第84話 田中の流儀

「それで、田中先輩、こんなところに私を呼び出した要件はいったいなんなのでしょうか?」

 ここは校舎裏。この場所には特筆すべきものは見受けられない。強いて言うなら校舎裏にあるボロい非常階段があるくらいのものだ。周囲に人影はない。

 僕は生徒会副会長の田中義晴にこんな人気のない場所に連れて来られていた。

 突然の呼び出し。僕は身を固くして田中に相対する。田中義晴は目付きの悪い、いかめしい男。そんな風貌の男に人気のない場所に呼び出されたということだけでも警戒すべき事態と言えるかもしれない。しかも、僕にとってはこの男は単なる人相の悪い先輩という相手以上の意味を持つ相手だ。

「まあ、固くなるなよ。幸助。魔法少女関係の話だと思っているなら筋違いだ。力を抜け」

 僕の考えを読んだように田中は言った。

 そう、この男は僕と同じく魔法少女を統轄する魔法の国バルバニアの関係者だ。魔法少女同士のバトルを管理する監督者としての立場を背負う男だ。だから、この男からの突然の呼び出しを魔法関係のトラブルが発生したためではないか、と推測するのは至極当然のことと言える。

「では、なんですか? 文化祭関係のことですか?」

 現在の僕は文化祭実行委員のひとりであり、この男は生徒会の副会長。文化祭関係のことでこんな場所に呼び出された。その可能性はありうる。

「まあ、当たらずとも遠からずだ」

「どういうことですか?」

「お、こりゃあ、いいタイミングでチャンスが来た。百聞は一見に如かず。説明するより実際にやってみた方が早い」

 そんな風に言いながら、田中は僕を手招きする。僕はいぶかしみながらも田中の方へと一歩踏み込む。

「幸助、こっちに来い。この茂みに隠れるぞ」

「うおっ」

 そう言って田中は僕の腕を掴み、半ば強引に非常階段したの茂みに引きずり込む。

「いてえ!」

「しっ、静かに!」

 田中に茂みに無理矢理引きこまれたことで、枝が顔や脚に刺さる。

 僕はそれに対して抗議しようとしたが、田中の剣幕に押されて思わず黙りこむ。田中の表情は真剣そのものだった。

 茂みは外から見たときには気付かなかったが、中が空洞になっている。これならば、外からよっぽど注視しなければ中に人が居ることには気付けないだろう。小学生なら好んで秘密基地にでもしそうな場所だなと思った。

「来るぞ……黙って上を見上げろ……」

 田中は息を潜めて僕にささやく。

 僕は言われたように頭上に目をやる。

 茂みはちょうど非常階段の真下に位置している。ちなみに非常階段というのは、金属製。いかにも古い校舎にありがちなちゃちな作りで下から見上げれば階段の段と段の隙間から空が見える。

 カンカンカン。

 上から一定のリズムで聞こえる金属音。

 上から誰かが階段を降りてきている。

 僕は田中に言われるがまま、真上を見ていた。だから、非常階段を降りてくる人物を真下から見上げる形になり――

 カンカンカン。

 非常階段を歩いていた女子生徒は、真下に居た僕たちに気付くこともなく、どこかに去って行った。

「………………」

「どうだ、幸助」

 田中は親指を立てて、さわやかな笑顔で言った。

「パンツ、見えただろ」

「くたばれ、覗き魔」

 ちなみに、パンツの色は白でした。


「なにをしてるんだ、あんたは」

 僕は茂みから出て、田中の胸倉を掴んで捲し立てる。

「パンツを見て興奮してるのは解るが落ち付け」

「誤解を招くような言い方はよせ!」

 確かに興奮しているのはパンツのせいではあるけど!

「あんた、こういう風に見えることを知っててここに隠れてたな!」

 僕は田中に詰め寄る。

 すると、田中は人懐っこいさわやかな笑顔で言う。

「うん」

「うんじゃねえよ!」

「じゃあ、イエス」

「言葉のチョイスを責めてるわけじゃないんだよ!」

 僕は意図せずとはいえ、覗きに加担してしまったという事実に動揺する。

 満面の笑みで僕を見ている田中を見ていると沸々と怒りが湧き上がってくるが、僕はそれをぐっと飲み込む。まずはどう行動するにしても冷静になる必要があるだろう。僕は大きく深呼吸をして問う。

「だいたいなんでこんな場所に隠れようと考えたんですか?」

「この場所は本当に貴重な場所なんだぜ」

「どういうことなんですか……」

 田中は説明し始める。

「この非常階段ってよ。普段は閉鎖されてるんだ。でも、文化祭直前の準備期間中だけ上の階段に通じる鍵を開けてる。ここを通らないと文化祭関係の備品が入っている倉庫と各教室の移動がすげえ遠回りになるからな」

