番外編2
第79話 そよぎの原稿
「あー……誰か私の原稿を読んでくれる人居ないかなー……チラッ」
と言いながら、あからさまに僕に視線を送るのは世界の美少女、愛原そよぎである。
「あー……誰か居ないかなー……チラッ」
「………………」
「もうすぐ〆切なんだけどなー。困ったなー、あー、どうしようかなー……チラッ」
「………………」
「本当に誰か居ないかなー……チラッ」
「………………」
「どこかの渡辺幸助くんとかが読んでくれたりしないかなー」
「普通に話しかけろや」
一人言風の声かけほどうざいものはありません。
いつもの放課後の教室。そよぎは僕の座席の前の椅子に勝手に座り、話し始める。
「何をぶつぶつと言ってるんだ。今度はなんなんだ」
「話すと長くなるんだけどね」
「おう」
「約46億年前、宇宙にひとつの惑星が生まれた……」
「地球誕生から話し始めるつもりかよ」
話せるもんなら話してみやがれ。
「まあ、端的に言うとだね」
「おう」
「十六年前、ひとりの美少女がこの世界に生を受けました」
「絶対端的な説明じゃねえだろ」
「そして、今、新人賞の〆切が近くて困ってます」
「急に端的に」
最初の説明要らねえだろうが。
「というわけで、幸助くんには私の偉大な作品をこの世に産み出す手助けをするという大いなる名誉を与えてあげたいんだよ」
「あまり調子に乗らない方がいい」
僕の度量にも限界があるぞ。
「ごめん、調子に乗ってたよ……」
「ほんとにね」
「調子に乗ることにかけては、私の右に出る者はいないからね」
「ほんっとにね」
若干まだ調子がいいような気もするが、そこに突っ込んでいては話が進まない。僕はグッとこらえて話題を元に戻す。
「で? なんだって? 小説の新人賞だったか?」
未だに信じがたいのだが、そよぎは小説を書いている。小説どころかマンガすらまともに読めるか怪しい人間が小説を書いているというのだ。
まあ、もちろん、内容は分相応の察して余りあるレベルの文章なのだが。
「私もね、そろそろ文壇に登るべきかなって」
「何が文壇だ」
どうせ階段みたいなものを想像しているに違いない。
「私もいい加減、悟ったんだよ」
「何がだ」
「私ほどの才覚の持ち主が未だにデビューできない理由だよ」
「ほう……それはなんだ?」
「私の作品は高尚過ぎて普通の審査員にはちょっと理解できないってことだよ」
「ここまで来ると一種の才能かもしれんな……」
そよぎの増長はとどまるところを知りません。
「仕方がないから、私の方から文壇を一段降りてあげようかと思ってね」
「『文壇を一段降りる』なんて表現、初めて聞いたわ」
やっぱり、階段かなんかと間違えてるだろ、こいつ。
そよぎはなぜかにやりと笑って宣言する。
「ずばり、今回は大衆に理解できるような作品を書くんだよ!」
まあ、発言者がそよぎであるという最大の問題点に目をつぶれば、言っていることは案外的を射ている。
作者が書きたい作品と読者が読みたい作品というのは、意外と解離しているものだ。ずっと社会派小説を書いてきた作者が、たった一度戯れに書いたミステリーが大ヒットしてしまう、なんてこともある。だから、本当にデビューを狙うのなら「自分が書きたい作品」よりも「読者が読みたいであろう作品」を書くという発想は間違っているとは言えない。アマチュアではなく、あくまでプロを目指すなら、そういう割り切りも時には必要だろう。
そよぎは腕を組みながら話を続ける。
「だから、今回はずばり『魔法少女』ネタで書こうと思うんだよ」
「魔法少女ネタ?」
「うん。魔法少女としてのキャリアは長いからね。実体験を書けば、それだけで読み物として成立するはずなんだよ」
「なるほど、そうきたか……」
これもそよぎにしては悪くない発想ではないかと思う。実体験を元にした物語は、リアリティーが出しやすい。たとえば、医療ものなら病院のことを何も知らない人間と病院に勤める医者。どちらのほうがよりリアルに現場を描くことができるかは自明だろう。
もちろん、実体験の有無だけが物語のリアリティーに繋がるわけではない。ミステリー作家が皆、探偵のはずがないし、SF作家が皆、タイムリープの経験者ではないからだ。とはいえ、実体験に則した物語は書きやすいというのは、間違いないことだろう。
「魔法少女としての実体験をネタに書けば、受賞間違いなしなんだよ!」
「いや、狙いは悪くないんだが待ってくれ」
僕は目を輝かせているそよぎに向かって言う。
「おまえ、どこまで書く気なんだ?」
愛原そよぎは魔法少女である。魔法少女の統括は異世界にあるバルバニアという国が行っている。あくまで彼女たち魔法少女はバルバニアという国の協力者であって、従属しているわけではない、というのが対外的なスタンスだ。そのため、彼女たちには基本的には守秘義務というものはない。
