第85話 王妃の素顔

「君は常に私の予想を越えてくるな」

 僕にそんな言葉を投げかけたのは、生徒会長である魔天楼王妃だった。

「あの日、私と愛原くんが勝負をした日だ。私は自分が負けるだなんて微塵も考えていなかったよ」

 会長は見る者を引きつける力強い瞳を閉じて、呟く。

「あの勝負は、義晴が仕掛けたものだ。そして、義晴が私に勝負の采配を委ねた以上、当然私は勝つことができるものだと思っていた」

 会長は淡々とした口調で続ける。

「しかし、私は負けた。もちろん、それは義晴の計算の上のことだったのだろう。この程度のことで私の義晴への信用は揺らがない」

 会長は目を開き、真っ直ぐに僕の目を見つめる。

「だが、それでも私が義晴の指示のもとに行った勝負で負けたというのは、なかなかに感ずるものがあったよ」

 そして、会長はふと表情を緩めて言った。

「だから、私は君に興味を持ったんだ、渡辺君」

 会長は人の上に立つことに関して天性の才能を持っている。彼女の言葉、仕草、有り様、すべてが先頭に立ち、人々を導く先導者としての存在を形作る。彼女は紛れもなくリーダーの天賦の才を持っている。

 彼女は完璧だ。

 ――ただ一つの欠点を除いては。

「会長、お褒めの言葉を頂いている最中に恐縮なのですが、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「何かな?」

 会長は威厳たっぷりの言葉で応じる。

「単刀直入に言いますが」

 さすがにこれは突っ込まざるを得ない。

「なぜ、会長は机の下に隠れていらっしゃるので?」

「………………」

「………………」

「質問には答えねばなるまいね……」

 会長は机の下から顔だけを出しながら、澄ました顔で言った。

「急に君が生徒会室に入ってきたからだよ」

「それだけの理由で机の下に?」

 会長はそう答えてなお、威風堂々としていました。


「だからね、私は君に何か特別な――」

「え? 机の下に隠れてた件をスルーして話を進めようとしている?」

 僕が思わずそう言うと、会長は初めて、ずっと完璧だった澄まし顔を少しばかり崩す。

「私の話を遮るとは……」

「いや、机の下にいる人間と何食わぬ顔で話せる人間は限られていると思いますよ……」

「むう……仕方あるまい……」

 少し拗ねた様な顔でそう言うと会長はようやく机の下から出て来て、会長の座席である回転いすに腰を下ろす。

 僕は会長のペースに巻き込まれる前に、質問することにする。

「なぜ、僕が急に生徒会室に現れたら机の下に隠れるんですか?」

 会長はどこか不満げな顔を見せながら呟く。

「……君の訪問があるという『シナリオ』を義晴からもらっていなかったからだ」

「またそのパターンですか……」

 会長の言う『シナリオ』というのは、副会長である田中義晴が書く台本のことだ。その台本には、すべての人の行動と受け答えが予測を元に記されており、会長は普段、その『シナリオ』の通りに行動しているらしい。

 彼女は究極のマニュアル人間なのだ。

 正直、説明しておいて僕自身も理解不能なのだが、そういうことであるらしい。

「つまり、田中副会長から僕が来たらどう対応したら良いか、聞いていなかったから会わないようにしようと机の下に隠れたと」

「君の慧眼には驚かされるばかりだな……」

「いや、そんな大したこと言っていないんですが」

 会長はこんな馬鹿な受け答えをしていても、大真面目な顔をしているのだから始末に余る。

「もう一個突っ込むと、百歩譲って机の下に隠れようとしたことまでは受け入れましょう」

 僕は続けて言う。

「机の下に隠れてるのが幼稚園児でも解るぐらいバレバレだったんですが、そこのところはなぜでしょうか?」

 会長の状態はいわゆる「頭隠して尻隠さず」という奴で、僕がノックをして生徒会室に足を踏み入れたときには、机の下から尻だけが突き出されている状態だったのだ。

「質問には答えねばなるまいね」

「なんですか、そのフレーズ。はまってるんですか?」

 会長は僕の突っ込みを無視して言う。

「知っての通り、私には人の先頭に立つ人間としての天から与えられた才がある」

「ああ、自分で言っちゃうんですね」

「だが、それは『なんとなくあの人についていったら大丈夫だろ』と思わせるだけの力で、実際には、私は幼稚園児以下の能力しかない」

「………………」

「故に、私は幼稚園児でもできるであろう『机の下に隠れる』という行動すら満足にできない愚物なのだよ」

「そんな情けないことをこうまで堂々と……!」

 ここまでいくともはや才能である。

「これで納得していただけたかな?」

「あっ……はい……なんかすいません」

「謝らずとも良い。君の質問に応じたのは私なのだからな」

 やはり、会長は堂々とした態度を崩さない。

 僕はもうなんだか会長には突っ込みたいことが満載だったので、勢いにのって突っ込みをいれていくことにする。

「会長は御自分のことを愚物だとおっしゃいますが、正直言って、机の下に隠れたりしなければ、まったくその本性が露呈することはないように思うのですが」

 彼女は『シナリオ』にない行動はとりたくないと言っているが、机の下に隠れたという一点さえなければ、彼女とのやり取りに一切の違和感はない。はっきり言って、彼女の行動はただ墓穴を掘っているだけにしか思えないのだが。

