第78話

「幸助、好きだ……」

 文化祭が終わる。

 グラウンドでは後夜祭にあたるキャンプファイアーが催されている。これの監督が実行委員としての最後の仕事だ。

 長かった様で短い文化祭ももう終わり。本当に色々なことがあったけれど、これで本当に終わりなんだ。それに感傷を覚えないと言ったら嘘になる。

 僕はキャンプファイアーで盛り上がる生徒たちを遠巻きに見つめていた。

 そんなときに六花は言ったのだった。

「好きだ、幸助。付き合ってほしいのだ」

 一度目の儚い幻の様な呟きとは違い、二度目の言葉ははっきりと逃れようも無く、僕の耳朶を叩く。

 僕は既に覚悟を決めていたことだったから、ゆっくりと深呼吸をしてから、決めていた台詞を言う。

「ごめん。僕はそよぎのことが好きだから」

 六花は僕の言葉を静かに受け止める。きっと最初からこうなることは解っていたのだと思う。

「そっか……」

 それだけ呟いて六花はもう何も言わない。

 キャンプファイアーではしゃぐ生徒達の声だけが僕たちの間に響いていた。

 黙りこんでしまった六花に僕は言わなくてはならないことがあった。

「六花の気持ちはなんとなく解ってたよ」

 そんな僕の告白を六花は無表情で受け止める。

 そんな固い表情のまま、六花は言った。

「いつ、わかったのだ」

「六花がそよぎに僕の読んだ心のことを暴露したあたりでなんとなく、な」

 なぜ六花があんな暴露を行ったのか。そう考えるとおのずと答えは出た。

「おまえは僕のことが好きになってしまったから、あんなことを言って僕とそよぎの間を引き裂こうとしたんだな」

 鈍感なライトノベルの主人公ではないのだ。

 さすがに六花が何を考えて、あんなことを言ったのかくらいは想像がついた。まあ、流石に確証はなかったが、なんとなく、こいつは僕のことが気になっているのかな、くらいには思っていた。

 六花は僕の言葉を受けて言う。

「そうなのだ……りっかはそういう嫌らしい女なのだ」

「悪いが嫌らしさなら僕も負けていないんだ」

 僕の言葉に六花は僕の目を見る。

「僕は六花のあのときの言葉を利用してそよぎの心をコントロールしようとしたんだ」

 僕は自分の計画を正直に打ち明ける。


 僕の言葉を聞いた六花は小さな声で呟く。

「まったく、おまえは嫌らしい奴だな……」

「悪いな。だから、おまえが罪悪感なんて抱く必要ないぞ。悪いのは僕だ」

「そういう……」

 六花が僕の方へと一歩近づいてくる。六花の人形めいた顔がすぐ目の前にある。僕は六花と初めて会った日にいきなり抱きつかれた日のことを思い出す。あのあと、僕は六花に頭突きを喰らって悶絶させられたんだっけ。

 そして、六花は――

「そういうところが……」

 頭を僕の胸にそっとぶつける。

「そういうところが、嫌いなんだ……」

 ただ、頭だけを僕の胸にあてて顔を伏せる。

 彼女は今いったい何を思っているのだろう。僕は本能に駆られて彼女をそっと抱き締めてやりたくなる。

 でも、それはできない。

 それがどんなに残酷なことかくらい餓鬼の僕にだって理解できたから。

 六花がそうしていた時間は長くない。次の瞬間、ばっと顔を上げた六花はいつもの不遜な表情になっている。

「まったく、幸助はデリカシーが足りないのだ」

「悪いな」

「ああ、本当に悪い奴なのだ」

 そう言ってから六花はくるりと僕から背を向ける。

「そんなやつとは居られないのだ。六花は部屋に帰らせてもらうのだ」

「死亡フラグじゃねえか」

 そんな軽口を叩いて――

「幸助――さよならだ」

 六花は僕の元から去って行った。

 僕はその背中からすぐに目を逸らす。あの背中を追いかけないと決めた以上は僕はこれ以上彼女を見つめるわけにはいかない。僕もまた彼女に背を向けて歩き出す。

「おーい、幸助くんも踊ろうよ!」

 はしゃぐそよぎが待つ方へ僕は歩みを進めていく。

 六花は泣いてしまうだろうか。

 心が折れてしまうだろうか。

 いや、きっと大丈夫だ。

 たぶん、今晩は泣き明かすだろうし、死んでしまいたいと思うくらいに心が痛くなるだろう。

 でも、いつか必ず戻ってくる。

 そして、僕たちの隣で笑ってくれるはずだ。

 いつか見せた、あの優しい笑顔で。


 僕はただそんな日が来ることを祈りながら、そよぎの差し出した手を取った。

                                  〈了〉 










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