「ああ、そういうことなんですか」

 普段、この一帯には人気がない。にもかかわらず先程女子生徒が階段を通ったことを少し不可解に思っていたのだが、これで得心がいった。

「だから、こんな光景が見られるのは今だけなんだよ」

「そんな祭りの風物詩みたいな言い方されても……」

 ダメなものはダメである。

「ともかく、知ってしまった以上は見過ごせません。女子生徒はこの非常階段は通行禁止にしましょう」

「ホワッツ?! 冗談きついぜ! 俺たちのサンクチュアリを、あんたは破壊しようって言うのかい?!」

「なんか言い方がイラっと来たので一刻も早く通報したくなりました」

 僕は足早に職員室を目指そうとするが、またも田中に腕を掴まれる。

「待て待て待て待て、話し合おう」

 田中は僕の肩を掴んで、自分の方に強引に向き直らせる。僕は不本意にも田中に顔を覗きこまれるような形になる。ていうか、顔が近い。

「俺様はパンツが見たいんだよ」

「ダメだって言ってんだろ」

 僕は苛立ちから言葉が荒々しくなるのを抑えきれない。

「安西先生、パンツが見たいです……」

「それだと、安西先生のパンツが見たいみたいなんですが……」

 さすがにそれはマニアック過ぎる……。

「わかった! もう、俺様も妥協する!」

「わかってくれましたか」

「女子生徒のパンツがダメなら幸助のパンツでいい!」

「血迷うのは脳味噌の中だけにしやがれ!」

 さすがにもう付き合いきれない。

 僕は力づくで田中の両腕を振り払う。

「なんなんですか、あんたは! いったい何が目的に僕にこんな場所を教えたんですか!」

 それが謎だった。大体、純粋に(?)女子生徒のスカートを覗きたいのなら、僕にこの場所を教える理由など微塵もない。一人でこの場所に隠れていれば目的は達せられるのだから。実際に僕に秘密を教えたことで(彼としては)困った事態になっている。別に僕が教えてくれと頼んだわけでもない。この場所を一人で独占していれば、こんなことにはならなかったのだ。

 田中は鷹揚に笑いながら答える。

「いやあ、俺様と幸助は、今、同盟関係にあるわけじゃん」

 先日、僕と田中はある賭けを行い、僕が勝利した。僕は勝者の権限を使って、彼と手を組むことにしたのだ。共通の敵と戦うという利害関係の一致があったからだ。

「だから、親睦を深めようと思ったんだよ。で、親睦を深めるためにはやっぱり秘密の共有が一番だろ?」

「何の秘密を共有しているんですか……」

 女子生徒のスカートが覗ける場所の秘密の共有なんぞ望んでないわ。

「ここは、俺様が一番好きな場所なんだ……だから、どうしても幸助に教えてやりたかったんだ……」

「そんな良い台詞風に言ってもダメ!」

 覗きは犯罪、ダメ、絶対。

「大体、あんたは千里眼があるからこんな真似しなくてもスカートの中を覗くくらい余裕だろ」

 田中義晴の魔法使いとしての能力は千里眼。それは通常の人間にはありえない遥か先を見通す力。彼の千里眼は未来すら見通すと言われていた。透視くらいは物の数ではないだろう。

「もちろん、可能だ。なんなら、皮膚を突き抜けて内臓だって見られるぞ」

「それはちょっと気持ち悪いな……」

「だが、それとこれとは話が別なんだよ。これは言わば修学旅行で女風呂を覗こうぜっていうのと同じなんだよ。解るだろ?」

「いや、女風呂覗いたことないですし……」

「なら想像しろ。見張りの教師の目を掻い潜り、高き塀を乗り越えて、その先にある桃源郷を垣間見た瞬間のことを。そして、共に困難を乗り越えた相棒に対して抱く感情を」

「………………」

 この男の行動は最悪の部類だが、言わんとしていることはなんとなく解ってしまった。要するに実際にスカートの中を覗くのが目的なのではなく、僕と一緒に行動し、秘密を共有することで一層の親睦を図りたいということなのだろう。

「二人だけの秘密ってなんか燃えるだろ? 少年マンガ的によ」

 そんな台詞を邪気のない純粋すぎる笑みで言われると僕もほんの少しではあるがたじろいでしまう。なぜなら、それは手段は間違ったものであったとしても、この僕と仲良くしたいと好意を示してくれていることに他ならないからだ。

 今までの僕の人生の中でこんな風に真っ直ぐな好意をぶつけられたことが果たしてあっただろうか。

 ――僕はこの男と『友達』になれるのだろうか。

 そんな血迷ったことを、僕はほんの一瞬だけ考えてしまい――

「まあ、千里眼より自分の目で覗く方が興奮するというのもでかいが」

「くたばれよ」

 それでも、やっぱり、この男とは仲良くできそうにないと思うのでした。

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