「机の下に隠れなければ……か……」

 会長は椅子を回転させて、僕に背を向け、窓の向こう側を見ながら呟いた。

「そんな考え方もあったのだな……」

「いや、考え方なんて大層なもんじゃないですが」

「十何年生きてきても、気付かないことはまだまだたくさんあるものだな……」

「もうちょっと色んなことに気付いてもいいかなーとは思いますね」

 目上の人間が相手なので極限までマイルドな表現を選択しました。


「しかし、こんな有り様で周囲の人間に生徒会長が実はその……アレな人であることは露呈していないのですか?」

「気を使わずとも良い。要は私がトンキチな大間抜け女であることがなぜ皆にバレていないかということだろう?」

「いや、そこまでは言っていないんですが……」

 ちなみにこう語る生徒会長はやはり大真面目なシリアス顔を崩さない。

 会長は机の上に肘を突き、組んだ両手の上に軽く顎を乗せながら話を続ける。

「まずは君の誤解を正そう。君はあたかも私が普段から人前で情けない姿を晒していると考えているようだが、それは間違いだ」

「どういうことですか?」

「先程言いかけたように君は私の想像を越えてくる。より正確には『義晴が想像させる私の想像を越えてくる』のだ」

 会長の微妙な言い回しを噛み砕いて解釈する。

「つまり……田中副会長の『シナリオ』にない事態が起こることは稀だということですか?」

 僕の言葉に会長は少しばかり口の端を吊り上げる。

「そういうことだよ。義晴の『シナリオ』は完璧に近い。これは奴の思考能力による部分も大きいが、一番の理由は奴の持つ未来を見通す千里眼の効能だ」

 生徒会副会長田中義晴。彼の真の名は、レーヴァティア=ドランヴァティ。魔法少女を統括するバルバニアの監督者の内の一人。当然、彼自身も魔法使いであるわけである。

「やはり、副会長は未来が見えるのですか」

 生徒会長は深く椅子に腰掛け直す。椅子はぎしりと音を立てた。

「まあ、全てと言うわけではないらしい。それに一般的に想像されるものほど便利でもないとのことだ」

「ふむ……」

「だが、義晴はその力を十全以上に使いこなし、ほぼ完璧に近い未来予知を実現している。だが、それでも、いくつかの例外がある。その一つが君だよ」

「僕ですか?」

 会長の言葉の意味が理解できない。

 首を傾げる僕に会長は言う。

「時折、居るらしい。時の流れを乱すことに長けた人間というのが。既定路線だったはずの未来の道筋から外れた裏道を進むことができる人間というのが」

「……それが僕だと言うんですか?」

「そうだ。つまり、君の行動の未来は読みにくいんだ。ただ、生徒会室を訪れるという他愛のない行動から、世界の命運を左右するような場面における行動まで、ね」

「大袈裟ですよ」

 僕はすぐに話を大仰にしたがる会長の言葉だと思い、笑って彼女の言葉を聞き流す。

 だが、会長はいつも通り真剣な瞳の奥に、更に強い意志を灯す。

「いや、君の力は本当に……」

 そこで会長は一度言葉を止める。

 一呼吸置いて、会長は呟く。

「まあ、今の私に教えて上げられることはこの程度かな……」

 そして、会長は横目でちらりと僕を見る。

「不満か?」

「いいえ、充分です」

 僕はそう答える。

 会長は理解しているかは解らないが、彼女は少なくとも田中によって行動を縛られている。

 『シナリオ』によって僕に開示できる情報に制限がかけられているのだろう。

 いずれ、僕と彼らが袂を分かったときのために。

「まあ、というわけで本当は『シナリオ』にない事態が起こるのはよっぽどの異常事態なのだよ」

「なるほど」

「それだけ、君には私の目に見えぬ何かがあるということだろうな」

 会長は鋭い瞳で僕をじっと見つめる。まるで、物事の深淵まで見通しているかのような深い瞳であるが、たぶん、それは見掛けだけなのだろうな……。

 会長はまた話し始める。

「そして、万一『シナリオ』から外れることがあっても、私が堂々としていると普通の人間はそれが普通なんだ、と思ってくれる」

「ほう」

「『魔天楼王妃のやることは常に正しい』と思わせる雰囲気が私にはある。たとえ、机の下に隠れていようともだ」

「どれだけ謎のオーラ纏ってるんですか……」

 会長は芝居がかった仕草で肩をすくめる。

「そのオーラが効かない君は相当の傑物だよ。ちなみに、私の雰囲気に呑まれない人間にはひとつの特徴がある」

「特徴……?」

 会長は目を閉じて呟く。

「特徴、それは――」

「それは?」

