリフが出て来るのか。多田くんとはえらい違いだ。あー、腹、立ってきた。

「あんたのことが、好きな訳じゃない」

「ほー」

「ただ、昔、好きだった人に、ほんの少し、似てたと思っただけ。でも、違った」

「そうか。で、そいつには振られたのか」

「分かんない」

「片想いか。そいつって、今、どうしてんの?彼女とか、いんの?」

「いない」

「じゃあ、そいつに直接好きって言えばいいじゃない」

「言えない」

「恥ずかしいのか」

「違う」

「高校、別なのか」

「高校、行ってない」

「働いてんのか、ぶらぶらしてんのか」

「働いてない、ぶらぶらしてない。何もしてない」

「じゃあ、どうしてるんだ」

「死んだ。小学校の時に、自殺した」

「そうか」

 もうちょっとで泣きそうだったけど、でも、コタローの妙に淡々とした受け答えに、逆にびっくりして、涙が止まった。最後の、‘そうか’って何?どういう感情?

「シズル、お前の自転車、見せてくれよ」

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