だが、それでも魔法の秘匿という点に関しては一定のルールがある。魔法少女が出鱈目に力を振るえば、この世界の秩序は崩壊しかねない。だからこそ、魔法をネット上など不特定多数の目につくところで使用することなどには制限がかけられているのだ。
今回、そよぎがやろうとしている「魔法少女としての体験をネタにして小説を書く」ということはグレーゾーンと言える。基本的にはフィクションなのだから、何を書いても文句を言われる筋合いはないはずだろう。
とはいえ、実際にそよぎの行為をバルバニアの上層部がどうとるかは解らない。バルバニアには法治国家ではあるが、超法規的措置を取ることが絶対にないとは言い難い。要するにバルバニアが余計なことを言うな、と首を突っ込んでくる可能性を無視しきれないのだ。
「だからこその幸助くんだよ」
「どういうことなんだ?」
「幸助くんならどこまでなら書いても怒られないかってラインは解るはずだよね」
「なるほど、そうきたか」
確かに僕ならばどこまでなら書いても差し支えないか、どうぼかして書けば問題がないか、その判断はできなくはないだろう。
「だから、私の作品を読んでまずそうなところを修正してほしいんだよ」
そう言うそよぎの表情は真剣だった。
そよぎはすぐ調子に乗るし、自信家であるけれど、それは創作への想いの裏返しとも言える。本気で創作に向き合おうとしているからこそ、あんなことを言っているのだ。実際にそよぎに文才があるかどうかなんてことは僕には解らない。それでも彼女の気持ちが本物であることは解る。
ずっと彼女を見ていた僕だから、解るんだ。
「……わかったよ」
「幸助くん」
「ただし、僕は厳しいぞ」
「どーんと来いなんだよ!」
僕はそよぎから原稿を受け取り、読み始める。
「どうかな、私の才能に恐れおののき――」
「ここの漢字、間違っている」
「あ、はい」
「ここの助詞の使い方も不自然だな」
「ん……」
「あと、ここの表現が冗長表現になっていて……」
「ちょっと手加減してもらっていいですか……」
僕は真剣にそよぎの作品を批評するのであった。
数ヵ月後。
今日はそよぎが投稿した小説の審査結果の発表の日だったはずだ。
はっきり言って彼女の文章力は大変拙いものだった。小学生の作文といい勝負だ。
しかし、意外なことに内容は案外悪くなかった。魔法少女が個性豊かな魔法少女たちと戦い、友情を育んでいく。実体験なのだから当然だが、リアリティーがあり、物語に厚みが感じられた。
文章の方も僕が手をいれたことで(ほとんど僕の文章と化していたが)最低限読めるレベルのものには仕上がっている。
もちろん、これが受賞するほど世間は甘くないことは解っている。しかし、ほんのわずかな可能性を夢見てしまう程度には、僕はそよぎの物語に期待していたのだ。
そよぎの応募した作品の審査結果を確認しようとして、ふと気が付く。
「あれ? あいつ、そもそも何ていう賞に応募したんだ?」
そう言えば、聞いていなかった。内容を精査することにかかりきりでそこまで手が回らなかったのだ。
うっかりしていた、と思う。しかし、今からそよぎに聞けばいいだけのことだ。きっと、もう結果も確認しているだろう。
僕はそよぎに電話をかけることにする。
数コールの後にそよぎは電話に応答する。
「ん……」
あからさまに不機嫌な声。僕はそれで結果を察する。
「駄目だったか」
「まだ、世界は私に追い付いていないようだね……」
「はは、そうだな……」
今回ばかりは僕もそよぎと同じ気持ちだ。それくらい僕はそよぎの作品に入れ込んでいた。実質的に今回の作品は僕と彼女の合作のようなものだ。作品として優れていたとは思わないけれど、自分の作品が選ばれなかったというのは、純粋にくやしい。
「まあ、また次だな」
「次こそは読者投票でぶっちぎって、見る目のない編集部に目にもの見せてやるんだよ!」
勢いこんで言う彼女に僕は尋ねる。
「読者投票? そんなものがあるのか。そういや、今回、なんて小説の賞に応募したんだ?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「ああ、教えてくれよ」
「私が応募したのは――」
そよぎは僕の問いに答えて言った。
「カクヨムのエッセイコンテストだよ」
「は……?」
「いや、応募規定の文字数がちょうどよかったから応募したんだけどなあ」
「おまえが応募した作品のタイトルって……」
「ん? 『魔法少女そよぎ☆マギカ』だよ」
「エッセイって言葉を辞書で引いてみようか」
実話を元にしたノンフィクションとは見なしてもらえなかったようでした。
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