「ツッコミ力が高いことだよ」

「あー、机の下に隠れてなお堂々とする会長にツッコミを入れるのは何気に高難度のツッコミですからね」

 ちなみに普通の人の判断は見なかったことにして立ち去るです。


「というわけで私は君には一目置いているんだよ」

「喜んでいいことなのか、どうなのか……」

 要するに変人のお仲間認定をされてしまったような気がする。まあ、僕も今更自分が常識人であると堂々と言えるほど面の皮は厚くないが。

「いつか君が私の力を有効に使ってくれる日を楽しみにしているよ」

「………………」

 僕と田中義晴との間で交わされた賭けの内容は『いつか必要な時に魔天楼王妃が僕たちの味方につくこと』。それがあのときのお互いにとってベストな選択だったと考えている。

 田中義晴はバルバニアの現大統領であるリリシア=ドランヴァティの打倒を目論んでいる(と思われる)。

 僕は愛原そよぎの力を狙っていると予想されるリリシア=ドランヴァティとはいずれ雌雄を決することになると考えている。

 敵の敵は味方。だから、僕たちは手を組むことにした。

 だが、逆に言えばそれだけの関係だ。お互いの目指すところが変われば、敵対する関係になることは充分にあり得る。

 でも――

「お互いの立場はともかく、個人的には僕は会長とは良い関係を長く続けていければ、と思っています」

 僕の言葉に会長はほんの少し相好を崩す。

「ふっ、嬉しいことを言ってくれるものだな」

「ちなみにこれはリップサービスではなく、本心ですよ」

 僕は会長の瞳をじっと見据えながら言う。

「会長はどこかそよぎに似てますから」

 会長とそよぎの外見はまったく違う。子供っぽいそよぎと大人びた生徒会長。むしろ、雰囲気に関しては真逆と言ってもいい。

「ほう。それはどの辺りが?」

 会長は僕に問いかける。

「人を惹き付けるところ」

 二人に共通しているのは、見る人全てを魅了する不思議な魅力に溢れていることだ。二人は誰からも好かれるという点で似ている。

 それに――

「そして、すごくモテるのに一途なところですかね」

 僕の言葉に会長は目を丸くしていた。らしくもなくきょとんとした顔で僕の顔をじっと見つめる。

 そして、次の瞬間、

「……ふふっ」

 会長は笑った。それは彼女が時折見せる達観した笑いとも異なっていた。

 それは、まるで年相応の普通の少女のような――

「そうだな。私は義晴に一途だからな。それ以外の人のことなんて考えられないよ」

 そう晴れやかに語る会長は、普段の『完璧』な仮面を脱ぎ去った自然体の姿であるように思えた。

 そして、そんな姿の方がいつもの彼女よりもより魅力的なのではないかな、と僕はそんなことを考えた。


「お、幸助じゃーん。どうしたんだ、生徒会室で」

 と軽いノリで僕に声をかけてきたのは、生徒会室に入ってきた件の生徒会副会長田中義晴だ。

 僕は落ち着いて対応する。

「文化祭絡みで会長の印が必要だったので貰いに来たんですよ」

「会長の印ね……」

 田中は僕の持っていた書類に目をやってから言う。

「そういや、指で押す判のことを拇印ボインっていうけど、『会長の拇印ボイン』って言葉の雰囲気、そこはかとなくエロくないか?」

「心底、どうでもいいです」

「あー、ひーちゃんはわりかしスレンダーだかんな。幸助にはちょっと物足りねえかもしれねえな」

「そういう意味じゃねえよ」

 この男の突拍子もない発言にも慣れつつある自分が少し嫌である。

 こんなバカな会話をしているときに、ふと思い立って会長を見る。先程も話していたことだが、理由はよく解らないが会長は田中に一途であることは間違いない。こんなくだらない会話をする田中のことを会長はどんな風に見ているのだろうと気になったのだ。

 すると、会長は――

「義晴」

「ん?」

「……今の発言はどういう意味だ?」

 会長は鋭い目で田中を見据える。

 ああ、いくら田中にベタ惚れの会長でも、自分の胸の話でいじられればさすがに怒るのか……。

 と、考える僕を尻目に田中は言う。

「今の話は指で押す判の『拇印ボイン』と巨乳のことを指す『ボイン』という音が同じであるということをかけた洒落だ」

「なるほど! そういう意味だったのか!」

「いや、本当に発言の意味が解らなかっただけかよ」

 やっぱり、この人はどこかそよぎに似てるなと思う僕であった。

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